黒田さんに叱られたH

「うずみ火編集部」の事務所を開いて5年になりますが、このところ気になることがあります。寄せられる手紙やメールの中に、鬱を訴える内容のものが目に付くようになったのです。
抱えるものを投げ出せば……   埼玉県狭山市 N・K

先日、親戚の青年が鬱とアルコール依存症で入院していることを知りました。ショックでした。彼は私生活にも職場にも大きなストレスを抱えていました。知っていながら、何もできませんでした。私自身が鬱だったからです。
2年ほど前、朝起きるのも辛くなり、友人が精神科を紹介してくれました。初診で先生と話していたら「いったい、いくつ抱えているんですか」と言われました。当時、私はフルタイムで仕事をし、大きなクラシックコンサートを主催し、視覚障害の会のボランティアをやり……。
職場は30年勤めていましたが、最悪の環境になっていました。朝、「おはようございます」と言っても社長は振り向きもしない。一日に一度は理由のわからないことで怒鳴られる。仕事のミスは全て私に降りかかる。10月に控えていたコンサートの方も人間関係がゴチャゴチャになっていました。気がつけば起きられず、食べられず……以前に食事を作るという家事ができなくなっていました。体重は35㌔を切っていました。

先生に「まず、一番辛いものをやめなさい」と言われました。職場を辞めることにためらいはありませんでした。退職届を出した私に、社長はただ一言「失業保険は無いからな」。

職場は辞めてみたものの、コンサートの人間関係は改善されることもなく、とにかく演奏者たちの耳には雑音を入れないようにとそれだけに気を使い、当日を終えました。その直後から抑えていた人間関係は一気に爆発し、「ああ、狭山から逃げ出したい」と思っていました。そんな私を救ったのはバイオリニスト君でした。口下手な彼は彼なりに捻じ曲がった人間関係をやり過ごす方法を考え、寄り添ってくれました。
今、私はバイオリニスト君と全盲のギタリストさんとのアンサンブルのマネージャーをしています。走り回っても、パソコンに向かい続けてもまだまだ1ヵ月に1回か2回の演奏しか取れません。体調も時折起き上がれない時もありますが、徐々にそのサイクルは短くなってきています。
いったいこの社会はどうなっているのでしょう。人を傷つけなければ生きていけない、存在していけない人たちが多すぎるように思うのは私の僻みでしょうか。

休職中に週一回の切手ボランティア   千葉県松戸市 S・M
現在も休職中ですが、先々月から週一回切手ボランティアの活動に参加しています。市の社会福祉協議会に寄付された使用済みなどの切手を、周りが5㍉以下になるように切り、破れていたり、端が欠けていたりしているのを除いて、日本と外国と、そして台紙ありとなしとに分類する仕事です。私と同じ病気になった人も参加して、いろいろな話をしながら活動を続けています。

整理された切手は神戸にある「誕生日ありがとう運動本部」に送られて、しおりやストラップ、コレクションセットになり、福祉活動の促進や理解に役立てられるそうです。先週は同じボランティア同士で市内の介護福祉ホームを慰問し、紙芝居を読んで喜んでいただきました。
ウツ。私の周りにも少なくありません。抱えているものを投げ出すことができれば少しは楽になれるのでしょうが、なかなか投げ出せるものではありません。せめて、心の負担を軽くしてくれる人との出会いがあればいいのですが。ともあれ、くれぐれも「焦らず、腐らず、無理をせず」ですよ。

埼玉県のN・Kさんからメールが届きました。

<抱えるものを投げ出せば…>というタイトルで「新聞うずみ火」のお手紙コーナーでご紹介しました。

<先日、親戚の青年が鬱とアルコール依存症で入院していることを知りました。ショックでした。

彼は私生活にも職場にも大きなストレスを抱えていました。知っていながら、何もできませんでした。私自身が鬱だったからです。

2年ほど前、朝起きるのも辛くなり、友人が精神科を紹介してくれました。初診で先生と話していたら「いったいいくつ抱えているんですか」と言われました。当時、私はフルタイムで仕事をし、大きなクラシックコンサートを主催し、視覚障害の会のボランティアをやり……。
職場は30年勤めていましたが、最悪の環境になっていました。朝、「おはようございます」と言っても社長は振り向きもしない。一日に一度は理由のわからないことで怒鳴られる。仕事のミスは全て私に降りかかる。10月に控えていたコンサートも方も人間関係がゴチャゴチャになっていました。気がつけば起きられず、食べられず……以前に食事を作るという家事ができなくなっていました。体重は35キロを切っていました。

先生に「一番辛いものをまずやめなさい」と言われました>

Nさんにとって一番つらいものとは何だったのでしょうか。

先生に「一番辛いものをまずやめなさい」と言われたN・Kさん。彼女にとって一番つらいものとは何だったのでしょうか。

お手紙の続きです。

<職場を辞めることにためらいはありませんでした。退職届を出した私に社長はただ一言、「失業保険は無いからな」。

職場は辞めてみたものの、コンサートの人間関係は改善されることもなく、とにかく演奏者たちの耳には雑音を入れないようにとそれだけに気を使い、当日を終えました。その直後から抑えていた人間関係は一気に爆発し、「ああ、狭山から逃げ出したい」と思っていました。そんな私を救ったのはバイオリニスト君でした。口下手な彼は彼なりに捻じ曲がった人間関係をやり過ごす方法を考え、寄り添ってくれました。
今、私はバイオリニスト君と全盲のギタリストさんとのアンサンブルのマネージャーをしています。走り回っても、パソコンに向かい続けてもまだまだ1カ月に1回か2回の演奏しか取れません。体調も時折起き上がれない時もありますが、徐々にそのサイクルは短くなってきています。

いったいこの社会はどうなっているのでしょう。人を傷つけなければ生きていけない、存在していけない人たちが多すぎるように思うのは私の僻みでしょうか>

なんという社長なのでしょうか。読んでいて、こちらまで怒りに震えてきました。

新聞うずみ火でこのお手紙を紹介したあと、こんなコメントを添えさせていただきました。

(ウツ。私の周りにも少なくありません。抱えているものを投げ出すことができれば少しは楽になれるのでしょうが……。せめて、心の負担を軽くしてくれる人との出会いがあればいいのですが)

 

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