シリアルポ① 「虐殺の証人」地下病院で取材

2月号西谷
2012年9月、レバノン・ベイルートに到着。きらきらと地中海が輝く中東のパリ。80年代の内戦で傷ついたビルはほぼ修復され、ここが激しい内戦の舞台となったことは「歴史的事実」と化していく。

ベイルートからタクシーを飛ばし2時間で北部の主要都市トリポリに着く。トリポリは住民のほとんどがイスラム教徒で、シリア内戦が激化してからは、この町に大量のシリア難民が流入してきている。地元住民も「反シリア派」「親シリア派」に二分され、最近では住民同士の銃撃戦が勃発するようになった。ベイルートは「観光地」であるが、トリポリまで来ると「準戦闘地」になる。

レバノンは岐阜県くらいの小さな国だが、キリスト教徒、イスラム教スンニ派、シーア派、ドゥルーズ派、トルコマン人、アルメニア人……。人種と民族のるつぼで、争いが絶えない火薬庫でもある。
トリポリで、アブー・マージッドと再会。彼は水道工務店を経営しているのだが、このシリア内戦以降仕事そっちのけで、トリポリに逃げてきたシリア難民の世話をしている人道支援者だ。

マージッドとその店員ムスタファの案内で、市内の「シリア通り」へ。この通りを挟んで山側が「親シリア」、つまりイスラム教シーア派の居住区で、海側が「反シリア」のスンニ派居住区。シリア内戦激化に比例するように、この地区でも住民の対立が激化。10日前にも派手な戦闘があって、6人が殺され、180人以上が傷ついた。

■市民に戦車砲撃

レバノンでシリア内戦を取材する目的は、「病院」である。一旦シリアに入ってしまうと、戦争被害者の詳細な取材ができない。
なぜか? それはシリア国内では病院が非合法化され、アサド軍に狙われていて、取材許可が下りないからである。
それはなぜか? 現在、アサド軍が行っているのは大量虐殺で、怪我人はその証人である。カメラを持ったジャーナリストがその病院に入ったことがバレると、間違いなく病院が空爆されてしまう。なのでシリア国内の病院は地下に潜り、その所在をつかまれないようにしながら、医師たちが自らの命を賭して、懸命に治療を続けているのだ。

マージッドの案内でトリポリ北部の高台にある「アッザハラー病院」へ。
外科病棟に入院する患者は全てシリア人だった。あまりにも患者が多いので、ここでは代表的な2例を挙げておく。

2月号西谷2
ハスナーさん(37)は3カ月前までホムス県ホムス市ババアムル地区の住民だった。アサド軍はこの地区を壊滅させている。戦闘機がやって来て町を絨毯爆撃していく。なぜ狙われるかというと、この地区からたくさんの人々が自由シリア軍に参加したからだ。
戦闘機からの空爆と戦車からの砲撃。誰が自由シリア軍で誰が一般市民か、など一切関係なく、手当たり次第に砲撃が加えられる。

「もう限界だ」。家にとどまると殺されてしまうと感じた一家は、夫のバイクに息子と娘、そしてハスナーさんの4人乗りで逃げ出した。空爆が続くババアムル地区の国道を走って逃げている時、1発の戦車砲がバイクを襲った。息子と娘は即死、夫は30時間ほど息があったが、やがて亡くなった。彼女は住民たちが自主的に運営する「地下病院」に収容され、赤十字の車でトリポリまで運ばれた。なぜ「地下病院」で治療を受けたかというと、シリアの公立病院に運ばれたら、病院で殺されてしまうからだ。そしてこの病院で両足を切断した。

彼女は今、気丈にも、その時の記憶を辿りながら、彼女一家に何があったか、レポートを書いている。「私自身が生き証人なの。アサド政権軍が何をしたか、私が身をもって証明するわ」。女性がカメラの前で障害を持つ体をさらすことは、特にイスラム圏では、大変勇気のいることだ。

彼女は真っすぐに私のカメラを見つめ、涙も見せずに淡々と子どもを失ったことを語った。傍らには看病する妹。インタビューを許可してくれた担当医師がウィンクしてつぶやいた。「ハスナーはこの体験を本にするだろう。トルストイのようにね」

■「神は見ているぞ!」

ニダルさん(27)もホムス市に住んでいた。2カ月前、自宅で就寝中の出来事だった。深夜3時、静寂を切り裂く爆音と爆風。アサド軍の空爆だった。左足に重傷を負い、現在抗生物質を注入して腐敗を止めている。抗生物質が効くか、足の腐敗が先か。様子を見て足を切断するかどうか判断する、と医師は言う。

ニダルさんたち親子が空爆された直後の様子を、近所の人々が携帯電話で撮影していた。その映像を見せてもらう。ノートパソコンの待ち受け画面、0歳の息子が微笑んでいる。生まれたばかりの息子の写真はこれだけ。そして唯一残った動画は……。

息子がかすかに息をしている。薄暗い自宅に駆けつけた医師が、懸命に心臓マッサージをしている。息子の顔面数カ所に血、やがてかすかに続けていた呼吸が小さく、弱くなっていく。医師はマッサージの手を止め、大声で抗議する。「この子に何の罪がある?神は見ているぞ、この犯罪を!」。傍らで看病していた祖母が泣き崩れる。「神様、お願いです。この子と私を取り替えてください」。画面にニダルさんと亡くなったばかりの息子が大写しになる。2人の後ろに毛布が盛り上がっている。毛布には、ニダルさんの妻がくるまれている。

外へ出れば薄明かり。夜明けだ。人々は死体を引きずって軽トラに乗せていく。ニダルさんの妻も荷台に乗せられた。顔面が血で染まっている。
死体と怪我人をトリポリへ運ぶのだ。急げ! 少しでも暗いうちに運ばないとまたアサドの戦闘機に狙われてしまう。日の出前のホムス。薄暗がりの中で映像が終了する。
今、映像の中で息子と寄り添っていたニダルさんが、ベッドに横たわっている。パソコンの待ち受け画面の息子は微笑んでいる。病室に何とも重い空気が流れる。あまりにもつらいあの日の記憶、そして息子と妻の動画。見ず知らずの日本人に、それをあえて見せてくれたニダルさん。

「ありがとう」。小さく礼を言うと、黙ってうなずいてくれた。この現実を伝えるためにやって来たのだが、事実と責任の重さを痛感する。          (続く)

 

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