「沖縄大防空演習」を嗤ふ

記者 : 栗原佳子

PAC3石垣配備

北朝鮮の長距離弾道ミサイル発射をめぐる大騒動が終わった。政府・防衛省は、何がどのように危険かという具体的な説明もないまま、沖縄本島、石垣島、宮古島に地対空誘導弾パトリオット(PAC3)を配備し、計900人の自衛隊員を送り込んだ。発射前夜の石垣島を駆け足で取材した。

▲報道陣が大挙して石垣入り。至るところでカメラを構えた(石垣市役所前)

気温28度。朝方だというのに、むき出しの腕や顔がヒリヒリしてくる。4月12日、石垣港突堤。対岸にはミニカーのようにPAC3がちょこんと見える。

石垣市には自衛隊基地がなく、埋立地の「新港地区」にPAC3が据えられた。配備された部隊は450人。目の前は離島をつなぐ航路で、この日も定期便がひっきりなしに行き来していた。テレビや新聞は連日「石垣は厳戒態勢」と伝えているが、ここにあるのは、緊張とは対極の南国の光景だ。

そもそも今回、万が一、何かが落下する可能性があるとしても破片である。PAC3はミサイルの航跡を高速で計算して迎撃するという兵器なので、軌道を予想できないような破片は打ち落とせない。

にもかかわらず、政府は北朝鮮を悪者に仕立てて危機感を演出。それにメディアが便乗し、横並びで煽り立てるという構図が展開されていた。表通りもアーケードも報道関係者ばかり。

「戦争でも起こるんじゃないの。昨日も東京の娘が心配して電話してきたよ。『なんで?普通に生活してるさ』って言ったけどね」

▲報道陣が大挙して石垣入り。至るところでカメラを構えた(石垣港ターミナル。対岸にPAC3を臨む)

港まで乗ったタクシーの運転手は、街頭インタビューを横目で見て苦笑していた。

まる1日の滞在で約30人の市民に聞いたが、基本的に冷静だった。それでも報道のシャワーは一定の「作用」をもたらす。離島ターミナルで会った女性は「石垣島が狙われるわけじゃあるまいし。でも、マスコミがあんなに騒ぐから不安になるね」と顔をしかめた。

石垣島を主島とする八重山諸島は自衛隊の「空白」地域。防衛省にとって配備は「悲願」といえる。一昨年策定した新防衛大綱、中期防衛力配備計画は先島地域(八重山・宮古)への軍備強化をうたい、石垣へは陸自実戦部隊の配備を狙う。特に与那国島の場合は沿岸警備隊を2015年までに配備すると閣議決定。賛否をめぐり住民が二分されているにもかかわらずだ。

その与那国島には今回、自衛隊員50人が派遣された。名目は救護班。「でも、与那国島は

▲各地で抗議の動きが。4月11日には県庁前で集会&デモも

今回の軌道から100㌔以上も離れているんですよ」と与那国出身で、自衛隊配備に反対する女性たちでつくる「与那国島の明るい未来を願うイソバの会」の白玉敬子さん。対照的に、軌道の真下にある多良間島には、連絡要員の自衛隊員5人が派遣されただけ。「つくられた危機」であることは明らかだ。

「今回のことは自衛隊常駐に向けての地ならしでしょう」。石垣市で長年、平和運動に関わってきた潮平正道さんはそう警戒する。

ただ今回は表立って抗議の声を上げにくい状況があったという。実際に不安を感じている市民がいるからだ。石垣で初めて抗議集会が開かれたのは「発射」予告前夜の4月11日のことだった。

石垣港の突堤には、入れ替わり立ち替わり市民が見学にやってきていた。「戦争中を思い出した。日本軍は怖かったよ」。そう話す高齢の男性も。八重山諸島は先の大戦で「戦争マラリア」の悲劇を生んだ。軍命によりマラリア有病地帯に強制疎開させられ、結果、全住民の1割が死亡した。軍隊への抵抗感は特に戦争を体験した世代に根強い。

石垣の部隊は今回、実戦配備中でありながら、地元業者の弁当を購入した。白玉さんは「宣撫工作の一環です。でも食中毒を出したらどうするの」と呆れ顔だ。

しかし部隊はこんな素顔も見せた。実弾を装てんした銃を携行したのだ。

「理由は『海からテロリストに狙われるかも』。つまり彼らは市民を守りにきたのではない。銃口は市民に向くかもしれないのです」。潮平さんはそう憤る。

しかも実弾入り銃携行は中山義隆市長のお墨付きだ。中山市長は一昨年2月の市長選で初当選、5期目に挑んだ革新の現職を退けた。自衛艦の寄港などを拒絶した前市長と逆を行き、いまや防空訓練は陸海空の自衛隊が参加、戦闘機まで飛び交う。中山市長は自衛隊を「誘致しない」としながらも「協議のテーブルには就く」という立場だ。なお就任約半年の一昨年9月には尖閣諸島での中国漁船衝突事件が発生している。

翌4月13日朝、北朝鮮が「ミサイル」を発射した。しかし緊急情報を知らせるはずの全国瞬時警報システム(Jアラート)は作動せず、石垣市では2時間後にようやく、防災無線が発射情報を伝えたという。

そもそも、発射が迫るなかでも、米軍嘉手納基地の警戒態勢は通常レベルのままだった。それを日本政府が知らないわけがない。昭和初期、信濃毎日新聞主筆の桐生悠々は「関東大防空演習を嗤(わら)ふ」と社説に書いた。桁違いの金をつぎ込んだ現代の「大防空演習」。壮大な茶番劇の裏で高笑いする者たちがいる。

 

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