シリア・アレッポ最新報告

(記者:西谷文和)

9月9日、フリージャーナリストで「新聞うずみ火」共同代表の西谷文和がトルコ国境から内戦の続くシリアに入り、11日まで現地を取材した。ジャーナリストの山本美香さんが銃撃され亡くなったアレッポの町に潜入した西谷が見たものは――。現地から届いたブログから最新のシリア情勢を紹介する。

9日午後10時、トルコのハッタイ県アンタキアのホテルをチェックアウトし、シリア国境近くの町アルアインへ向かう。ここに運び屋の父親が待っていて、私をシリアとの国境まで運んでくれる手はずになっていた。

運び屋・アリー(仮名)は国境のフェンス沿いの村に住んでいて、シリア内戦勃発後、地元トルコのジャーナリストを違法にシリアに送り込んでいる。アリーの車に乗り換え、シリアとの国境へ。満天の星空。数㌔先にシリアの灯りが点在する。

盛んにアリーが誰かと電話している。その相手はシリア側で受け入れてくれる予定の自由シリア軍兵士だった。

何回目かの電話が合図だった。

「ヤッラ、ヤッラ(さあ、行くぞ)」。

暗闇の中、国境の緩衝地帯を歩く。まさか地雷は埋まっていないと思うが、向こうにトルコ軍国境監視小屋があって、そこから白い光がピカッ、ピカッとまたたく。あの光に捉えられるとアウトだ。

アリーは小走りに暗闇を進む。近眼で運動不足の私はついていくだけで精一杯。
突然アリーが足を止め、草むらの中にしゃがみ込む。やがて携帯が鳴る。レッツゴー。監視小屋の前を小走りで通り抜ける。何と暗闇から人がぬっと現れた。頭に大きな荷物を載せた女性と、手を引かれる子どもたち。シリア難民が向こうから抜け出してきたのだ。2家族、およそ10人。声をかけたいが、互いに余裕なし。無言のまますれ違う。

さらに5分ほど暗闇を行く。小さなペンライトを持った青年が、やはり暗闇から現れた。「サラームアレイコム(こんにちは)」と小声で。

ここからはこの青年に手を引かれ、一気に走る。左手にフェンスが見える。そうかこのフェンスが国境か。

駆け足で1、2分行くと、フェンスに大きな穴があいている。「ヤッラ、ヤッラ」。フェンスには鉄条網が絡んでいるので慎重にくぐり抜ける。

シリアに入った!

暗闇の緩衝地帯を小走りに進む。数分走ったところで、青年が歩き出す。どうやら安全地帯に入ったようだ。オリーブ畑のあぜ道に、ランドクルーザーが止まっていた。

「サラームアレイコム。ウエルカムシリア!」。自由シリア軍のモハンマドと、私を案内してくれた青年と固く握手。ここからアトマ村までわずか10数分のドライブだ。午前0時半、自由シリア軍兵士モハンマドの自宅へ。

「アハランワサハラン(ようこそ)」。地域の兵士たちが出迎えてくれる。遅い夕食をとり、兵士たちの雑談に付き合った後、眠りにつく。

病院も戦車で破壊

10日午前9時、アレッポ方面に向けて出発。道路は結構きれいに整備されているのだが、町の入り口には必ず自由シリア軍の検問があり、すべて24時間態勢だった。いつ政権軍が町を奪い返しにくるか分からないので、村人たちが「自警団」として寝ずの番をしてくれているのだった。

「大丈夫か」と互いに安否を確認するのも無理はない。自由シリア軍といっても、先日まで普通の農民やサラリーマンだ。ただシリアは徴兵制があるので、成人男性はほとんど銃の扱いを知ってはいる。

そんなことを繰り返しながら、全速力で飛ばすこと約3時間。アナダンの町に到着。町はゴーストタウンになっていた。病院が戦車砲で破壊されている。受付の椅子が転がり、3階建ての建物は無惨にもぺしゃんこになっている。

