なつかしい怒声

記者: 島﨑美納利

 ゲーテが言ってるんだけどね、人間一生に友人が一人できれば多い方だよ、とね。

黒田君が世を去ってからどれだけたったのか。坊主という職業のくせに命日も忘れた。結局友人は彼一人で終わりそうですねぇ。

自他ともに許す親友といわれた割にはあまりべらべらとしゃべりあったことはなかった。

ただたった一度だけど、顔を真っ赤にして肩をゆすって、声を荒げて小生を罵倒したことがある。

小生が死にかかって、発作の合間に書いたものを、『塵がけむっている』と名づけて詩集を出した。この黒田君の「序文」がすばらしいもので、本文よりも序文がええなあ、とみんなにひやかされた。

やがて2冊目ができて『浅野川のほとりで』と題した。金沢の読書会の仲間が出版記念会をしてやる、という。していらんと断わったらおこられた。「そのかわり、黒田清を呼ぶのが条件だ」という。黒田君は金沢というとなつかしいのか多忙をさいてきてくれた。

着くなり料亭の広間の人たちをぐるっと眺めたかと思うと、「藁が来てへんやないか、何で藁を呼ばなんだんや!」その怒声にとまどった。藁君は大阪人で小生以上に黒田に近い友であり、旧制高校の同級生(3人とも)であることはまちがいない。それにしても彼のいかりようは異常であった。そこで彼のたまわく、「君は知らんのか!京大生のとき、君の主唱で同人雑誌出したやないか、あの時、家庭の事情もあって京大へゆけなかった藁が、せめてその雑誌のガリ版きりを俺にやらせてくれといって黙々とやってくれてたんやないか。その藁を忘れとるとはなんたることや!」と。当時へたな詩みたいなものに溺れていた小生は、「忘れた」どころか「知らなんだ」のだから、茫然として言い訳のしようもなかった。しかしその激怒ぶりは黒田らしいなあと思った。

空白のうめ草にもならないが、右記の同人誌のことをちょっと。誌名は『プロ・アルテ』(うさんくさいラテン語)。同人の顔ぶれは、黒田清、坪井哲郎(独文~朝日新聞~高校教師)、片田哲也(法科~コマツ製作所社長~今は相談役か?)の3人が小説。杉本秀太郎(仏文~京都女子大名誉教授~芸術院会員)と島﨑美納利(住職)が詩を書き、たちまちつぶれた。

Comments Closed