MBS水野アナ講演

「話聞いて」言われる人に

  新聞うずみ火主催の「うずみ火講座」が2月9日、キャンパスポート大阪で開かれた。講師は毎日放送アナウンサーの水野晶子さん。ラジオのパーソナリティーとして長年第一線で活躍を続ける水野さんに「いまこそラジオ!」と題し、ラジオの魅力について存分に語ってもらった。

 水野さんは1981年、毎日放送に入社。現在、「報道するラジオ」(毎週金曜午後9~10時)などのパーソナリティーとして活躍している。故・黒田清さんとは公私とも交流があり、2000年7月の告別式では司会も務めた。

 水野さんは「3・11」直後、ラジオがどんな役割を果たしたのか、自らがメインパーソナリティーを務めた「たね蒔きジャーナル」を例に振り返った。

 「たね蒔きジャーナル」は京都大学原子炉実験所助教の小出裕章さんが連日生出演した稀有な番組。その初回の出演が原発事故発生直後の3月14日だった。その音源を実際に流しながら、水野さんはこう振り返った。

 「政府が『直ちに健康に影響はない』と言っているときだった。その中でただ一人『福島の人は直ちに風上に向かって逃げ続けてください』と言っている学者がいることがわかった。この人なら真実に迫ってくれるのではないかと電話出演をお願いした」

 最初は「嘘を言う学者を出すな」という反応もあったという。しかし1週間後、福島県の母親から「やっと本当のことが聞けた」とメールが届く。その後は全国、さらには海外からも、「もっと小出さんの声が聞きたい」と反響が広がっていった。出演者もスタッフも知らないうちに、リスナーがネットを通じて『たね蒔きジャーナル』の放送を世界中に拡散していたのだ。「このような現象は3・11以降ほかのメディアではないこと。ラジオだからできた」

 水野さんは最後に、自らがインタビューした小出さんの肉声を、朗読を交えて紹介した。「どうすれば原発を止められるのか」という問いに対し、都会と過疎地、電力会社と下請けなどの差別的な構造を例にとり「差別がなくなれば原発は簡単に止まる」と答える小出さん。この言葉に重ねるように水野さんは、かつて黒田さんに「どうしたら戦争をなくすことができるのか」と尋ねたエピソードを披露した。黒田さんの答えは「自分の身近な差別に反対すること」だったという。

 水野さんは、阪神淡路大震災直後、黒田さんの手を握り「ようきてくれた」と涙を流す被災者が少なくなかったことを挙げ、「私も黒田さんのような人間になりたいと決心した」とも話した。「『はやみみラジオ!水野晶子です』という番組をやっていたある日、神戸の長田でずっと店をやってきた被災者から『店を閉めることになったので水野ちゃんに話を聞きに来てほしい』という便りが来た。ありがたくて号泣した。その人が一番しんどい時に『話を聞きに来てほしい』と言われる人になりたいと思ってやってきた。10年以上かかったけど、この場所からぶれないようにしたい。いつも帰っていく原点はそこ」と締めくくった。(森山和彦)

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