臨界事故30年ひた隠し ブレーキ壊れた原子力政策

記者:伊藤宏

前号で北陸電力・志賀原発における臨界事故隠しを報告した際に、書き忘れてしまった一言があった。「今後も同様の事故隠しが続々と明らかになる可能性がある」。それを後悔する間もない3月22日、東京電力・福島第一原発3号炉で、定期検査中の制御棒の脱落による臨界事故が起こっていたことが明らかになった。しかも、1978年に、だ。実に30年近くにわたって、東京電力は事故を隠ぺいしていたのである。
 東京電力によると、同年11月2日、停止中の原子炉で137本ある制御棒のうち5本(4本は隣接)が抜け落ち、臨界が生じた。抜け落ちた制御棒を緊急挿入装置で戻すまでの約7時間半、臨界状態が続いたという。昨年11月に経済産業省が「発電設備の点検について」という指示を全電力会社に出したが、それ以降に今回の臨界事故隠しをはじめとして、データの改ざん、トラブル隠し、各種届け出の怠り…が続々と明らかになっている。3月末現在で明らかになった「不適切事例」(国や電力会社はこう表現している)は、実に4518件。そのうち原発関連は7社で97件だった。
■致命的トラブル
 志賀原発および福島第一原発で発覚した臨界事故について、簡単な説明をしておく。臨界とは、放射性物質(原発では燃料のウラン)の核分裂反応が連続して起こる状態を指す。核分裂反応を一気に起こして爆発的に熱エネルギーを放出させる核兵器に対して、反応を制御してゆっくりと熱エネルギーを取り出すのが原発だ(核兵器と原発の原理は全く同じなのである)。つまり、原発において最も重要なことは、核分裂反応の「制御」であり、それが不能となって暴走してしまった時、チェルノブイリ原発事故が示すように原発そのものが「核兵器」となってしまう。
 そして、制御の要となるものが文字通り制御棒で、車のブレーキに例えられるだろう。今回発覚した臨界事故は、かけていたはずのブレーキが予想に反して一部はずれ、本来停止しているはずの核分裂反応が始まってしまったというものだ。幸い、暴走には至らなかったものの、「制御」が大前提の原発にとっては致命的な事故である。また、国内で稼働している原発のほとんどは軽水炉と呼ばれる型のものだが、沸騰水型(BWR)と加圧水型(PWR)の2種類がある。臨界事故を起こした原子炉はいずれもBWRで、原子炉の構造上、制御棒を原子炉の下から挿入(だから、制御棒の「脱落」と表現される)する仕組みになっていた。「この仕組みはBWRの泣き所だ」という指摘が当初からあったのだが…。
 商業用原発における臨界事故は、技術的にみても、安全性の面からも極めて重大な問題であることは言うまでもない。だが、今回の事故における最大の問題点は、何と言っても事故が「隠蔽」(この言葉が不適切ならば「秘匿」)されてきたという事実であろう。原子力基本法に謳われた「民主・自主・公開」の原則を、いかにないがしろにしてきたのかが、はっきりと浮き彫りになったからだ。重大な事故を起こしながら、ひたすら「日本の原発は安全」「運転管理体制も適切」と訴え続けてきた(欺き続けてきた)電力会社の罪は許しがたい。
■重い国の責任
 また、福島第一原発で臨界事故が起こった78年は、アメリカのスリーマイル島原発事故の前年であり、まだ世界でも大きな原発事故が発生していなかった時期だった。歴史に「…していたら…」は禁物だが、この事故がきちんと公表されていたならば、世界的に注目を集め、その後の安全対策に影響を与えていたことは間違いあるまい。その意味でも、電力会社が問われるべき責任は重いと言える。このような電力会社に、もはや原子力を扱う資格はない。
 そして、忘れてはならないのは国の責任である。担当大臣が「この際、徹底的にウミを出す」と発言し、まるで電力会社だけが悪者のような態度を取っているが、その電力会社に許可を与え、監督をしてきたのは他ならぬ国なのである。私たちは、一連の事故隠し等が決して「ウミ」ではなく、原子力政策自体が内包してきた構造的な問題である、という視点を持つべきであろう。電力会社内の関係者処分などで、簡単に幕を引かせてはならない。
 間もなく21回目の「4・26」がやってくる。改めてチェルノブイリの悲劇を思い起こし、事故隠しをした電力会社が運転するものを含む50基余りの原発と隣り合わせに生きている私たちの社会について、考える契機としてほしい。

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