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◆2022年1月号(No.195)の目次

  • 1面~3面 京都・宇治 ウトロ放火 在日標的の憎悪犯罪か(矢野宏・栗原佳子)

    太平洋戦争中、飛行場建設に携わった朝鮮半島出身の労働者の子孫らが暮らす京都府宇治市のウトロ地区。8月に発生した住宅や倉庫7棟が焼ける火災で、12月上旬、22歳の男が放火の疑いで京都府警に逮捕された。男は名古屋市内の在日コリアン関連施設への放火でも逮捕されており、特定の民族に対する憎悪に基づく「ヘイトクライム(憎悪犯罪)」の可能性が指摘されている。

    JR京都駅から近鉄の各停電車で25分。伊勢田駅から徒歩約10分の住宅街にウトロ地区がある。現在は約50世帯90人が暮らす在日コリアンの集住地区だ。
     
    火災現場は、地区の広場に面した中心部。3カ月半も経つのに、かすかに焦げたような臭いが漂う。7棟が全半焼した焼け跡は警察の規制線が張り巡らされていた。想像以上に大規模で、深刻な被害。周囲は住宅密集地だ。
     
    火の手が上がったのは8月30日、平日の午後4時過ぎだった。向かいの家に住む80歳の男性は「テレビを見ていたら『パーンパーン』という音がしたんです。ウトロの飯場跡を平和祈念館に移築するための工事をしていたので、その音かと思ったら、煙が出ているのがわかって、あわてて外に飛び出しました」と恐怖の瞬間を振り返る。
     
    70年間ウトロで暮らす在日2世。家のホースで必死に水をかけたが、火勢は強まるばかりだった。「消防車が来るから!早く逃げ!」と近所の人たちに制止されたという。現場との距離は約2㍍。延焼はどうにか免れたが、網戸や雨どいは焼け焦げ、下の植栽も焦げてすっかり変色していた。

    「こんなことは初めて。いまもちょっとした物音がするとビクっとしてしまう」と男性は不安そうに話した。
    ……

  • 4面~5面 万博会場「夢洲」を歩く 夢よりもふくらむ負担(矢野宏、栗原佳子) 

    開幕まで3年半を切った2025年大阪・関西万博。会場となる大阪湾の人工島「夢洲(ゆめしま)」は、カジノを中核とする統合型リゾート(IR)の候補地でもある。いま夢洲はどうなっているのか。万博やIRカジノに反対する団体や市民でつくる「夢洲の都市計画変更を考える市民懇談会」(夢洲懇)のメンバーで名古屋市立大名誉教授の山田明さん(73)=大阪市=と現地を訪ねた。

    まずは大阪府咲洲(さきしま)庁舎展望台へ。地上252㍍から夢洲を見下ろす。12月半ばの空気は澄み、六甲山系や淡路島もよく見えた。
     
    造成工事が進む島の東側一帯はカラフルなコンテナが整然と積まれ、岸壁に停泊した2隻のコンテナ船で荷下ろし作業が行われていた。「西日本最大級のコンテナふ頭です。水深が深くて大阪港で唯一、大型コンテナ船が入れるんです」と山田さん。正式名称は「夢洲コンテナターミナル」。全長1350㍍、水深16㍍の岸壁を備え、大阪港のコンテナ取扱量の約4割を扱う中核的存在だという。
     
    夢洲は東西2・5㌔、南北1・8㌔。面積391㌶は甲子園球場100個分に当たる。
     
    大阪市が建設残土や廃棄物の処分場として使うため1977年に埋め立て免許を取得、整備を始めた。83年には市制100周年記念事業の一つとして、北側にある舞洲(まいしま)、南の咲洲を含む3島の「国際情報都市」計画が持ち上がったが、バブル崩壊で企業進出が進まず、計画は頓挫。さらに、2008年の五輪を大阪に招致し、夢洲を選手村にしたあとで住宅地にする構想も失敗。市が埋め立てなどに投じてきた費用は約3000億円にも上るため、夢洲は「負の遺産」と呼ばれてきた。しかし、物流の重要拠点という側面もあったのだ。
    ……

  • 6面~7面 森友学園公文書改ざん訴訟 突然の幕引き 真相は闇(粟野仁雄)

    政権トップにおもねる官僚たちの不正隠蔽が目的なら、国は使う税金に糸目をつけないことが証明された。
     
    2017年3月に近畿財務局の職員だった赤木俊夫さん(当時54)が自殺した原因は、森友学園(大阪市)へ破格で国有地を売却した契約公文書の改ざんを強要された精神的苦痛として、妻雅子さん(50)が国に損害賠償1億700万円を求めた訴訟。12月15日、国は突如として血税1億円を使って改ざんの真相を闇に葬った。
     
