「災害廃棄物」処理

記者:高橋宏

「放射能に耐える」時代に

▲被災地から出た災害廃棄物

東京電力福島第一原発事故から8カ月余りが経過しました。11月12日、事故後初めて報道各社が原発敷地内での取材を許可されましたが、その後のニュースや新聞記事を読むと、発生以来の危機的な状況が現在も続いていることがよく分かります。

報道に接して特に印象的だったのは、同原発の吉田昌郎所長が「3月11日から1週間は、極端なことを言うと『もう死ぬだろう』と思ったことが数度あった」と振り返ったことです。その極限の状況で、事故炉の状態を悪化させまいと耐えてきた現場の作業員たちに、私たちは心から感謝せねばなりません。同時に、そのような事態にありながら事故の深刻さを覆い隠し、周辺住民を危険に晒した(今も晒し続けている)国や東京電力に改めて憤りが込み上げてきます。

そもそも、8カ月も経過してから事故の深刻さが現場の声として公に伝えられるというのは、どういうことなのでしょうか。事故当日の津波襲来時の写真が公開されたのも、2カ月余りが経過してからでした。報道各社は事故直後から、原発敷地内の取材を求めてきましたが、国や東京電力は「作業に支障が出る上、放射線量が高く安全を確保できない」として拒み続けてきたそうです。一見、もっともな理由に思えますが、どう考えても報道各社に現場を「見せたくなかった」としか思えません。徹底した情報管理で、事故を過少評価しようとする姿勢が、ありありと見て取れます。

しかも、今回は細野豪志原発事故担当相らの「同行取材」という形で取材メディアを選別し(フリー記者などは除外されました)、様々な制限をつけた上での取材「許可」でした。私たちは今も、国や東京電力が発表した内容以外に、福島第一原発で何が起こっているのか、知り得ない状況に置かれているのです。それを忘れてはなりません

さて、原発事故をめぐる状況に新しい動きが出てきました。被災地で大量に発生したがれきの処理・処分問題です。「がれき」という表現は、被災地の方々の思いを考えれば使いたくないものです。そこで、行政で使用されている災害廃棄物(これも、廃棄物という表現に抵抗はありますが……)という言い方をしておきましょう。被災地の復旧、そして行方不明者の捜索などを阻んでいるものが、大量に発生した災害廃棄物です。その量は、福島、宮城、岩手などの県内だけでは、とても処理・処分できるものではありません。

そこで、国は災害廃棄物の広域処理の方針を打ち出しました。被災地で発生した災害廃棄物を全国の自治体などで受け入れていこうとするものです。復興の妨げとなっている災害廃棄物の一日も早い撤去を望む被災地のことを考えれば、広域処理が必要なことは言うまでもありません。しかし、ここで大きな問題が派生します。それは、被災地で発生した災害廃棄物のほとんどが放射能汚染されているということです。

国は放射性セシウム濃度(セシウム134と137の合計値)が1㌔あたり8000ベクレル以下であれば、一般廃棄物最終処分場に埋め立て処分が可能としています。紙幅の関係で詳細な説明をすることはできませんが、要するに一定の値以下であるならば、普通のゴミと同様に処分できるということです。これまであまり大きく取り上げられることはありませんでしたが、こうした処分が可能になったのは、2005年に「原子炉等規制法」の一部改正(改悪)が行われたからなのです。

それまでは、原発のような放射線管理区域内で発生した廃棄物は、全て「放射性廃棄物」として扱うことになっていました。つまり、一般のゴミとは違って厳重な管理ができるような施設(例えば、六ヶ所村の低レベル放射性廃棄物埋設施設)でなければ処分できませんでした。しかし、寿命の尽きた原発の廃炉(解体・撤去)に伴って発生する大量の廃棄物を処分するには、莫大な費用が見込まれます。そのため、一定レベル以下の放射性廃棄物については規制の対象から除外する必要性が出てきたのでした。「クリアランス制度」と国は呼んでいますが、1㌔あたり8000ベクレルというのは、一般の人が1年間に許容される被ばくレベルの100分の1になるように設定されたという値です。

基準以下ならば、処分のみならずリサイクルも可能とされていますから、例えば原発を解体した際に出てくるコンクリートは路盤材などに、廃材の金属はフライパンなどの日用品に加工して使用することもできます。10月号で、崎山比早子さんが低い線量であっても、発がんリスクはゼロではないと説明したことを紹介しました。放射能を帯びた災害廃棄物を広域処理するということは、そのリスクを拡散することになるわけです。

現在、多くの自治体などが災害廃棄物の受け入れを検討しています。11月3日には東京都が、岩手県宮古市の災害廃棄物をいち早く受け入れています。受け入れに当たっては、放射能濃度を厳しくチェックしていると言いますが、あくまでも「国が定めた基準」に従ってであり、危険性がないとは断言できないのです。

放射性物質を全国に拡散させるような広域処理には大きな問題があります。一方で、被災地のことを思うと「危険だから拒否すべきだ」と簡単には言えません。ただ、その危険性について十分な議論もなされないままに導入されてしまったクリアランス制度によって、安易に放射能汚染された災害廃棄物を処理・処分することには警鐘を鳴らしたいと思います。

今後、食品の放射能汚染の問題もさらに深刻になってくるはずです。被災地に思いをはせながら、私たち一人ひとりが放射能の問題と向き合っていかねばならない時代になりました。京都大学原子炉実験所の今中哲二さんの「放射能に耐える時代に入った」という言葉が、重くのしかかってきます。

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