体罰は暴行 愛情ではない 「指導死」を考える

大阪市立桜宮高校のバスケット部主将の2年男子生徒が体罰を受けた翌日に自殺した問題で、橋下徹市長は体育科の入試中止、校長と全教員の取り換えを言い出した。受験生や在校生に苦難を強いるやり方に理不尽さを覚えるのは私だけではあるまい。問題の本質は何なのか――。教師による指導で長男が自殺に追い込まれた兵庫県伊丹市の西尾裕美さん(54)を訪ねた。 (矢野 宏)

2月号1面

「体罰というと、指導される生徒の方が悪いと思われがちですよね。世間では愛のムチだとか、しつけだとか言って容認する風潮もありますが、体罰は教師による暴行です」
西尾さんはきっぱりと言い切る。
わが子を失った両親に対しては、「一生、悔やまれると思いますよ。私もそうでしたが、自分がああしていたら息子は生きていたのではないかと、今でも自分を責めていますから」と、繰り返される悲劇にため息をこぼした。

西尾さんの長男で県立伊丹高校1年生だった健司君(当時16歳)は2002年3月22日夜、親友を訪ねたあと自宅近くのマンションの屋上から飛び降りた。遺書はなかった。
その日は3学期の終業式。健司君は校内のトイレでタバコを吸っているところを教員に見つかった。夕方、学校に呼び出された西尾さんの目の前で、健司君は校長や学年主任らから厳しく叱責される。「人を裏切ることがどういうことかわかるか」「もう一回やったら学校を辞めてもらう」――。わが子の人格が否定されているようで、西尾さんは悔し涙を流したという。

「私が泣く姿を見て、健司も泣いていました。もともと人に迷惑をかけることが嫌な性格なので、自分のせいで母親につらい思いをさせたということが耐えられなかったのだと思います」
あれは指導ではなく、言葉の暴力だった――と振り返る。
処分は無期限の家庭謹慎。生きていく気力を失ったのだろうか、健司君が自らの命を絶つのはその9時間後のことだ。

■反省日記延々と

健司君が停学処分を受けるのは2回目だった。3カ月前の12月に行われた期末テストの際、成績優秀だった健司君は友人に頼まれて答案を見せたのをカンニングと認定され、1週間の謹慎処分を受けた。
期末テストの8教科分すべてが0点となり、学年の全教師に謝罪させられ、反省文を書かされた。停学中は外出禁止、友達と連絡するのも禁じられ、毎日、反省日記を書くよう命じられた。日記には「1日の反省」という欄があり、隙間なく最後の行まで書き込まなければならなかった。
停学処分が解けたあとも、担任から3学期になってからも続けるように言われた。
「単調な記述の繰り返しで、『もう書くことないわ』と、よくこぼしていました。それまで兄弟げんかもしたことがなかったのに、弟につらく当たるなど、苛立ちを見せるようになっていました」

反省日記が健司君にとって負担になっていることに担任は気づかなかった。終業式の前日には、春休みも日記を書くよう命じている。学校での喫煙が見つかったのは、その翌日のこと。
喫煙発覚後に書いた反省文には「ストレスがたまっていて、それが少し和らぐと思って吸い始めた」と記されており、「2学期の終わりにカンニングのことで、指導を受けて、自分では十分反省したと思っていたけれど……」とも書かれていた。
「これでもか、これでもかと指導する教師は熱血漢あふれるいい教師と思われがちですが、そうでしょうか。ただルールを守らせる、教師に逆らわずに従わせる、それに違反したら罰則を与えるというやり方は、教え育てる指導ではないと思います」

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自殺後、当時の校長は「自殺と指導とは関係ない」と言い切り、教育委員会も自殺と指導の因果関係を認めず、文部科学省へ「原因不明の自殺」と報告している。
ただ、担任と生徒指導の教師が健司君の死を無駄にしないと誓ってくれたことがせめてもの救いだったという。担任からの手紙には「教師って、なんと傲慢で非常識で横着なんだろうと自分を見つめ、反省しています」と書かれていた。