    突然の裁判の幕引きに雅子さんは会見で「私は夫がなぜ死んだのか、何で死ななければならないのか知りたい。そのための裁判でしたので、ふざけんなって思います」「夫は国に殺され、何度となく殺されてきましたけど、今日もまたうちのめされてしまいました」と怒りと失望を表した。
     
    この日、大阪地裁で開かれた非公開の協議で国は訴えを「認諾」(原告の請求をすべて認める)して全額を支払うとした。国は、雅子さんに訴えの撤回を求めて争っていたが、冒頭に国側の代理人が「認諾します」と告げ、別室で協議した裁判官が戻って認諾を認めると伝え、雅子さんらの抗議も受け付けなかったという。認諾は確定判決と同じ効力を持つため裁判は終結する。代理人の生越照幸弁護士は「不意打ちだった。改ざん問題が追及されることを避けるため、訴訟を終わらせた」と批判した。
    ……

  • 8面~9面 ヤマケンのどないなっとんねん「コロナにまぎれ 進む軍拡」(山本健治)

    少し前にドイツの友人から「日本の総選挙はヤマケンにとっては残念な結果となったようだが、ドイツではコロナ感染医療対策や経済対策・生活保障で労働者らから支持を集めた『社民党』が、16年にわたって首相をつとめてきたメルケル氏が率いた『キリスト教民主・社会同盟』に代わって第1党となり、『緑の党』も議席を伸ばしたから彼らが中心になって政権を組織する交渉が続けられている。近いうちに『社民党』のショルツを首相とした連立政権が成立するだろう」というメールが送られてきた。
     
    実際、9月の総選挙後、各党間で交渉が行われ、社民党が中心になり、地球温暖化阻止・原発廃止をはじめとする環境重視、核兵器廃絶、生活重視の経済政策を訴えている緑の党、中道リベラルの自由民主党の3党が連立に合意し、12月8日の連邦議会で「社民党」のショルツ氏が首相に選出され、社民党の赤、緑の党の緑、自由民主党の黄の、いわゆる「赤・緑・黄の交通信号連立政権」発足した。
     
    この政権交代の流れの中で早速に政策変化が明らかになった。それは核廃絶に向けての動きだ。周知の通り、2017年7月に国連で採択され、21年1月22日に批准国が50カ国を超えて成立した核兵器禁止条約を、実効性あるものにするために第1回締約国会議を開くことになっているが、それにオブザーバー参加することを11月26日に決めたのだ。
     
    それまでNATOに加盟しアメリカの核の傘に入っていることから曖昧な姿勢をとっていたのだが、緑の党がICANの活動に賛意を示し、核兵器禁条約を批准すべきだと主張してきたこともあり、社民党も賛成だったことから政策転換が行われたのだ。他のEU諸国にも影響を及ぼすとみられている。
    ……

  • 10面~11面 世界で平和を考える「アフガン戦争20年」(西谷文和)

    1994年、パキスタンのモスクで学んでいた「神学生」たちがアフガニスタンのカンダハールへやって来て、街を制圧した。タリバンは現地語で「神学生」という意味だ。その後、タリバンは各地の軍閥たちを掃討し、あっという間にアフガニスタン全土の9割までを制圧した。98年にカブールが陥落してアフガニスタンはタリバン政権になる。この時までにアメリカはアフガニスタンにイスラム武装勢力のオサマ・ビンラディンを送り込んでいた。91年に湾岸戦争が勃発すると、ビンラディンは故郷のサウジアラビアに戻り、国王に「イラクのフセインからサウジを守るのは俺たちイスラム武装勢力だ」と提案するが、サウジ国王は提案を却下して米軍を駐留させた。ビンラディンは親米から反米となり、テロリストとしてアルカイダを形成していく。
     
    アルカイダを結成して反米テロリストになったビンラディンは、当時、スーダンの首都ハルツームに住んでいた。
     
    アルカイダによる最初の大規模テロはケニアとタンザニアで起きた。98年8月、ケニア・ナイロビとタンザニア・ダルエスサラームの米国大使館に大量の爆薬を積んだ自動車が突っ込み、ほぼ同時に爆破された。数百名もの犠牲者が出た大規模なテロ。「爆弾を積んだ乗り物が、ほぼ同時にアメリカを象徴する建物に突っ込む」という手口は、9・11事件と酷似している。アメリカはすぐに報復攻撃に出る。アフガニスタンとスーダンをトマホークミサイルで空爆したのだ。
     
