大事にしていたものが……

記者:矢野宏

わが師、黒田清さんの合同葬が太融寺で執り行われてから、9月30日でまる2カ月。この日をもって、黒田ジャーナルは13年半の歴史に幕を下ろすことになった。

その前日、これまで心血を注いで作ってきたミニコミ紙「窓友新聞」のバックナンバーが束ごと古紙回収業者に引き取られていく時、思わず、「あ、ちょっと待って」と、数冊抜き取った。未練がましいと思いつつ…。その中に、「コミコミくらぶ」発足を伝える一冊があった。92年10月号で、『太融寺で31人が入会 大阪ジャーナリズムの復権の夢かけて』という見出しが躍っている。記事の中で、黒田さんは設立の趣旨についてこう語っていた。
「大阪ジャーナリズムはあったのだろうか、これからもあるのだろうか、ということが頭にあります。機会があればそういうことをやれないだろうか、と考えていました。その一つのきっかけになれば、とコミコミくらぶというものを考えたわけです。

でも、この会は鉢巻しめてアピールしたり、私自身が押しつけることはしません。日常、マスコミ、ミニコミ活動にいろんなかたちで関わっている人たちの仕事の環境をよくすることで、いろんなことが出てくればいいなあ、と。そのためにはいろんなことを話し合い、情報を交換しあって連携をつくっていきたいと思っています」

その黒田さんが亡くなってから、窓友新聞の休刊、黒田ジャーナルの解散と、黒田さんが大事にしてきたものが一つ、また一つと消えて行く。

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