健司君が自らの命を絶ってまもなく11年。健司君の部屋は今もそのままで、思い出の写真がたくさん飾られている。
指導と言うのは、目的、やり方、結果が正しくて、初めて正しい指導と言えるのだと思います。子どもを死なせるという結果はどこか間違いがあったということでしょう」
西尾さんが視線を投げかけたその先には、遺影の中で微笑む健司君がいた。

■謝罪ひるがえす

「全国学校事故・事件を語る会」代表世話人の内海千春さん(53)は、1994年9月、当時小学6年生だった長男の平君(当時11歳)を亡くしている。授業中に担任に質問したことを放課後に確認したところ、「何回言わすねん」と頬を平手打ちされ、そのショックから1時間後に自宅の裏山で自殺したのだ。

自殺直後、教諭は暴行の事実を認め、内海さん夫妻の前で「私の責任です」と土下座して詫びた。校長も「担任の取った言動は人間として許されない。教師によるいじめだ」とまで言ったにもかかわらず、葬儀が終わると、「あれは(両親に)言わされたものだ」と弁明するなど、その態度は豹変した。
事件の1カ月後、学校側は「管理外の事故死、原因状況不明」という死亡事故報告書を市教委に提出。それを受けて、当時の教育長が記者会見で「体罰の事実は認めるが、自殺との因果関係は不明」と述べている。

「なんで平が死ななければならなかったのか。原因を知らないと、その死を受け入れられない」と、内海さん夫妻は神戸地裁姫路支部に提訴。2000年1月31日、「自殺は、感情のはけ口を求めた教諭の単なる暴力が引き金になった」と、市に3792万円を支払うよう命じる判決が下された。
桜宮高の体罰について、内海さんはこう語っている。
「教師の体罰による子どもの自殺は多くが表に出ないままなかったことにされている。何があったのか、実態解明なしに再発防止はできません。事実と向き合うことが亡くなった生徒の命と向き合うこと」

■事件前の発言

今回の体罰を許した背景には何があるのか。
大阪では公立高といえども定員割れが続くと予算を削られ、廃校になる。知名度を上げるため、力のある運動部の顧問には管理職もきちん指導できなかった。

さらに、橋下市長自身が体罰を奨励していた事実を忘れてはいけない。
知事時代の08年10月、堺市で開かれた大阪の教育を考える府民討論会で、「口で言って聞かないと手を出さないとしょうがない」と発言。
昨年10月には市教育振興基本計画策定有識者会議で、教師の体罰について「胸ぐらをつかまれたら放り投げるくらいまではオッケーだ」というような市独自の指針をつくるべきとの考えを示している。体罰は学校教育法で禁止されているにもかかわらず、だ。

その橋下市長が、桜宮高の体育科・スポーツ健康科学科の入試中止、バスケ・バレー両部の無期限活動停止を打ち出した。さらに、「こんな学校を卒業したらダメな人間になる」とか、「部活を続けたいという桜宮の生徒や保護者は人間としてダメだ」などと、まさに言いたい放題。橋下市長自身が生徒や保護者たちをいじめる側に回っていると言っても過言ではない。これでは亡くなった男子生徒も浮かばれないのではないか。

最後に、私の体験も記しておきたい。
私も高校3年生のときに体罰を受けた。「成績表を忘れた者、立て」と担任に言われ、私を含めて3人の男子生徒が立った。うち一人が照れ笑いを浮かべたのを見咎めた担任はなめられたと思ったのか、「前に出て来い」と怒り、一人ひとりの頬を平手で殴った。
そのときの担任の憎しみを浮かべた目を、35年たった今でも忘れることができない。
その10年後、私は当時1歳だった幼子の頬を平手打ちした。朝、保育所へ連れて行こうとしたとき、おもちゃを出して遊びだしたというのが理由だった。きっと、息子の瞳には私の憎しみのこもった目が映ったに違いない。
やはり、体罰は暴行である。そこには愛情はない。

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