「ヤツらは学校だろうと病院だろうとおかまいなしだ。この病院は先週戦車で破壊されたんだ」と同行の兵士が怒りをあらわにする。

言う通り、小学校の壁にはロケット弾の穴があき、グラウンドに薬きょうが転がっている。商店街が破壊されている。シャッターが内側から外へ弧を描いてひしゃげている。家屋内部に戦車砲などが落下すると、内側からの爆風でシャッターが曲がってしまうのだ。

空爆された民家群へ。もうめちゃめちゃ。ハイヒールが転がっている。3時50分で止まっている壁時計。ガレキの中にはその日の新聞や子ども用の自転車……。この空爆で25人が殺された。あのハイヒールは遺品かもしれない。

そんな撮影を続けていると、「タイヤーラ!(戦闘機)」と兵士が叫ぶ。上空を赤トンボのような戦闘機が旋回している。物陰に隠れて戦闘機の行方を見守る。

大通りには破壊された戦車と救急車が横たわっていた。アサド軍の戦車をRPGロケット弾で破壊したのだ。

アナダンからアレッポまでわずか10㌔だが、途中にアサド政権支配地域があるので、直線コースでは入れない。大回りして自由シリア支配地域だけを通って、アレッポを目指す。途中、戦闘機が上空に現れると、その度に車を物陰に隠してやり過ごす。

やがて日没。闇の中をぐねぐねと走ること1時間、国道らしき大通りに出ると、車は全速力で突っ走る。前方に破壊されたバスやトラック。もしかして、ここが……。

爆音に死を覚悟

「アレッポに入ったよ」と運転手。

人口約600万人といわれているシリア第2の都市アレッポ。しかし、大通りには破壊された戦車や自動車が無惨な姿をさらしていて、通行人はほぼゼロ。電気が足りないのか、街灯はもちろん、民家の灯りもまばら。商店はほとんど全てシャッターを下ろしている。まさにゴーストタウンだ。

ウーウーと、闇の中にサイレンが響き、1台の救急車が止まった。けが人が運び込まれたようだ。病院の受付には銃を構えた兵士が数人。住民たちがけが人を治療する「地下病院」だ。
猛スピードで、車はとある商店街の迷路のような一角に滑り込んだ。

「着いたよ」。兵士たちが迷路のような路地に20人ほどたむろしている。古ぼけたビル、1階が散髪屋で2階がパーマ屋。この2階が兵士たちの隠れ家になっていた。

「サラームアレイコム」。次々と差し出される右手。それぞれに握手してから、「中国人か?」

「いや日本人だ」

パーマ屋の狭い店内では、兵士たちがせっせとカラシニコフ銃に弾を込めているところだった。英語をしゃべる若者ファラークからひとしきり状況を聞く。「今日だけで戦車を4台もやっつけたよ。最近はこちらにも(自由シリア側)新しいロケット弾が入ってくるようになったからね」
主にカタール、サウジなど湾岸諸国から対戦車砲などが流入しているようだ。

午後10時、3階に上がって早めに眠る。疲れた。パンパンパン。銃声が聞こえる。
うとうとしはじめたその時、ドッカーン、ドッカーンと2発の爆音で叩き起こされる。

「近いぞ! もしロケット弾、戦車砲がこのビルに飛び込んできたら……」

私の隣では兵士4人がすやすやと眠っている。こいつら、怖くないのか。昼間見た、ぺしゃんこになったビルを思い出す。もし、あの天井が落ちてきたら、俺は確実に圧死してしまう。隠れようがない。そんなことを考えていたら、またドッカーン!

