忘れられない大きく温かい手

記者:佐藤京子

大きな手の平だった。
大きな体格の人だった。
そして、それ以上に大きな優しい心を持った人だった――。

それが、黒田清さんに初めて会った時の印象だ。
読売新聞大阪本社に勤務されていた、28年前のことである。
同じ読売新聞でも東京本社の紙面には載っていないコラム「窓」が、大阪では読むことができる。
気持ちを奪われ、大阪本社から郵送してもらって購読した。

新聞のために書いてあるのではなく、読んでいる人々の顔を思いながら書かれているように思えて幾度となく涙を流した。

そんな「窓」を書いている黒田さんに会いたくて、無理を承知で新聞社を訪ねたのだ。
アポなし。
会ってもらえるとは思ってもいなかったが、受付で話をしたら、なんと電話で「14時の締め切りが過ぎたら、少し時間が取れるから待っていて」。
驚きの事態になった。
黒田さんを前にすると、緊張して話せない。
「窓」が読みたくて、東京で購読をしていると打ち明けたら、大変驚いていた。

その後、読売新聞社を退職して「黒田ジャーナル」を設立した黒田さん。
東京でジャーナリスト講座「マスコミ丼」を開講した時、思わず参加した。 文章を書くのが好きなだけで、ジャーナリストになる力量もない。
教室で身体を小さくしていた私を見つけ、大きな手の平で背中をポンポンと叩いて言ってくれた。「好きなことを書き続けなさい」と。
数年後、私が脊髄を痛めて車イス姿になった時、黒田さんは少し驚いた顔をしていたが、「ぼちぼち、焦らずに書きなさい」と言って、いつものようにポンポンと背中を押し支えてくれた。

もう10年も会っていない。
次はいつ会える時が来るのだろう。
黒田さん、みんな成長して待っていますよ。

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