放射能汚染の真実 

間一髪だった破局的事態

記者:高橋宏

10月13日、第7回うずみ火講座「放射能汚染の真実」をキャンパスポート大阪(大阪市・梅田)で開催しました。講師は元・京都大学原子炉実験所助教授で、本紙でもおなじみの海老澤徹さんです。海老澤さんには度々この連載にご登場願っただけでなく、福島第一原発事故後に開催した「今さら聞けない原発の話」(昨年7月)で講演をしていただきました。その際は、まだ事故に関する情報が不十分な状態でしたが、今回は事故後に明らかになった様々なデータ等をもとに、改めて福島第一原発事故の詳細について語っていただきました。

海老澤さんはまず、事故機の原子炉建屋地下室に大量の高濃度放射能汚染水が溜まっている危険性から話を始めました。建屋の地下室は水密性がないため、地下水の水位を上げているのですが、そのために循環している水とは別に溜まっていく水が年に15万㌧もあり、今では30万㌧近くになっているそうです。それらは巨大なタンクで保管しているのですが、敷地が一杯になるのも時間の問題とのことでした。海老澤さんによると、この漏洩する放射能汚染水への対応が喫緊の課題だそうです。

次に、事故の主な経過の説明に入りました。炉心溶融が起こった際に、炉心温度が高温になったためヨウ素やセシウム、テルル、ストロンチウムなどの放射性物質は気体になり、炉心から外に出てしまったそうです。炉心溶融が起こった後に原子炉容器、格納容器が破損したため、気体の一部は原子炉建屋から環境に放出されてしまったわけです。

5、6号機も危なかった

また、メルトダウンの過程で消防車から原子炉への冷却水の注水が行われていましたが、「この注水作業がなかったら確実にチャイナシンドロームになっていた」と海老澤さんは言います。つまり、溶融炉心が格納容器を突き破って地下に行ってしまい、地下水を通して直接、環境が汚染されていたのです。まさに、間一髪で破局的事態が避けられていたのでした。

さらに海老澤さんは、津波によって事故が引き起こされた状況など、事故のプロセスを説明しながら、実は福島第二原発1号機でも同様の事故が起きる可能性があったことを明らかにしました。幸運だったのは津波が襲ったのが金曜日の昼間で、もしこれが休日の夜であったら対応ができなかったそうです。また、第一原発では5号機と6号機は難を逃れましたが、それは13台目の発電機が空冷式で、5、6号機に共通の配電盤が生き残っていたためでした。それでも5号機は3月20日ぐらいまで、どうなるか分からないような大変な状態だったそうです。つまり、場合によってはもっと広範囲で、しかも過酷な事故になる可能性があったのでした。

一通り事故の経過を説明した後、海老澤さんは現在の原発施設内の汚染状況を明らかにしました。詳細は省略しますが、事故炉の中は人が近づけないほど高い放射線量が計測され、収束作業を進められる状態ではないそうです。現在、4号機の使用済み核燃料の移送が着手されていますが、事故の収束には相当な年月がかかることは間違いありません。

続いて、事故による環境汚染に話が移りました。空間線量を測定した結果を表した地図を示し、汚染の状況を説明したのですが、東京の新宿と大阪市とでは、放射性セシウムの降下量が何と約千倍も違うということです。ちなみに大阪の汚染は「チェルノブイリ原発事故時の汚染と比べても30分の1から50分の1です」と海老澤さん。さらに、世界的な汚染マップを示した上で「これを見ても、大阪よりアメリカ西海岸の方が汚染がひどいことがわかります」。つまり、大阪は事故による汚染がほとんどないと言えるでしょう。

また、食物の汚染については、事故直後は空気中の高い濃度の放射能が植物の表面に付着することで汚染されていましたが、現在では土壌の中の放射性物質が根から吸収される間接汚染が中心だそうです。海老澤さんによると「農作物の可食部分(食べられる部分)への放射能の移行係数を考えると、例えば白米の場合、田んぼが粘土質で非常によくセシウムを吸着するため、平均すると500分の1以下です」。ただし、きのこや山菜類は高いから注意が必要とのことでした。さらに、海洋汚染による海産物の汚染の拡大が心配されます。セシウムは海水に溶けやすく、汚染自体は海流によって拡散し薄められますが、食物連鎖によって段階的に大型の魚に濃縮される可能性があるので、今後は魚の汚染検査が広域で必要になってくるそうです。