「おい、さっきより近いぞ。大丈夫か」。さすがに兵士2人がムックリと起きて、「アラー、アクバル」と一言叫んで、また眠り出す。

よーこんな状態で寝てられるなー、と感心するも、こちらは恐怖で寝られない。51歳で死ぬのは、まだ早すぎるなー、遺書を書いとかなあかんかな、妻と子ども、実家の両親は泣くだろうな、世間を騒がせるのはイヤだな、などの考えが頭をぐるぐる回っていく。

さらにドカーン、ドカーン、ドカーン。続けて4発入った。その後、タタタッタタ、と乾いた銃声。ボン、ボン、というロケット弾の発射音。こちら側からも反撃しているようだ。さすがに兵士が起き出して、状況を確認している。

「大丈夫だ。いつものことだよ」。4人の兵士が、またすやすやと寝始める。

「あー、大変なところに来てしまったなー」。後悔先に立たず、ドーンドーンという爆音に、「当たれば仕方がないんだ。どうせなら即死の方がいいな」。轟音に慣れつつ、あきらめつつ、自分の人生、命って何だろうと考え始めたのが午前2時頃。すると、あれほど入ってきたロケット攻撃がピタッとやんだ。

そうか、相手側兵士も眠るんや。戦争とは日常生活の中の非日常。撃ち疲れて、あるいは「今日はこれぐらいにしといたろ」みたいな感覚で日々を過ごしているのだ。

11日午前5時。起きたのは私だけで、兵士たちは眠っている。戦闘が激化して2カ月。彼らにって、爆音もズシーンと体に響く振動も「蚊に刺された程度」なのだろうか。

午前7時前、ようやく明るくなってきたので隠れ家のベランダから外の景色を撮る。大通りの向こうにモスクのミナレットが見える。無人の町。ドーンという爆音。鳩がビックリして一斉に飛び立つ。

ガスマスク押収

隠れ家の出入り口から思い切って外へ。大通りの向こう側に警備の兵士たちがお茶を飲んでいる。小走りに兵士たちのところへ。「アハランワサハラン(ようこそ)中国人か?」「いや日本人だ。アレッポの惨状を撮影に来た」

片言のアラビア語でジャーナリストであることを説明する。兵士たちによると、昨晩聞いたあの爆音は、地対地ミサイル「ハウワーン」というもので、一晩で22発撃ち込まれたという。
そんな話をしていたら、「俺についてこい。爆撃の跡を見せてやる」と1人の兵士。危なくないか。いや、銃声が止んでいる今、撮影のチャンスかも。せっかくだ、撮れるものみんな撮ろう。
兵士の後ろをついて狭い路地を行く。大通りに面したところで兵士が立ち止まる。

「サラーサ、イスナー、ワーヒダ(3、2、1)。ゴー」。

走り出す兵士の後をついて、大通りの景色を撮る。通りの中央分離帯のところに大穴。2日前の空爆によるものだ。モスク周囲の商店街が粉々になっている。昨晩の22発のうち1発がここに当たったようだ。すすだらけの黒くなった商店。2階から煙がまだ上がっている。大通りの対岸にも路地があって、そこに駆け込む。どうやら路地に入っていれば、撃たれることはないようだ。

さきほどのお茶を飲んでいた場所まで戻ると、昨晩のハウワーン地対地ミサイルの破片が並んでいる。「撮れ、撮れ」と兵士たち。アサドがいかにひどいことをしているか、報道してくれ、と。

その中に「俺は『ヤバニーヤ』(山本さんのこと)の棺を担いだよ」という兵士。山本さんの殺害現場は、ここからそれほど離れていないのだ。

慣れないアラビア語で取材していると、「グッドモーニング」。学生風の若者が通りを横切ってやってきた。「英語少ししゃべれるよ」。それはありがたい。名前は?「ハッサン・ミット。略してサムと呼んでくれ」

サムはガスマスクを持っていた。知り合いの自由シリア軍兵士が、アサド軍兵士を捕まえて所持品を奪ったところ、銃や簡易爆弾(IED)の他にガスマスクがあった。アサド軍が化学兵器を使っているか、使おうとしている証拠だ。

