福島市渡利地区ルポ

ホットスポット置き去り 高まる政治不信

記者:矢野宏

衆院解散で事実上の選挙戦に突入した。かつて野田佳彦首相は「福島の復興なくして日本の復興はない」と言ったが、被災地の再生を声高に訴える政党は今のところ見当たらない。東日本大震災から20カ月が過ぎた11月18日の早朝、深夜バスで福島市に入り、ホットスポットの渡利地区を歩いた。東京電力福島第一原発事故による放射能汚染に苦しみ続ける人たちの口から漏れ聞こえてきたのは政治不信の言葉だった。
朝の気温は6・7度。晴れ間が広がっていたが、細かい霧雨が降っていた。ガイガーカウンターを包んでいるビニール袋にも小さな雨粒がつく。JR福島駅前の線量は毎時0・42マイクロシーベルト。自然界で受ける放射線量の5倍を超えている。

傘も差さずに走り抜ける高校生たち。ほとんどの市民がマスクもしていない。乗り込んだタクシーで放射能汚染について尋ねると、「もう慣れっこになってしまったのかねえ。避難したところで、行った先々で仕事や生活などの不安はありますから」という言葉が返ってきた。

「ただ、政府が原発事故直後の数値を公表しなかったことは今でも許せないねえ。市民もあの時に被ばくしていたのでしょうから。何を信じていいのやら」

福島市の中でももっとも放射線量が高い渡り地区

JR福島駅から東南に1㌔。阿武隈川を渡り、渡利地区に入った。人口1万6000人あまりの閑静な住宅街が広がっている。

ガイガーカウンターは毎時0・68マイクロシーベルトを記録している。市立渡利小学校前で計測すると、その数値はさらに上昇した。

渡利地区は福島第一原発から60㌔離れているが、福島市の中で最も放射線量が高いホットスポットの一つである。

渡利地区の中でも高い数値を検出した薬師町内の水路

「国や市には住民の命や健康を守ろうという意識がまったく感じられません」というのは渡利地区の裏澤利夫さん(78)。

市環境課の職員2人が裏澤さん宅を訪れ、空中放射線量を測定したのが昨年11月28日のこと。庭に植えている柿の木の下の土壌から1㍍の高さで毎時2・95マイクロシーベルトを計測した。住民が避難する際に国が支援を行う「特定避難勧奨地点」の指定基準に匹敵している。指定されると、避難するかとどまるかを選択でき、いろいろな補償が受けられる。

健康より地価優先

さらに、地表から1㌢の高さでは毎時30マイクロシーベルトを振り切り、市職員のサーベイメーターでは測定不能となった。後日、高性能の放射線量計測器で測定したところ毎時53マイクロシーベルトもあった。

裏澤さんが渡利地区に移り住んで半世紀になる。住居の背後には弁天山があり、静かな景観が気に入っていた。ところが、その山が震災後、思わぬ災害をもたらすことに。

渡利地区の線量調査に取り組んできた神戸大学大学院の山内知也教授によると、この地区は弁天山など山林を抱えているため、雨のたびに汚染された泥や落ち葉が水路などに流れ込み、それが乾燥してさらにセシウムが濃縮されているという。

裏澤さん宅の横の水路からあふれ出た汚染水が庭に流れ込み、柿の木から落ちてきた雨水と合流する。「上から土をかけていますから以前ほどではありませんが、ここです」と、裏澤さんが指さした土壌にガイガーカウンターを近づけると、高さ1㍍で毎時2・2マイクロシーベルトを記録した。

高い放射線が測定された庭先の土壌を指す裏澤さん

裏澤さんは次男夫婦と同居しており、小学5年生と5歳の孫がいる。次男は、妻と子ども2人を市内の放射線量が比較的低い親戚宅に避難させることを決意。自宅近くの小学校への通学にはバスを使わせ、帰りは次男が自家用車で親戚まで送るという生活に踏み切ったこともある。現在は茨城県まで週末避難している。

「渡利地区の子どもや妊婦を避難させるよう要望書を市に提出したが、全く聞く耳を持たないのですから」

地元選出の市会議員からも「そんな指定を受けたら地区全体の地価が下がる。そうなると、借家やアパートの経営者が困る」と言われたという。

裏澤さん宅の除染が行なわれるのは来年3月に入ってから。それまでの間、高い放射能の土壌はむき出しになったままだ。

「人の命や健康よりも、金や経済優先なんですよ」という裏澤さん。まさに、この国の縮図を見ているようだ。

住民の声聞かず

「国側の態度はのらりくらり、その誠意のなさに今でも怒りがこみ上げてきます。人の命や健康について何も考えようとしないのですから」と語気を強めるのは工務店勤務の菅野吉広さん(44)。中学1年生と小学4年生の2人の娘の父親であり「渡利の子どもたちを守る会」の代表でもある。

菅野吉広さん

渡利小で開かれた放射能汚染についての保護者説明会で一方的な説明だけで、住民の意見を聞こうともしない市の姿勢に不信感を抱き、他の保護者らと「渡利の子どもたちを守る会」を発足させた。昨年の5月のことだ。

その年の9月には政府の原子力災害現地対策本部と福島県が渡利地区で放射線量を調査した結果が発表され、高さ1㍍では最高で毎時3・0マイクロシーベルト、隣接する小倉寺地区でも3・1マイクロシーベルトあったことが明らかになった。国は局所的に線量が高い地点を特定避難勧奨地点に設定するかどうか市との協議に入ったが、10月8日、国と市は指定を見送った。

この政府決定についての住民説明会を一部の住民にしか通知せず、住民らの切実な疑問に対してもきちんと回答しなかった。

「渡利周辺の特定避難勧奨地点に関する詳細な調査は一部の世帯についてしか行われていない。調査をやり直してほしい」――。28日には、菅野さんら住民たちが上京し、霞ヶ関の参議院会館で政府・原子力災害対策本部を相手に交渉に臨んだ。ところが、政府はかたくなに「除染をしっかりやっていく」と繰り返すのみだったという。

週末だけでも避難

渡利地区の中でも妻が子どもと一緒に自主避難する家庭が増えた。子どもの健康を考え、二重生活に踏み切った人たちだ。守る会の中でも副代表をはじめ、結成時の主要なメンバーが抜け、現在5人。避難したくても夫婦共働きの家庭では渡利地区を離れることができない。せめて週末だけでも県内外に車で「週末避難」に出向く家庭も少なくない。菅野さん家族もそうだ。

「自主避難はもちろん、週末避難する際のガソリン代や宿泊費もすべて自分持ちです。国や電力会社からの補償はありません。経済的にも大変ですよ」という菅野さん。

今でも忘れられない言葉があるという。
「上の娘から『近くにいる。どうせ、よそには(お嫁に)行けないから』と言われたときには驚きました。娘たちも精神的に追い詰められているのです。自分の子どもも守れないのかと思うと辛いですね」

福島市など避難区域に該当しない地域では、放射線量を減らす除染を重点的に行うと政府や自治体は説明している。

菅野さんは除染に対して懐疑的だ。というのも、昨年7月24日にモデルケースとしての除染作業が行われたもの、さほど効果が出なかったからだ。

「渡利の場合は山がありますから雨が降れば汚染水が住宅街の水路を流れることになります。除染はこれから何年も続くことでしょう」という菅野さんはこう言い添えた。「衆院立候補者の討論会を計画しています。安全を軽んじている人には私たちの将来を委ねる気にはなれませんから」

弁天山の汚染土は雨のたび渡利を襲う

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