「集団自決」 軍の強制削除 

62年前の沖縄戦当時、県内各地で起きた「集団自決」(「集団死」)をめぐり、国が史実をねじまげるという暴挙に出た。来年度から使われる高校の歴史教科書の検定で、日本軍が「集団自決」に関与したことを示す文言を削除・修正させたのだ。しかも、その根拠に何ら説得力はない。ごり押し検定の背後には、沖縄戦の実相を隠蔽したいという、強い意図が見え隠れする。

  
 「前もって手榴弾は配られていました。手榴弾で死ねなかった人たちは、カミソリなどを使って自分たちで殺し合いをしたのです」
 沖縄県那覇市で4月6日、開かれた緊急抗議集会(「沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会」主催)。杖を頼りに参加した84歳の女性は、渡嘉敷島の「集団自決」を体験した生き証人だった。
 渡嘉敷島には1945(昭和20)年3月27日に米軍が上陸。住民たちは艦砲と激しい雨が降り注ぐ夜道を何時間もかけ軍の陣地に近い谷間にたどり着いた。集まった住民は約800人。「集団自決」が発生したのは一夜明けた28日。結果、300人以上が亡くなった。

▼検定結果を大きく報じる沖縄の2紙

 「毎日、新聞を読んで、はらわたが煮えくり返るような思いをしています。軍の命令だから(軍の)本部に集まれと確かに言われたんです。自分たちから望んで死んだのではありません」
 人前で体験を語ることはほとんどないが、「この問題を許してはいけない」と足を運んだという。会場の張り詰めた空気から、現地の危機感が伝わってきた。

■主語なき「強制死」

 検定結果はその1週間前、3月30日に公表された。
 文部科学省は「集団自決」について日本軍の強制性に言及した5社・7冊すべてに、「沖縄戦の実態が誤解される恐れがある表現」だとして修正を求める検定意見をつけた。
 このため、例えば「日本軍に集団自決を強制された人もいた」(清水書院「日本史B」)は、日本軍という主語のない「集団自決に追い込まれた人々もいた」に変更を余儀なくされた。
 東京書籍「日本史A」の執筆にあたった都立駒場高校教員の坂本昇さんは「『軍の命令・命令書』の有無が問題なのではないはずなのに、沖縄戦という特殊性と、そのなかにおける天皇制軍隊の犯罪性が隠蔽されようとしているのが問題」と言う。
 歴史教育者協議会会長で実教出版「日本史B」を執筆した石山久男さんは「昨年の『日本史A』は全く同じ原稿を出して検定を通った」と怒りをあらわにする。
 「文科省が検定の際言ってきたのは、通説に従って書け、あるいは、南京大虐殺で利用されたのですが、違う説もあることを書け、そのどちらかでした。今回はどちらでもない。検定のあり方からしても異常です」
 執筆者に検定意見が通知されたのは昨年12月。文科省の教科書調査官からは「『集団自決』について日本軍の命令はなかったという研究も出ているようで、これまでは意見をつけなかった箇所だが、学説状況の進展に従って、今回は正確な叙述をお願いしたい」と説明があったという。
 しかし「通説」を覆すような学説状況の変化など全くない。それでも強行したその根拠とは、大阪地裁で係争中の「集団自決」をめぐる訴訟で、原告が「軍命」を否定している、ということだけに過ぎない。

■根拠は「陳述書」

 訴訟の原告は、座間味島の守備隊長だった梅澤裕さん(90)と渡嘉敷島の守備隊長だった故・赤松嘉次さんの弟、秀一さん(74)。「『集団自決』を命じたように書かれ名誉を傷つけられた」として作家・大江健三郎さんと岩波書店に損害賠償と出版差し止めなどを求め一昨年8月に提訴した。
 今回、文科省が重視したのは梅澤さんの提出した「陳述書」。座間味島は渡嘉敷島より1日早い3月26日に米軍が上陸、同日、「集団自決」で135人が亡くなった。梅澤さんは「命じたのは自分ではなく村幹部」と主張している。
  検定結果を受け梅澤さん、赤松さんは会見し、「教科書問題も裁判の目標だった」と喜びを語った。
 一方、被告大江さん・岩波書店の支援をする「沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会(すすめる会)」共同代表の高嶋伸欣琉球大学教授はこう批判する。
 「裁判はまだ進行中で証人尋問もこれからです。被告大江・岩波側ももちろん反論しています。にもかかわらず、片一方だけの、しかも陳述書という、自分の言い分を好き放題に文字化したものを、文科省は『行政処分』の根拠にしたのです。これは、裁判などで係争中の事象を確定的に扱うことを禁じるという、文科省が決めた検定基準からも逸脱しています」

