ラッキーな出会い

記者:上田康平

 1995年の夏。黒田さんが日刊スポーツの『ニュースらいだー』という欄に<オキナワから死者の声が聞こえる>という記事を書かれた。通天閣の『戦争展』で放映されている『ドキュメント・沖縄戦』を紹介されて、<ぜひ、一度は見てほしい>

次の日、さっそく通天閣へ。黒田ジャーナル主催の集会の後、黒田さんに「東大阪市の人権啓発室でピース&ヒューマンライツ『風』という啓発誌を担当しています」と思い切って挨拶をさせていただいた。

数日後、『風』の創刊号から最新号までと手紙を持って事務所を訪ねた。「黒田さんに、これを読まれた感想を『風』に書いてほしいのです」。応対してくださった矢野さんにそうお願いして帰った。

そしたら夢のような返事が届いた。感想ではなく、しばらく毎号、原稿を書きましょうと。

その欄の題は、『風』は西風東風。第一回の中で、黒田さんは――
手紙には<お会いできてラッキーでした>と書かれています。私の方は、他に書かなくてはならない原稿がいっぱい(月に40数本)あるので<私はアンラッキーでした>とご返事しようと思いましたが、なにぶんにも気が弱いタチなので、断ることもできず、……

とか言いながら、原稿を引き受けた理由に、人権啓発という地味で難しい仕事を引き受け、毎号、こういう啓発誌を出していること、「ピース・アンド・ヒューマンライツ」つまり平和と人権ということなら、自分の仕事の柱と同じであること、『風』という題も気に入ったことを上げてくださった。

こんな黒田さんとの出会い、そして黒田さんの文章との出会いをきっかけに私も『風』などに原稿を積極的に書くようになった。

今、うずみ火に『会えて、よかった』を連載させていただいている。
黒田さんとの出会いという私の原点を忘れず、今後とも原稿を書き続けて行けたらと思っている。

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