ずさんな政府事故調

休憩を挟んで、海老澤さんは事故後に報告書を出した四つの事故調査委員会(民間事故調、東電事故調、政府事故調、国会事故調)のうち、政府事故調と国会事故調について、その組織や報告書の概要を説明しました。説明に入る前に海老澤さんは、東電事故調の報告について触れ「東電は全てを津波のせいにしています。津波の評価は2002年の昭和三陸沖地震を参照した値ですし、地震評価については、06年に指針が改定されてバックチェックの指示があったにもかかわらず、東電は最終報告を16年に予定していました。その前に、今回の事故が起こってしまったわけです」と批判しました。

海老澤さんによると、国会事故調が原発批判派や反原発派で10人の委員が構成され、報告書も事務局にほとんど任せることなく委員が執筆したのに対して、政府事故調は「10人の委員が選ばれていますが、委員は何もしておらず、概要を書いただけだと聞いています。報告書は事務局がほとんど執筆して、委員は暇だったようです」とのことでした。

最後に、政府事故調が挙げている事故対応の問題点はないものねだりで、「いずれも現場では不可能なことばかりです。作業員、現場のせいにして政府の責任を減らしたかったのではないか、と私には思えます」と指摘して、海老澤さんの報告は終わりました。

この後、会場を一杯にした参加者から次々と質問があり、その一つ一つに海老澤さんが丁寧に答えるうちに、あっという間に時間が過ぎて講座は終了しました(紙面の関係で質疑応答の内容は省略しますが、講演の詳細は「うずみ火講座」のDVDでご覧いただけます)。
今回の海老澤さんのお話で、福島第一原発ではこれまで知られていなかった、さらに多くの危機的場面があったことや、現在も事故は深刻な状況が続いていること、その収束には解決しなければならない課題が山積していること、そして事故による放射能汚染はまだまだ始まったばかりであることが明らかになりました。 話の中で、大阪が非常に少ない汚染で済んでいることが触れられていましたが、そのような低い汚染の場所に、放射能を帯びた災害廃棄物を広域処理で持ち込むことが、いかに愚かな行為であるか、改めて理解することができたと思います。

新エネ戦略骨抜きに

それにしても、政府事故調についての話は、正直言ってあきれてしまうような内容でした。それを裏付けるような動きが、最近次々と明らかになっています。先月号で報告した政府のエネルギー環境会議が決めた「2030年代に原発をゼロにする」とした「革新的エネルギー・環境戦略」(新エネ戦略)ですが、先月19日の閣議で決定が見送られてしまったのです。

実は閣議の前日に国家戦略会議が開かれていたのですが、政府の説明に対して、委員を務める経済同友会の長谷川閑史・代表幹事らが異論を唱えました。さらに、長谷川代表幹事は日本商工会議所の岡村正会頭らと共に記者会見をし、新エネ戦略について「到底受け入れられない」と表明しました。そうした経緯の後、閣議決定が見送られたわけです。

しかも、新エネ戦略を参考文扱いにする決定をしたばかりか、「関係自治体や国際社会等と責任ある議論を行い、国民の理解を得つつ、柔軟性を持って不断の検証と見直しを行いながら遂行する」と、骨抜きのような条件をつけています。

確かに、矛盾や問題点の多い新エネ戦略ではありますが、政府のこのような対応は明らかに私たちに対する裏切り行為です。新エネ戦略には財界だけではなく、米国が「原発ゼロ」という表現に強く反発していました。おそらく、条件に記された「国際社会」は米国を指すのでしょう。もちろん、閣議決定の見送りを財界や米国が歓迎していることは言うまでもありません。

海老澤さんの報告にあったような事故調査を行い、責任を現場に押しつけようとする政府のやることですから、当然と言えば当然の結果かも知れませんが、原発廃絶への道のりは一段と険しくなってきました。このような状況ですから、海老澤さんの話をしっかり胸に刻んで、福島第一原発事故を風化させることなく、リアルタイムの問題として常に意識していくことが私たちに求められています。

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