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空襲慰霊法要 犠牲者に誓う不戦の思い

1万人近い死傷者を出した第3次大阪大空襲から68年目の6月7日、大阪市旭区の城北公園の北側にある「千人塚」前で慰霊法要が営まれ、空襲被害者や遺族ら100人が犠牲者の冥福を祈った。

大阪は6月に入って相次ぐ無差別爆撃に見舞われた。1日、7日、15日、26日と、計4回の大空襲によって大阪は廃墟と化した。

7日の第3次大阪大空襲は午前11時9分に始まり、1時間半続いた。409機ものB29爆撃機が来襲し、大阪市北東部に焼夷弾と爆弾など2594㌧を投下した。旭区や都島区から城北公園へ逃げ込んだ市民を、世界最強の戦闘機と言われたP51ムスタングの機銃掃射が狙い撃ちした。死者2759人、不明者73人、重傷者数は6682人に上る。

法要の協賛会長である東浦栄一さん(83)も城北公園へ逃げ込んだ一人。「頭を打ち抜かれ、手足を飛ばされた人など、まるで地獄絵でした」と振り返る。

放置された身元不明の遺体は千数百体あまり。淀川堤防に運ばれ、火葬された。
「鬼哭啾々 黒煙天に柱し、三日三晩に及ぶ」と伝えられ、東浦さんの父、栄二郎さんが庭石に「千人つか」と刻み、翌46年から慰霊法要を営んできた。

父の遺志を受け継いだ栄一さんが私費を投じて法要を続けている。

「命ある限り、続けていくことが私のつとめだと思っています」

栄一さんは「平和学習」で市内の小学校などで体験を語り、平和の尊さを訴えている。この日も高殿小や生江小の児童らが参列。小さな手を合わせていた。

毎年、松山市から参列している愛媛県立松山城北(じょうほく)高等女学校の卒業生、川原節子さん(83)は体調を崩したため、欠席した。

この日、東淀川区の崇禅寺でも慰霊祭が行なわれた。崇禅寺は6月7日の大空襲で全焼し、境内には多数の戦災死者が運び込まれて埋葬された。その後改葬、戦災死者慰霊碑が建立され、518人の名前が刻まれている。(矢野)