常識の人

記者:趙博

1990年、当時私が講師をしていた河合塾の「文化講演会」に黒田さんをお招きしました。ご自宅からスリッパ履きでタクシーに乗ってやって来られたんで、私らは吃驚! もちろん「上」はスーツにネクタイ……「通風で足痛いねん、足下は見えんからエエやろ」やって(笑)。

多くの浪人生を前に、黒田さんは「60年安保で日本のマスコミは完全にダメになった。東京の一等地に社屋を貰って記者クラブができて……」とズバリ本質を語り、ジャーナリストを目指す若者に「幻想は持つな。自分の目と耳と足で稼げ!」と檄を飛ばしてはりました。ブン屋という言葉の復権を考えたい、とも語られました。時間はオーバーして、生徒の質問もたくさん出ました。当時はまだ、18、19歳の子らがギラギラした目をしてましたなぁ。

さて、ブン屋などどいう言葉は今や死語になり「マスコミ関係に就職する」ことを己のサクセスとしか捉えない輩が増えましたなぁ。コイツ等は、皮膚感覚としてのアジアなど持てない・持ちようがないし「庶民」などという言葉も、受験でしか知らない超低学力ドモですわ(ま、試験の点だけは高い、ただそれだけのアホです)。言い換えれば、日本の右傾化もグローバリズムも物ともしない、恐ろしいゾンビでんな。「不感症」の権化……まぁ、なんと形容いたしましょうか。石原慎太郎の「三国人発言」が問題になったとき、私の友人の『朝日』の記者(現在40歳)に「あのぉ先輩、三国人って、何処とドコとDOKOの国の人ですか?」と、東大出の新入り記者が真顔で尋ねたそうな。

また、昭和天皇が死んだとき、故・マルセ太郎が何気なく「元号は何になるんだろう」と呟くと、取材していたNHKの報道記者(これも東大出)が「え? 天皇が死ぬと元号が変わるんですか」と言うたので、「君、そんなことも知らずに記者やってるのか!」と一喝すると、「僕、センター試験は世界史で受けたもんですから……」と言い訳をしたんやそうです。これがマスコミの現状ですわ。

そんな、アホ・ゾンビどもが多数派になった今、第二の黒田清が現れることは、まず・絶対に出まへんやろな。ワタイ等「古き良き、気のエエ頑固親爺」派は、このアホどもが暴走せんように、我々の責任で、しっかりと、四六時中、監視せにゃならぬ……つまり、黒田さんの爪の垢は、彼方此方で煎じ続けられなければあかんっちゅうこってす。

今世紀の戦争と革命、そして科学・医学・宗教・教育・政治は、本当に正しかったのか? 国民国家というものが、本当に社会と人間を幸せにするのか?

黒田さん、あと10年は生きて、そんな話をぎょうさんして欲しかった……。

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