このままでは大量過労死時代がやってくる

記者名 : 栗原佳子

ホワイトカラー・エグゼンプション、いわゆる「残業代ゼロ法案」は今国会、提出が見送られた。しかしあくまで選挙対策。先送りされたに過ぎない。法案が通れば、増え続ける「過労死・過労自殺」に拍車がかかるのは間違いない。

▲平川主計さん

 
 会場から最初に発言を求めたのは車椅子の男性だった。2月、ホワイトカラー・エグゼンプション導入反対を訴え、大阪の法律家7団体が大阪市内で開いたシンポジウム。満席のフロアが静まり返る。
 「私は8年前に倒れました。『働く機械』、それ以下でした。機械なら、メンテナンスをしてもらえますから。私のようなものを生み出さないためにも、この悪法は阻止しないといけません」
 大阪府富田林市の平川主計(かずえ)さん(58)。今年1月29日、ようやく「労災認定」を勝ち取ったばかりだ。
 ホワイトカラー・エグゼンプションの「エグゼンプション」は除外。一定の条件を満たすホワイトカラーを「1日8時間・週40時間」と定めた労働時間の規制から外し、自分の裁量で働けるようにするという。ただしいくら残業をしようが「タダ働き」だ。
 今回示された年収900万円以上という条件にしても、経団連は元々400万円以上を想定。法律が通れば、なし崩し的に下がる可能性が高い。
 「時間管理を労働者に任せるというが、自分の裁量でなどできません。徹夜や休日に出なければこなせない仕事が与えられ、どうなるのか。その見本が車椅子に座っている私なのです」

■過重労働の末に

 平川さんが倒れたのは1999年1月2日のことだった。入浴中に経験のない不快感に襲われ、浴槽から出ようとしたところで意識を失った。気がついたときには仰向けに倒れていた。
 「額に大根みたいなものが乗っかっていて、重いのでどけようとすると『手が出ない』。しかも大根だと思ったのは自分の手でした」
 平川さんは大日本印刷の子会社の委託で写真製版の仕事をしていた。「代わりはいくらでもいる」と公言する上司。仕事に追われ、前の月は26日間休みがなく、その間に6回の徹夜をした。年末は12月29日から休みに入ったが、倦怠感で動く気力もない。好きな酒も喉を通らなかった。
 5時間の緊急手術を受け、集中治療室に運ばれた平川さんの枕元に、会社の部長ら2人がやってきた。
 「会社に責任はないということを繰り返し、モロゾフのチョコレートを置いていきました。俺は、チョコレート1箱の値打ちなのかと、悔しくて」

■高いハードルに挑む

 診断は「外傷性頚椎損傷」。首から下が麻痺。最初の2カ月は指一本動かせなかった。自力で食事も排泄もできない屈辱感。妻と中3と小3の男の子、家族の将来を考えると眠れなかった。
 労働基準監督署に労災を申請したが却下された。年金未納の時期があったため障害年金も下りなかった。貯金を切り崩す生活。妻、洋子さんがガイドヘルパーのわずかな収入で補った。
 労災が認められなかったのは「委託」なので正確な労働時間がわからないという理由だった。残業時間は月80時間を超すと過労死の危険性が高まるとされる。平川さんは、毎月100時間以上、倒れる前の月には136時間も残業していた、にもかかわらずだ。
 そもそも「過労死」で労災申請しても、認定されるのは数%。平川さんの場合、正社員でない、自宅で倒れた、病気との因果関係がはっきりしないなど、いくつものハードルが立ち塞がった。
 上部機関の労働保険審査官に審査請求するも棄却、さらに労働保険審査会に再審査請求をした。3年前の11月には、労災認定を求めて大阪地裁に提訴した。
 「厳しい裁判であろうが判例がなかろうが闘うしかない。過労が原因なのは自分が一番知っています」
 妻の洋子さんは証拠集めに奔走した。会社に行き、タイムカードを見せてほしいと言うと「出されへん」「出直せ」の一点張り。それでも粘ると「コピーはさせない。ここで書き写せ」。
 「主人がこんな会社のために使われ、揚げ句の果てに倒れたのかと思うと情けなかったです」と洋子さん。
 会社側証人として出廷した、かつての同僚たちは「よくさぼっていた」などと身に覚えのないことばかり。平川さんは深く傷ついた。

■労災が下りた!

 1月31日、洋子さんは、労働保険審査会から届いた封書を恐る恐る開けた。「労基署の処分を取り消す」。労災が認定されたのだ。
 「こんなケースは2、3%あるかないかですよ」
 弁護士も仰天するほどの“逆転勝訴”だった。
 洋子さんは「2人で大喜びしたんですが、次の瞬間不安になりました。この通知が、翌朝には葉っぱに変わってしまわないかと思って」と笑顔で振り返る。
 8年目にして勝ち取った労災認定。だがしかし、平川さんの身体が元に戻るわけではない。車椅子に乗っているだけでも体力を消耗し、日常生活はベッドの上。「全身ゴムでぐるぐる巻きにされ、背中に鉄板を背負っているような」痛みが24時間、襲い掛かる。
 その痛みをこらえて平川さんは集会などに積極的に足を運ぶ。
 「最初は人のことまで考えられませんでした。でも色々な人々と関わる中で、自分だけの問題ではないと気づいたのです」
 平川さんはいま会社を相手に訴訟を起こす準備を進めている。これからが平川さんにとって「本丸」だ。
 しかし、もしホワイトカラー・エグゼンプションが導入されたら、どんなにサービス残業をさせられようが、「合法」になる。もし大切な家族が「過労死」しても、遺族らは会社を訴え、責任を追及することさえできなくなるかもしれない。

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