■「プロジェクト」着々

 そもそも「集団自決」は座間味・渡嘉敷島など慶良間諸島だけでなく県内各地で起きた。共通するのは軍隊と住民が混在していた場所だということ。当時の日本軍(第32軍)の方針は「軍官民共生共死」。住民に鬼畜米英の恐怖を植え付け、投降を許さず、いざというときは「自決」するよう貴重な手榴弾を配った。軍の強制は史実なのだ。
 高嶋教授は今回の事態を「文科省が単独で突っ走っていると思えない」と見る。
 一昨年6月、自虐史観の脱却をうたう「自由主義史観研究会」(藤岡信勝代表)が「沖縄プロジェクト」を立ち上げ、「旧日本軍による集団自決強要は虚構」だとして教科書の「集団自決強要」の記述を削除するよう文科省や教科書会社に要求することを決議した。
 大阪の訴訟が提訴されたのは、その2ヵ月後。タカ派で知られる自民党の稲田朋美議員ら34人の大弁護団。支援団体の顧問には藤岡代表も名を連ねる。自由主義史観研究会がかつてターゲットにした「従軍慰安婦」記述は、その後、教科書から消えている。
 「文科省は『外部団体からの削除要求はない』としていますが、疑問です。
 藤岡さんは政治家を動かしています。自民党の教科書議連(日本の前途と歴史教育を考える議員の会)と癒着する姿も見えています。
 議連の中心メンバーで官房副長官の下村博文さんは就任前後の内輪の講演会で、『今後は自虐史観の歴史教科書は官邸でチェックする。安倍内閣はそういう方針でいく』と具体的な発言もしています。また『日本会議』と密接な関係にある日本会議国会議員懇談会から圧力がかかった可能性は十分考えられます」(高嶋教授)
 ではなぜ「軍関与」の否定なのか。石山さんは「皇軍にとって不名誉なことを抹消したいのでしょう。沖縄戦の教訓は『軍隊は住民を守らない』というものですが、この考えが広がったら『戦争のできる国』はできませんから」と話す。

■島ぐるみの闘い再び

 沖縄では今回の検定結果に知事も疑義を表明。抗議の動きは広がりつつある。
 「島の人にとっては、これは我慢ならないことです」
 渡嘉敷島の吉川嘉勝さんは6歳で「集団自決」を体験した。家族で円陣を組み手榴弾を爆発させようとしたが不発。そのとき母親が発した「死ぬのはいつでもできる。人間は生きられるまで生きるものだ」という言葉で惨劇の谷間を脱した。
 「国民投票法案、憲法改正…。背後にある、大きな目論見のようなものを感じます」と吉川さん。
 座間味島に住む宮村肇さん(53)は「なぜ事実を捻じ曲げてまでこのようなことをするのか」と憤る。
 昨年他界した父、幸延さんは30年前、複数の元日本兵の訪問を受けた。一人は梅澤さん。朝から酒を勧められ、泥酔したところに、何か書かれた紙に判を押すよう懇願された。それが、「集団自決」を命じたのは幸延さんの兄で当時の村助役だという内容だったと後に知り、幸延さんは死ぬまで苦しみ続けたという。その書面はいま原告側の証拠として提出されている。
 「侵略」が「進出」に書き換えられた1982年の教科書問題。沖縄では日本軍による「住民虐殺」が削除され島ぐるみの抗議行動に発展したことを指す。当時の文部省は「住民虐殺」記述復活の条件に「集団自決」を殉国美談として記述するよう強要した。それが、いまの教科書に結実したのは、体験者の重い証言、長年の沖縄戦研究の成果により「軍の強制」が史実として定着したことを物語る。
 「すすめる会」事務局長で琉球大学准教授の山口剛史さんは「裁判の支援とともに、署名などを通じて文科省に修正意見の白紙撤回を求めていく。具体的な審議経過を明らかにするようにも要請する」という。
 歴史を歪め、強制された無念の死を殉国の死にすり替えようとする企みは、沖縄の怒りに再び火を点けた。

Comments Closed