西谷文和 世界で平和を考える シリアを考える

少数派の独裁「弾圧」で支配

シリア内戦はすでに2年目を迎えてしまった。死者7万人以上、難民、国内避難民をあわせると数百万人を超える、悲惨な戦争になってしまった。なぜ、これほど悲惨な事態になったのか? 報告会でよく尋ねられるテーマなので、私なりの解釈を記しておきたい。

シリアが独立したのは第2次世界大戦直後の1946年である。第1次大戦まで、この地はオスマントルコだった。オスマントルコはドイツと組み、イギリスとフランスとの戦争に敗れ、帝国は崩壊した。
第1次大戦後、オスマントルコを分割したのが、戦勝国の英仏だ。イギリスは、イラク、ヨルダン、パレスチナを、フランスはシリア、レバノンを統治した。シリアの人々はフランスの支配を甘受していたが、第2次大戦後、やっと独立を果たした。

シリアは、多民族多宗教のモザイク国家で、イスラム教スンニ派、シーア派の一部であるアラウィー派、キリスト教徒、クルド人などが混住している。

フランスは、シリアの支配から手を引く時に、少数であるアラウィー派の人々を優先して軍に登用し、アラウィー派主体の軍隊を作り上げた上で、本国に帰っていく。

なぜか?

それはわざと少数派に軍事力を与えて、権力を奪わせれば、その政権は不安定なものとなる。政権が安定しなければ、宗主国フランスを頼ることになる。下手に多数派が握ると、国が安定し、英仏露などの大国を脅かすことになるかもしれない。要は「分断統治の原則」。ちなみにイラクのフセイン政権も少数派のスンニ派だった。英も同様の狙いを仕込んでいたのだ。

さて、その後のシリアであるが、60年代に、シリアで生まれたバース党によるクーデターが起こる。ハーフィズ・アサドは貧しいアラウィーの村の子どもで、少年期にバース党に入党。その後、軍の中で頭角を現していった。

70年、アサドは軍の中のアラウィー派を配下につけて、政権を奪取。以後30年間独裁政治を築き上げる。アサドは、独裁政権を維持するため、軍や政権内部の要職を身内の親族、部族で固めていく。少数のアラウィー派を基盤にしているので、常に多数派の反乱を恐れながらの政権運営を余儀なくされた。

2000年、父アサドが死去。二男のバッシャール・アサドが世襲で政権を引き継ぐ。
独裁者の世襲なので、よく北朝鮮と似ているといわれるが、日本のリーダーも政治家の2世3世なので、この点は似たり寄ったりだ。

アサド政権が国民を虐殺するのは、今回が初めてではない。1982年、父アサド時代に、「ハマの大虐殺」があった。中部の都市ハマで、独裁者アサドのイスラム弾圧に抗して、主にムスリム同胞団を中心とする人々が立ち上がる。これをアサドは徹底的に弾圧し、主に多数派であるスンニ派の人々を虐殺した。

「ハマの論理」とは

ある年老いたベドウィンが、自分が食べるために七面鳥を飼っていたが、ある日その七面鳥が盗まれた。そこで彼は息子たちを呼んでいった。「われわれは大変な危機に直面している。わしが飼っていた七面鳥が盗まれたからだ」。
息子たちは、「七面鳥なんか飼ってどうするのだ。そんなものどうでもいいだろう」と笑っていった。

2~3週間後、老人のラクダが盗まれた。息子たちがやって来て「どうしたらいいのか」と問うた。老人は「七面鳥が問題だ。七面鳥を探せ」と答えた。さらに2〜3週間後、今度は馬が盗まれた。息子たちは「どうしたらいいのか」とまた聞きにきた。老人は「七面鳥を探せ」といった。

さらに2〜3週間後、とうとう老人の娘がレイプされた。そこで老人は息子たちのところへ行ってこう言った。

「何もかも七面鳥のせいだ。やつらは七面鳥を盗み、それでも大丈夫だと分かったとき、わしらは何もかも失ったのだ」

これが「ハマの論理」である。多数のスンニ派に囲まれているアサド政権は、「一度譲歩すると全てを失う」恐怖感に支配されている。だからハマでは徹底的に殺戮した。

今回のシリア内戦。発端は南部のダルアーという町でわき起こった民衆デモだった。この時、アサド(息子)は話し合って、彼らの要求を受け入れておれば、このような悲惨な内戦につながらなかった。でも「ハマの論理」で育て上げられた息子アサドと、その論理に深く影響された軍隊の幹部たちは、民衆を徹底的に殺害していった。

宗教対立にあらず

アサド政権は今まで、「したたかに」生き延びてきた。冷戦時には、旧ソ連に組みしながら、ソ連が崩壊した直後の湾岸戦争では、イラクにつかずにアメリカに協力している。隣国レバノンがイスラエルと戦って、さらに内戦に突入した時には、当初、イスラム教徒を支援していたのに、途中からキリスト教徒を支援し始めた。シリアというと「アラブの大義」で動きそうなものだが、西側とも協調しながら、実は「その時々のアサドの都合で」政権を維持してきたのだ。

このシリア内戦が表面上、スンニ派とアラウィー派の内戦に見えるので、一部の解説者の中には「イスラムの宗派間戦争ですよ」とか「キリスト教徒も絡んで、泥沼です。やはり宗教は根深いですね」などと言う人もいる。

でも、これは長いスパンで歴史を見ない、「皮相な見方」だと思う。オスマントルコ帝国の支配、それに続くフランスの支配、ロシアの野望、アメリカの都合、ひいてはイスラエルとの「共存」、そしてグローバル社会の中での格差拡大、貧困層を取り込むムスリム同胞団……。このような背景の中でアラブの春が勃発し、シリアは内戦に転化していったのだ。

シリアの内戦は、両陣営とも最新強力兵器で戦っているため、極めて悲惨な結果になっている。いつの時代も、戦争の陰に武器商人がいる。早く、この戦争を止めなければならない。国連の無力さを痛感しつつ、国際社会による積極的な和平介入を期待している。

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