西谷文和 世界で平和を考える シリアルポ①

内戦3年 阻むものは

12月上旬から中旬にかけてシリア取材を敢行した。トルコのリハニーヤという街からシリアに入るルートを選んだのだが、国境周辺ではダイシュ(ISIS、イラク・シリアイスラム国)と呼ばれるイラクから来たアルカイダ系の武装集団と、自由シリア軍の戦闘が始まったため、十分な取材ができなかった。

 

12月9日に国境を越えてシリアに入った。しかしシリア側の主要都市アトマがダイシュに制圧されていたため、国境の難民キャンプで宿泊することはできなかった。外国人である私が宿泊していることがバレると、下手したら拉致され、身代金を要求されてしまう。夜になれば、難民キャンプ周辺では銃撃戦が始まる。仕方なく、国境の難民キャンプを駆け足で取材して、日が暮れるまでにトルコ側に抜けて、ことなきを得た。

 

想像以上に難民が急増している。トルコ・シリア国境には広大なオリーブ畑が広がっているのだが、その畑の中に次々とテントが張られていく。昨日今日逃げて来た難民たちが、寒風吹き荒れる中、青いビニールシートとオリーブの木でテントを張り、畑の中で過ごす。

「この冬を越せずに亡くなる人が続出するな」

畑に広がっていくテント群を見て、この先起こるであろう惨状が目に浮かんだ。

 

難民襲う寒さ、飢え

 

はたして、翌日から吹雪が到来し、シリアの山々は白い雪で覆われた。現地の自由シリア軍兵士からの連絡では、一日で20センチの雪が積もり、子どもたちは震えている、というものだった。

 

前日に大慌てで毛布と風邪薬を届けたのだが、あの毛布だけでは寒さをしのげなかっただろうし、風邪気味の子どもたちの身を案じた。

 

さらに翌日、私が訪問したアカラバートというキャンプで、雪のために6人の子どもが亡くなったという連絡が入った。この時点で吹雪はやんでいたが、積もった雪が凍りつき、人々は氷の上で眠っていたのだ。

 

その後、晴れたり雪が降ったり気候は安定しなかった。戦闘のために10日からトルコ・シリア国境が閉じてしまったので、国境には支援物資を運ぶトラックが長蛇の列を作っていた。閉ざされた国境と、トラックの長蛇の列を撮影しながら、通訳と私は同じ言葉をつぶやいた。「凍死の次は餓死やな」

激戦地ホムスから、命からがら逃げて来たシリア人は、「ホムスはアサド軍に取り囲まれている。食料が入ってこないので、俺たちはノラ猫を食べていた」と証言した。2014年の冬、シリアでは未曾有の死者が出るだろう。

 

そんなシリアの惨状を前にして、国際社会は無力だ。効果的な人道支援も行えていないし、和平合意に向けての努力も頓挫しているように見える。

 

ロシア、イランがアサドを支援し、欧米は「形の上だけ」自由シリア軍を支援している。アサド軍にはロシアのミグ戦闘機、スカッドミサイル、イラン製のロケット弾などが豊富に入ってくる。対して自由シリア軍にはM16やM22ライフルなど欧米の武器がカタールやサウジを経由して送られてくる。

 

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