    スーダンの場合はハルツーム郊外の化学薬品工場が狙われた。当時の大統領クリントンがモニカ・ルインスキーさんとホワイトハウスで不倫していて「ミサイル攻撃はこのスキャンダルから目をそらすためだったのではないか」とも言われた(真偽は定かではない)。
     
    私はその10年後、2008年にこの工場を取材した。ここはマラリアの薬を作っている工場で、テロとは全くの無関係だった。工場の玄関に警備兵が寝転んでいる。小額のチップを渡すとすんなり中に入れてくれた。この時のスーダン政府はバシール独裁政権で反米だった。工場をわざと当時のままに、つまりアメリカの犯罪をそのままにしておいたのだと思われる。
     
    スーダンに住めなくなったビンラディンはアフガニスタンに舞い戻ってタリバンにかくまわれる。そして9・11事件が勃発。ビンラディンとタリバンは世界的に有名になり、大手メディアには「ビンラディンはどこにいる?」「潜伏していそうな洞窟をアメリカが空爆」などの報道があふれ出す。
     
    01年10月、私はまだ吹田市職員だったが、急きょ有給休暇を取ってアフガニスタンに入った。空爆が激化していたので、空路での入国は不可能。タリバン政権が南部を支配していたので、パキスタン側からは無理。北部のタジキスタン側から国境のアムダリア川をボートで越えて入国した。CNN、BBC、新華社通信などの記者たちと一緒にアフガニスタンに入る。「ズーン、ズーン」という地響き。数キロ離れた地点での空爆で地面が揺れるのだ。
     
    地面が揺れるたびに米軍の誤爆によって逃げ惑い、殺されていく普通の人々を案ずる。アムダリア川の河川敷には、新たに逃げて来た難民が溢れていた。この時、誰もが「ビンラディンはアフガニスタンのどこかに隠れている」と信じ込まされていた。実際は、彼はすでにパキスタンに逃げていたのだった。
     
    11年5月、米軍はパキスタンの高級住宅地に住むビンラディンを急襲し、殺害した。9・11から10年目、「いつまでテロとの戦いを続けるんだ」という批判に答えるかのようなキリのいいタイミングで、彼は殺された。遺体はすぐにインド洋に投げ捨てられたので、誰もそれを見てはいない。イスラムでは土葬なのに海に投げ捨てるとは……。
     
    直後の8月、私は殺害現場のアボットバードに潜入し、殺害現場の豪邸を撮影しようとしたが、パキスタンの秘密警察に捕まり、半日にわたる尋問の末に解放された。殺害現場に近づくことさえがタブーになっていた。
     
    あれから10年が経過した21年8月、バイデン大統領があまりにも性急に米軍を撤退させ、アフガニスタンを元のタリバン政権に戻してしまった。アメリカは20年間にわたる「テロとの戦い」に約8兆㌦(約880兆円)を費やし、約90万人の命を奪った。
     
    「テロという暴力」を「戦争という暴力」で抑え込むことは完全に失敗し、破綻した。
    一方、アフガニスタンで用水路を建設し、砂漠を緑に変えていた中村哲さんは、約20億円の予算で東京ドーム3000個以上の砂漠を農地に変えて、約65万人もの命を救ってきた。「戦争ではなくコメや小麦で平和を勝ち取るんですよ」。11年前、偶然出会った中村さんが私のカメラの前で語ってくれた言葉だ。あの用水路の前で朴訥に語る中村さんを直接取材させていただいた一人として、もう一度現地に立ちたいと願っている。
     
    冷静にこの20年を振り返ってみると、結局、喜んだのは武器を作る軍需産業と石油産業、破壊した街を再生させるゼネコン、そしてそれらに融資するメガバンクである。今、日本では盛んに「中国脅威論」が叫ばれている。中国を「仮想敵」にすれば、戦闘機やミサイルが売れ、基地産業が潤う。戦争は儲かるのだ。テレビなどの巨大メディアがスポンサー、つまり巨大資本の言いなりになっているのは原発と同じ。歴史を冷静に見つめ直すこと、そして騙されないこと、が重要だ。

  • 12面~13面 フクシマ後の原子力「ドイツ 核禁止先導役へ」(高橋宏)

