福島・飯館村民の訴え

「原発事故は人の心も汚染した」

記者:矢野 宏

東京電力福島第一原発事故による放射能という「見えない津波」によって、被災地では多くの命、生活が脅かされている。政治に何を期待するのか。しないのか。全村計画的避難区域に指定された福島県飯舘村の被災者の一人に話を聞いた。
「福島原発事故によって、あの美しかった村がなくなってしまった。これまで培ってきた住民の絆までもが崩壊してしまった。人の心までも汚染されてしまったことが一番悲しいです……」

菅野哲さん(64)は、そう言って言葉をのみ込んだ。

福島市で11月18日に開かれた集会「福島原発事故が飯舘村にもたらしたもの」。農業者の菅野さんは避難状況について報告、「村へ戻りたい人と戻れると思えない人それぞれで行く末が見えない。不安があり、住民との間で対立が起きています。それも1カ所に集団移転できなかったから。原因は国の避難指示が遅かったことです」と訴えた。

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幼子を抱えた若者世代は原発事故直後から避難し始めたが、高齢者は残った。政府が全村計画的避難区域に指定したのは原発事故から1カ月以上が過ぎた昨年4月22日のこと。しかも都市部で借りられるアパートは部屋数が少なく、家族一緒に暮らしたくても暮らせない。仮設住宅では高齢者がほとんどで、多くの避難家族が世帯分離して暮らしているという。菅野さんも飯舘村から福島市へ避難し、妻と86歳の母親と一緒にアパートで暮らしている。

「飯舘の村民は補償を受けられるが、福島市から他所へ避難する市民は受けられません。福島の若者も同じように放射能汚染から避難しているのにです。そのため『あなたはいいよね』という偏見が生まれています。そんな差別を生み出す状況をつくった政治に対して不信感を持っています」

安全神話に翻弄

飯舘村は阿武隈山地の北端にあり、標高500㍍前後のなだらかな山々に囲まれた人口6000人あまりの村。たびたび冷害に苦しめられてきたこともあり、米作中心の農業から肉牛を「飯舘牛」というブランドに育てるなど。40数年かけた村づくりの集大成を迎えようとしてきた、まさにそのとき原発事故が起きた。

福島第一原発からの距離は30㌔以上。事故直後は隣接する相馬市や南相馬市から避難してきた人々を受け入れるため避難所を開設、一時は1300人が村内の学校や公民館などで避難生活を送っていた。

最大の放射性物質放出があったとみられる3月15日、それまでの西風から南東寄りの風に変わり、夕方からの雨が夜半には雪に変わった。このとき空気線量44・7マイクロシーベルトという高濃度の放射性物質が村に降り注いでいたが、国からの避難指示はなかった。

21日には水道水から高濃度の放射性物質を検出したため、給水停止となった。住民の不安が募るなか、県や国がしたのは安全神話を浸透させることだった。

県は放射線健康リスク管理アドバイザーに任命した長崎大学教授を派遣。400人の村民を前に教授は「安全」「直ちに健康に影響はない」と繰り返し、「子どもが外で遊んでも問題はない」とまで言い切ったという。さらに、原子力安全・保安院も「飯舘村は避難の必要がない」と発言。近畿大学教授が1200人の住民を前に再び安全神話の講演を行った20日後、政府は飯舘村を全村計画的避難区域にしている。放射性物質が大量に村に降下したと見られる3月15日夜から1カ月以上が経過していた。

家畜の処分、農業の廃業を経て全村民が避難したのは昨年7月末のことだった。

「村民の復興を」

菅野さんに後日、さらに詳しく話を聞いた。

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渡された緑色の名刺には「土と生きる日本の百姓」とある。3年前に飯舘村の職員を退職し、230本の銀杏と2・5㌶の畑で白菜や大根、ニンジンなどの高原野菜栽培を行ってきた。新たに1万本のニンニクを植えたが、原発事故ですべてを失った。これまで土壌改良に300万円を投資しており、農作物の被害も180万円を超えたという。

「ニンジンは年6000本の収穫があり、東京・銀座のレストランと提携して、まさにこれからというときだっただけに諦め切れませんねえ」と菅野さんは嘆息をつく。「20年やれば、息子に引き継げる」という人生設計も崩れ去った。

飯舘村は現在、「帰還困難区域」「居住制限区域」「避難解除準備区域」の三つに区分。「2年後までに宅地、5年後までに農地、20年後までに森林を除染する」という除染計画を進めている。村ではモデル除染から本格除染に入っており、菅野典雄町長は「2年で帰村」を目指している。

除染は有効なのか――。菅野さんは懐疑的だ。

「放射能は除染でどれだけ減るのか、洗った水はどこへ行くのか、海か地中でしょう。確立された除染なんてないのでは。飯舘村は75%が森林です。2年で戻れるとは思えません」

ましてや除染でできた汚染物質は仮・仮置き場で保管している。汚染土壌を野ざらしにしている状態だ。「国は中間貯蔵施設も決めていません。それで帰村させると言うのだから信じられません。30年も放置されていると自然消滅していく。それを政府は待っているのかと勘繰ってしまいます」。

除染のための概算費用総額は3224億円。計算上では村民一人当たり5000万円以上にもなる。

「除染して村に帰ろう」という掛け声に、二の足を踏む住民たちも少なくない。

「除染しても年間被曝量1ミリシーベルトは達成できない」「年寄りだけ戻っても10年後、20年後は廃墟になるだけ」「戻っても農業は風評被害を克服できない」「除染費用を使って安全安心な居住地を他に求めるべきではないか」――。

菅野さんはこう力を込めた。「村民の復興、村の復興、どちらが大事なのか。飯舘村民も福島県民も同じ国土に住む国民。全国の皆さんに訴えたい。皆さんと同じように扱ってほしいと」

菅野さんと屋外に出た。一見どこにでもある町並み。しかしガイガーカウンターは、福島市の空気を自然界の6倍の数値と示していた。

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