「移設ありき」は破綻

記者:栗原佳子

ダダダダッ、ダダダダッ。重い破裂音がはらわたに響く。沖縄県名護市、辺野古の浜に設営された座り込みテント。新基地建設に反対し、365日の座り込みが続いている。2月に入り、2850日を超えた。音の正体は小銃の実弾射撃。隣接する米海兵隊キャンプ・シュワブで、人を殺すための訓練が日常的に行われている。

ブウーン。鈍いエンジン音の方向を確かめると、2台のゴムボートが海面を突っ走るのが遠目で確認できた。1台に7、8人乗っているだろうか。「けさは軍艦も出ていたのよ」。平良悦美さんがそう教えてくれた。テントの目の前の浜から、銃を持った兵士が続々と上陸してきたこともあったという。もちろん、テントは基地の外にある。

日米が普天間基地返還に合意したのが96年だった。だが、それは、代替ヘリポートを県内に建設するという条件付き。複数の候補地が浮上、辺野古が残った。名護市民は住民投票で「建設ノー」の意思を示すが、民意は踏みにじられてしまう。

04年、政府は抜き打ちで海上ボーリング調査を強行。平良さんらはカヌーで海に漕ぎ出し、作業用に設置された単管やぐらに座り込んだ。あくまで非暴力。平良さんは当時70歳。カヌーを漕ぐのも、海に潜るのも初めてだったという。結局政府は、一本の杭も海に打ち込むことはできなかった。

しかし辺野古への「執着」をやめたわけではなかった。基地計画は二転三転、いまや軍港や装弾場も備えた最新鋭の新基地計画に化けている。ただ沖縄県民の民意は「辺野古移設ノー」ではっきりしている。

一方、ここにきて辺野古をめぐる問題は大きく動き、日米は在日米軍再編の見直しで合意。地元の「沖縄タイムス」は∧米 辺野古断念へ∨(2月4日)とまで報じた。いまだに「辺野古移設堅持」などと主張しているのは日本政府だけだ。

「武力で平和をつくるなんて間違っているよね。生身の人と人とが出会うことが抑止力になるのに」

平良さんは平日の週5日、テントへ通う。自宅は中部の沖縄市。「ベトナム戦争のとき沖縄は『悪魔の島』っていわれたの。嘉手納から爆弾を積んで戦闘機が飛び立っていくのを止められなかった――」。だからこそ、新基地は止めたい。強い思いが平良さん、そしてテントの人々を支える。

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