「反原発」広がる

記者:高橋宏

 東日本大震災が引き金となり、国内史上最悪であることはもちろん、世界でも類のない深刻

▲「反原発」を訴えて大阪市内をデモ行進する参加者たち

な事故が福島第一原発で起こってから、丸1年が経過しました。昨年12月、原子炉が「冷温停止状態」になったとして政府は「事故収束宣言」を出しましたが、それをまともに信じている人々は、おそらく少数派でしょう。事故発生から1年が経ってなお、事故の詳細は不明です。原子炉の中がどうなっているのか、周囲の放射線があまりにも強くて確認ができず、現在の状況は様々なデータから推測するしかありません。今でも連日、3千人以上の作業員が事故炉の監視や、がれきの撤去作業にあたっているのです。

事故の被害状況も明らかになっていません。チェルノブイリ原発事故を思い起こせば、これから数年、数十年にわたって多くの問題が私たちの目の前に現れてくるはずです。そういう意味では、事故はまさに今、始まったばかりだと言えるかも知れません。

東北地方が激しい地震と巨大津波に襲われた3月11日、国が主催した追悼式をはじめとして全国で、様々な集会がもたれました。原発事故の関連でも、国内各地はもとより世界各国で、「反原発」「脱原発」を訴える集会やデモが行われています。今回は、大阪市北区の中之島であった「さよなら原発3・11関西1万人行動」(主催は関西で原発問題に取り組む人々によって組織された「さよなら原発3・11関西1万人行動実行委員会」)を取り上げます

この行動は「今、行動の時!大惨事を防ぐために」として中之島の公会堂大ホール、女神像前、剣先公園の三つのエリアを中心に行われました。まず午前中に、公会堂大ホールで講演会があり、福島県飯舘村の酪農家の長谷川健一さん(同県伊達市に避難中)が「原発事故が奪ったもの」と題して講演。長谷川さんは事故直後、飯舘村の汚染状況について国も県も「隠蔽」していたこと等を怒りを込めて報告しました。酪農については、自ら廃業を決意せざるを得なくなったことを、ほとんど公開されていない避難後に餓死してしまった牛の写真などを見せながら説明。また、酪農を夢見て10年間頑張り、やっと軌道に乗ったところで廃業せざるを得なくなった仲間や、「原発事故さえなければ……」と書き残して自ら命を絶った隣町の仲間のことを紹介しました。最後に「あれだけの事故を起こしながら、停止した原発を再稼働させようとしている。こんな恐ろしい国で良いのか」とした上で、「私は二つのお願いがある。まず飯舘村の子どもたちについていわれのない差別を生まないこと。そして、事故は終わってなんかおらず真っ只中であり、絶対に風化させないことだ」と訴えました。

続いて、福井県美浜町の松下照幸さんが「原発銀座の若狭から」と題して「美浜のほとんどの人は脱原発を望んでいるが、福島の惨状があっても語りづらい」「国は新幹線や高速道路の延伸を言ってきており、再稼働への動きが加速していくのではないかと非常に心配」などと現状を報告。「再稼働に向けたストレステストでは、地震に対して1カ所のみの破断しか想定していない。こんな検査で再稼働など絶対に認められない」とした上で、「電気をたくさん使う都市部の人たちが『原発の電気はいらない』と声を大にしなければ止められない」と訴えました。

午後からは、各エリアで福島の被災者の方々がアピールをしました。公会堂大ホールでは宮城県名取市から奈良県に避難している日下育子さんが「震災直後はお金があってもガソリンや水が手に入らなかった。震災ではモノより何より命が大切だと痛感した」「原発事故さえなければ家族がバラバラになることもなかった。日常の何気ない幸せを原発事故は奪ってしまう」と訴えています。

集会後はそれぞれのエリアから3コースに分かれて市内をデモ行進。関西電力の本店ビルを経由した参加者は、ゴールの西梅田公園と同ビル前で、「原発卒業式」のパフォーマンスを披露しました。これは、関西電力所有の各原発に扮したスタッフが、今回の行動の連絡先を務めた「ストップ・ザ・もんじゅ」代表の池島芙美子さんから「卒業証書」授与されるというものです。主催者の発表では、今回の行動に参加した人は約7千人。1万人には及ばなかったとはいえ、関西で行われた反原発集会としては過去最大規模のものとなりました。

今回の取材を通して、私は原発を止めなければならないと切実に思って行動している人々が着実に増えていることを実感しました。何よりも、現地の人々の訴えを直接に聞き、改めて事故の影響の深刻さが身にしみました。原発事故の被害は、汚染による健康被害や風評被害(マスメディアでは、この言葉が正しく使われていません。汚染されていないのに拒否されるような場合が「風評被害」であり、汚染レベルが低いにもかかわらず拒否されることは「風評被害」ではなく「実害」なのです)が注目されがちですが、生業を続けられない悔しさ、住み慣れた故郷を離れなければならない苦痛に、もっともっと目を向けて痛みを感じるようにしなければなりません。

そして、これだけの被害を生み出しておきながら、未だに原発の再稼働や、原発輸出を進めようとしている日本が、長谷川さんが訴えるように「恐ろしい国」だということを、私たちがその国民であるということを改めて自覚しなければならないでしょう。

Comments Closed