9条護るは「黒田さんの遺志」

記者:鍵山千代子

 1987年のお正月、年賀状の中に黒田さんの手紙がありました。内容は「暮れに窓を閉めました。これから新しい新聞づくりを始めます」との知らせでした。私ども夫婦はじっとしていられなくなり、「窓友新聞」創刊号と「窓友会」賛同案内を元会員さんに郵送する手伝いを始めました。その時の黒田さんの「やったるで」と気合いの入ったお顔は忘れられません。

初めての集いは京都の嵐山で10人から15人ぐらいが一緒になり、黒田さんを囲んで何組もが写真を撮りました。加藤光子さんのお手紙にありましたが、鳥取へのバスツアーは参加者一同、大満足。飲んで食べて踊って、黒田さんを中心に楽しく過ごしたこと、目に浮かびます。姫路城でのお花見もしました。今は遠い昔の幾ページですが、黒田さんのことはしっかり心の中にあります。
戦争をしない国からしようとする国への足音が近づきつつある昨今、黒田さんの「平和・反戦」の遺志を忘れず、「うずみ火」は語り部として頑張りましょう。

憲法9条は日本人だけのものでなく、世界の人々が願っています。「9条は変えたらあかん」という世論を広め、守ることは国民の義務であり、黒田さんの遺志に添うことでもあると思います。

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