抱えた「負の遺産」

記者:高橋宏

 大阪では猛暑日が続きました。国や関西電力は夏の電力需要が逼迫しているとして大飯原発の再稼働を強行しましたが、今のところ計画停電が実施されることもなく、ほぼ毎日、電力の供給は「安定している」という報道です。大飯原発を再稼働したお陰だと考えている人がいるかも知れません。しかし、他の原発が全て停止中であることを考えれば、原発が止まればすぐに電力不足に陥るかのような「神話」は崩れ去ったと言えるでしょう。逆に、電力の浪費から脱却すれば、原発なしでも十分に私たちの暮らしは成り立つことが証明されたと思います。
 
 電力会社のコスト増など検討すべき問題はありますが、これを機会に新たな原発再稼働をすることなく、敷地内に断層が存在する疑いがある大飯原発も即刻、運転を停止するべきでしょう。

狭い補償対象

 さて、今年も67回目の原爆忌がやってきました。広島、長崎で行われた式典をニュースで見ていて痛感するのは、原爆を体験された方々の高齢化です。昨年から1年間でも多くの方々が亡くなりました。67年前に何が起こったのか、語り継ぐことの重要性を再認識させられます。同時に、戦後67年が経った現在でも被害に苦しんでいる人々が存在する……それが放射能被害の恐ろしさであることを、改めて強調する必要があるでしょう。

 放射能の影響は健康被害だけではありません。いわれのない差別、健康に影響しているかも知れないという不安を抱えながらの生活がどれほどの苦痛となるのか、被爆された方々は訴え続けてきました。その訴えに国はどれだけ耳を傾けてきたでしょうか。福島第一原発事故の被害者が同じ苦しみを受けなければならないということを、国はどこまで認識しているのでしょうか。

 原爆投下後に降ったいわゆる「黒い雨」の降雨地域について、国は極めて限られた地域しか認めていません。福島第一原発事故の影響についても、国が対象と考えている地域は非常に限定的で、相変わらず「ただちに健康への影響はない」という認識です。67年経った今でも原爆被害の補償を受けられない人々が存在するという事実は、万が一、原発事故が原因で健康被害が出てしまった場合でも、国が認めた地域以外では補償されない(国が責任を認めない)可能性を示唆しています。私たちに求められていることは、未だに補償を受けられない人々がきちんと救済されるように、国に働きかけていくことです。 それは原爆に限ったことではありません。軍人やその家族には手厚い補償がなされている一方で、空襲などの被害に遭った民間人には未だに謝罪の一つもされていないことを皆さんはご存じですか? 過ちの責任をきちんと取れるような国に日本をしていくことが、多くの人々の犠牲の上に成り立った平和を享受している、私たちには求められているのです。

新しいエネルギー対策

 昨年に引き続き広島、長崎の平和宣言では、福島第一原発事故に触れられました。広島市の松井一実市長、長崎市の田上富久市長ともに、今年も「脱原発(反原発)」を明言することはありませんでしたが、松井市長は「市民の暮らしと安全を守るためのエネルギー政策」、田上市長は「放射能に脅かされることのない社会を再構築するための新しいエネルギー政策」を国に求めています。田上市長は「原子力発電所が稼働するなかで貯め込んだ膨大な量の高レベル放射性廃棄物の処分も先送りできない課題」と踏み込んだ指摘もしました。国の新しいエネルギー政策については、策定に向けた議論が現在進められていますが、果たして両市長が求めているような内容になるのか否か、現時点ではわかりません。

 エネルギー政策をめぐる議論では、原発に依存していくか否かが大きな焦点となっていますが、仮に原発に依存しないとなった場合(もちろん、全原発の即刻廃炉を「うずみ火」は求めています)、私たちが忘れてはならない視点があります。それは、既に私たちが50基を超える原発を抱えてしまっており、今後気の遠くなる程の年月にわたってそれらを管理していかねばならないということです。

 田上市長が触れた高レベル放射性廃棄物だけではありません。停止後に放射性廃棄物の固まりと化した施設を、管理していかなければならないのです。福島第一原発事故の処理を含めて、原発を停止した以降も研究・技術開発を続ける必要があるということを、私たちは認識して議論をしているでしょうか?

技術者の流出・空洞化

 そこで深刻なのは原子力の技術者・研究者の空洞化です。今に始まったことではありませんが、かつて原子力開発・利用にバラ色の未来が語られていた頃に花形だった大学の原子力関連の多くの学部・学科が、次々とその名称から「原子力」や「放射線」という言葉を消してきたという経緯があります。福島第一原発事故以降、今春実施された大学・大学院入試で原子力関係の学科の志願者数は約1割減少したそうです。仮に脱原発ということになれば、その動きには拍車がかかるに違いありません。また、事故後の東京電力では退職者が増え、韓国などからのヘッドハンティングが盛んに行われているという話も聞きます。

 もしこのまま研究者・技術者の減少と流出が続いたら、どうなってしまうのでしょうか。これまでの原発推進のみに焦点を当てた原子力分野のイメージでは、やりがいや将来への希望は持ち得ないでしょうし、非難するだけでは電力会社の技術者を失望させるだけでしょう。

 新しいエネルギー政策を検討すると同時に、原子力分野は今後、人々の安全を守るために必須な研究・技術でやりがいのある分野だということを、もっと訴える必要があります。今も福島第一原発事故の現場で奮闘し続ける人々を支え、私たちが抱えてしまった「負の遺産」を管理していく人材を育成することを抜きにして、脱原発は語れないのです。

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