西谷文和 世界で平和を考える シリアルポ②

廃墟の街 住民はトルコへ

 「国境」のフェンスには1カ所、穴が開いていた。深夜1時、オリーブ畑を歩くこと30分、とうとう「シリアへの入り口」にたどり着いた。数十㍍先にはトルコ軍国境警備隊の監視小屋。時折ピカッ、ピカッと監視小屋からの灯りが射し込む。ルパン三世みたいやなー。緊張で心臓バクバクなのだが、どーでも良いことが頭を巡る。暗闇の中、ハーハーという息づかい。難民の家族がぬっと現れた。頭に家財道具を乗せて、子どもの手を引き、トルコ側へと逃げていく。私は難民たちが逃げてきた方向、つまりシリアへと足を踏み出す。そんな「違法入国」で見た現実は……。

 2012年9月8日、レバノンからトルコ・イスタンブールへ飛んだ。そしてトルコ航空でシリアとの国境ハッタイ県アンタキア市へ。アンタキアは前ローマ時代から栄えた古い町。ここは元々シリアとトルコで帰属が争われたのだが、住民投票でトルコになった。

 アンタキア市の中心部から車で1時間も飛ばすと、そこはシリアとの国境だ。運び屋アリー(仮名)が出迎える。彼は国境のフェンス沿いの村に住んでいて、シリア内戦勃発後、地元トルコのジャーナリストを違法にシリアに送り込んでいる。満天の星空。数㌔先にシリアの灯りが点在する。盛んにアリーが誰かと電話している。電話の主は、シリア側で受け入れてくれる予定の自由シリア軍兵士だった。

 田舎なので日本人が珍しいのだろう、近所の人々が寄ってきて、「まぁお茶でも飲め」としばし雑談。星空を見上げながら、もう一度ここまで戻って来られるだろうか、絶対にこの星を見納めにしてはいかん、と気合いを入れようとしているのに、「お前は日本人か?」「俺は日本が大好きだ、トヨータ、ホンダ……」。うるさいねん、ちょっと黙っててくれ!

密入国屋の手引き

 何回目かの電話が合図だった。「ヤッラ、ヤッラ(さあ、行くぞ)」とアリー。暗闇の中、国境の緩衝地帯を歩く。まさか地雷は埋まっていないと思うが、向こうにトルコ軍国境監視小屋があって、そこから白い光がピカッ、ピカッとまたたく。あの光に捉えられるとアウトだ。

 アリーは小走りに暗闇を進む。ド近眼で運動不足の私は、ついていくだけで精いっぱい。と、突然アリーが足を止め、草むらの中にしゃがみ込む。しばし待機。やがて携帯が鳴る。レッツゴー。監視小屋の前を小走りで通り抜ける。

 何と暗闇から人がぬっと現れた。頭に大きな荷物を載せた女性と、手を引かれる子どもたち。シリア難民が向こうからこちら側へ抜け出してきたのだ。2家族、およそ10名。「がんばれよ」と声をかけたいが、互いに余裕なし。無言のまますれ違う。

 さらに5分ほど暗闇を行くと、小さなペンライトを持った青年が、やはり暗闇から現れた。「サラームアレイコム(こんにちは)」と小声で。ここからはこの青年に手を引かれ、一気に走る。左手にフェンスが見える。

 そうか、このフェンスが国境か。

 駆け足で1、2分行くと、フェンスに大きな穴があいている。「ヤッラ。ヤッラ」。フェンスには鉄条網が絡んでいるので、焦って越えようとするとケガをする。慎重にくぐり抜ける。

 シリアに入った!

 やはり暗闇の緩衝地帯を小走りに進む。数分走ったところで、青年が歩き出す。どうやら安全地帯に入ったようだ。オリーブ畑のあぜ道に、ランドクルーザーが止まっていた。

 「サラームアレイコム。ウエルカムシリア!」。自由シリア軍のモハンマドと、私を案内してくれた青年ディボーと固く握手。次は夜明けを待ってアレッポをめざすのだ。

 翌朝、国境からまず兵士モハンマドの出身地アナダンをめざす。モハンマドは内戦の激化に伴い、アナダンから国境まで一時避難しているので、彼にとっても故郷アナダンがどうなっているか、を確認する重要な旅である。

 道路はだいたい舗装されていて、結構スムーズに飛ばせるのだが、各村の入り口には必ず検問があって、自由シリア軍の兵士が私たちをチェックする。4時間後、クルド人地域を抜けたところに、やはり検問所がある。

 「ここからはアラブか?」 「そうだ、ここがアナダンだ」

 街はゴーストタウンになっていた。町の人々ほとんど全てが、すでにトルコに逃げている。原発事故直後の被災地と似た風景。病院が戦車砲で破壊されている。

 「ヤツらは学校だろうと病院だろうとおかまいなしだ。この病院は先週、戦車で破壊されたんだ」。モハンマドが怒りをあらわにする。

 商店街が破壊されている。シャッターが内側から外へひしゃげている。家屋内部に戦車砲が落下すると、内側からの爆風でシャッターが曲がってしまうのだ。

 空爆された民家群へ。もうめちゃくちゃ。ハイヒールが転がっている。3時50分で止まっている壁時計。がれきの中にはその日の新聞や子ども用の自転車。この空爆で25人が殺された。あのハイヒールは遺品かもしれない。

 そんな撮影を続けていると、「タイヤーラ!(戦闘機)」と兵士たちが叫ぶ。上空を赤トンボのようなミグ戦闘機が旋回している。物陰に隠れて戦闘機の行方を見守る。あれほど緊張して飛行機を見上げたのは初めての経験。

砲弾で遊ぶ子ら

 戦闘機をやり過ごしてから商店街を歩くと、子どもたちが寄ってくる。手にはミグ戦闘機からの砲弾(ロシア製)。別の子どもは小さめのロケット弾(イラン製)。毎日のように撃ってくるので、町に爆弾の破片が転がり、子どもたちは破片で遊んでいる。不発弾を触わらなければいいが。

 夕闇が迫ってくる。いよいよアレッポに向かう時が来た。上空の戦闘機に発見されないよう、夜を待っていたのだ。

 自由シリア軍兵士たちとランドクルーザーに乗り込み、闇の中をぐねぐねと走ること数時間、国道らしき大通りに出ると、車は全速力で突っ走る。前方に破壊されたバスやトラック。もしかして、ここが……。

 「アレッポに入ったよ」と運転手。人口約600万人と言われているシリア第2の都市アレッポ。しかし、大通りには破壊された戦車や自動車が無惨な姿をさらしていて、通行人はほぼゼロ。電気が足りてないのか、街灯はもちろん、民家の灯りもまばら。商店はほとんど全てシャッターを下ろしている。

 まさにゴーストタウンだ。(続く)

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