サムを通訳としてアレッポの町を行く。旧市街の商店街はほとんど全てシャッターが下ろされ、中には焼けて黒くなった店も。商店街の道路に兵士が寝ている。戦闘が激化してからずっとここに寝泊まりして町を防衛しているのだ。

最前線の防衛ラインへ。土のうが積まれ、兵士が銃を構えている。「アサド軍支配地域とはどれくらい離れている?」と聞くと、「約300㍍」

大通りを行くと、長蛇の列に出くわす。パンを買いにきた人々だ。パン屋が爆撃されたのだ。ビデオカメラが珍しいのか、この虐殺に抗議するためか、たちまちカメラの前に黒山の人だかり。「アサドを倒せ!」と叫び出す。いつの間にか「自由シリア国旗」を肩にした子どもたちが数人、カメラの前で踊り出す。

パンの行列を後に、さらに町の様子を取材。道ばたに黒こげになった大型のバン。アサド軍兵士を運ぶ車を、自由シリア軍が銃撃した。バンの他に大型バスや戦車が破壊されて、放置されている。

新築商業ビルが粉々になっている。道路にはガラスの破片がギッシリ。さらに行くと、異様なにおいが鼻につき始める。生ゴミを街角で燃やしているのだ。「アサドはゴミ収集車を空爆した。町を不衛生にしようとしたんだ。伝染病を流行させようとね」

ゴミの山の中で、金目のものを拾い集める少年2人を撮影していたら、「ドーン」という大きな爆音。近いな。

ヘリ飛ぶ中 脱出

ゴミの山に別れを告げ、さらに進むと、もうもうと煙が立ちこめているのが見えてきた。さっきの爆音。あれはミグ戦闘機からの空爆で、なんと団地の方角から黒い煙。かなり大きな爆撃だ。おそらくあの一発で何十人と殺されただろう。あの団地に住んでいる人々が、すでに避難してくれていればいいのだが。

煙に向かって進むが、あの空爆の場所に近づき過ぎるのは危険だ。まだ上空には戦闘機がいて狙っている。

町の中心部にも大きな空爆跡。一昨日の空爆、1発の爆弾で70人が殺された。ビルの地下には大きな穴があき、その穴に水道水が溜って池になっている。穴の中にはベッドの枠、鏡台、時計、食卓など生活用品が水の中に沈んでいる。

「危ないぞ!」。サムが注意する。上部の壁が崩れ落ちる危険があるので、中に入ることができないらしい。

70名が殺されたビルのすぐそばでは、住民たちが避難を始めていた。軽トラックに家財道具を積む人々。地方都市へ逃げる予定だ。確かにここに住み続けるのは危険すぎる。アレッポは人の住めない町になりつつある。

無事、元の隠れ家に戻る。午後2時頃、戦闘がピークに。あちこちでパンパンパンと銃撃戦の音がこだまする。シュルシュルシュルーと不気味な音がして、ドッカーンと爆音が続く。ハウワーン(地対地ミサイル)の連射だ。生きた心地がしない。隠れ家の兵士は「ノープロブレム」と笑うが、すぐ先のモスクに落ちて、煙が上がっている。20㍍ほどしか離れていない。

夕刻4時、ようやく「ハウワーンの雨」が止む。止まったと思ったら、今度は戦闘ヘリがやって来た。空から銃撃している。地上から応戦しているのだろう、パンパンパンという銃声が響く。これ以上、ここにとどまるのは危険だ。アナダンへ帰るという兵士たちがいるので、その車に乗せてもらうことにする。

午後5時。アレッポの町を出る。上空にはまだアサドのヘリがいる。この車が狙われるかどうか、「神のみぞ知る」。運を天にまかせて、ゴーストタウンとなったアレッポの町を突っ走る。アレッポの市街地を抜けるのに約30分。緊張の時間、幸いヘリからの銃撃はなかった。

 「マーシャアッラー(神の祝福あれ)」

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