尾埜先生、逝く

師走の中旬、思いも寄らぬ悲報が飛び込んできました。

元大阪弁護士会会長の尾埜善司先生が肺炎のため、入院先の病院で亡くなられました。79歳でした。

尾埜先生は、黒田清さんの幼なじみ。旧制中学時代、大阪大空襲に遭遇して学校内の防空壕に逃げ込み、生死を共にした仲です。黒田さんの葬儀では、友人代表で弔辞を読んでいただきました。

私が「新聞うずみ火」を創刊したときも真っ先に購読してくれ、夏恒例の「黒田さんを追悼し、平和を考える集い」でも毎年のように激励してもらったものです。

最後にお会いしたのは、ことし9月16日のこと。

黒田さんが生前、よく通っていた大阪天満宮前の割烹「豊」が閉店するというので、尾埜先生が誘ってくれたのです。

開口一番、「よう頑張っているなあ。黒田も喜んでいるよ」と言って差し出してくれた手を、両手で握り返しました。その温かさが今も忘れられません。

黒田さんからガンの再発を聞いたのも、この「豊」でした。尾埜先生もここの常連さんで、その日も偶然、やってこられ、「よおっ」と。

そのとき、黒田さんが飲んだ熱燗を、尾埜先生と酌み交わしつつ、話題は黒田さんの臨終に立ち会ったことに。

「黒田は右手を高々と上げた。あれは、生きたいということではなく、堂々と死の中へ入っていくことだった。死ぬということを友達の俺に教えてくれた。おかげで死ぬことが楽になったなあ」――。

「苦しまずに逝きました」という奥様の言葉がせめてもの救い。尾埜先生、ありがとうございました。合掌。

Comments Closed