    11月26日、毎日新聞(大阪本社版)の朝刊1面トップに「独、核禁条約会議参加へ」の見出しが躍った。ドイツでは9月に総選挙が行われ、メルケル前首相が率いていたキリスト教民主同盟が敗れ、第1党となった社会民主党が緑の党、自由民主党との連立政権を樹立した。その連立合意文書に、核兵器禁止条約(以下、核禁条約)締約国会議へのオブザーバー参加が盛り込まれたのである。
     
    首相となった社会民主党のショルツ氏は「我々は国を良くしようという意思で結ばれている」と述べ、合意文書では、核軍縮に主導的な役割を果たし、核なき世界とドイツを目指すとしている。その上で、来年3月にウィーンで開かれる第1回締約国会議にオブザーバー参加するというのだ。
     
    第2次世界大戦において、ドイツはイタリア、日本と三国同盟を結んでおり、共に敗戦国となる。戦後は冷戦のただ中で、東西に分断されてしまった。1990年の統一以降は、北大西洋条約機構(NATO)に加盟し、独自の核は持たないが、国内の軍事基地にアメリカの核兵器を受け入れてきた。そのドイツが、主要7カ国(G7)で初めて、しかも「核の傘」に依存している国でありながら、核禁条約の会議に参加するのである。アメリカは早々に「核禁条約は核軍縮に役に立たない」とけん制した。
     
    日本政府は松野博一官房長官が記者会見で「条約に核兵器国は一国も参加していない」と指摘し、「オブザーバー参加といった対応よりも、核兵器国を実質的な核軍縮にいっそう関与させるよう努力しなければならない」と述べ、違いが浮き彫りになった。核廃絶をライフワークと公言する岸田首相も、年明け早々に開催される核拡散防止条約(NPT)再検討会議での「積極的役割」を力説するものの、核禁条約の締約国会議にはほとんど言及していない。このような日本政府の姿勢を、国際社会は果たしてどう見るのであろうか?
     
    原発をめぐっても、日本とドイツとでは対応が大きく異なっている。ドイツも日本とほぼ時を同じくして、原発利用を開始した。特に旧西ドイツでは原発の開発が急速に進み、全電力の約3分の1を供給するまでになったことがあり、その点でも日本とほぼ同様と言える。そして、70年代から反原発運動が活発に行われてきたが、政策に大きな変化が起きなかったことも、大きな共通点だ。両国の原発政策に大きな違いが生じたきっかけは、86年に起こったチェルノブイリ原発事故だった。
     
    ドイツでは脱原発の機運が高まり、2002年原子力法が改正され、「原発の新設禁止」「22年頃までの既存原発の順次廃止」が決まった。10年には原発の使用期間を延長する趣旨の改正が行われたが、11年に起こった福島第一原発事故で状況は一変する。当時、ドイツでは17基の原発が稼働していたが、メルケル首相(当時)は事故から間もない3月15日、1980年以前に稼働した7基と、事故で停止していた1基の計8基を3カ月間停止させることを発表した。さらに、同年8月には原子力法を改正し、「一時停止中の8基の再稼働禁止(廃炉)」「残り9基について運転は最長22年まで」とし、全廃の路線を確定させた。
     
    ドイツの場合、反原発運動を通じて議論が盛んに行われ、原子力に批判的な市民の比率が高かった。公共放送局ARDが福島第一原発事故2週間後に行った世論調査では、86%が「20年頃までに原発を廃止すべき」と答えている。また、脱原発を政策目標の一つに掲げ1980年に結成された緑の党が、福島第一原発事故当時に約20%の支持を得ており、議会で無視できない存在になっていた。さらに、欧州連合(EU)が単一の電力市場創設を目指しているように、他国から電力を輸入することが容易であった。ドイツが原発全廃に踏み切れたのは、日本とは異なる状況があったからだという指摘もある。
     
    翻って日本はどうか。チェルノブイリ原発事故当時は32基だった原発は、福島第一原発事故が発生した時点で54基に増えていた。事故後、いったんは全原発を停止したものの、翌年に大飯原発3、4号機の再稼働を決定したことを皮切りに、現在10基が再稼働している。24基の廃炉が決まっている一方で、3基が建設中で、計画中が6基あるのだ。さらに、寿命とされてきた40年を超えた原発の運転延長も決定された。ドイツの人々からすれば、福島第一原発事故の「当事国」としては信じられないような状況であろう。
     
    福島第一原発事故の後、当時の民主党政権はエネルギー・環境会議で「30年代に原発稼働ゼロ」を目指すエネルギー政策をまとめていた。しかし、立地自治体からの不安などに揺らぎ、原発利用を認める方向に軌道修正してしまう。自民党が政権に復帰して以降、原発は「重要なベースロード電源」に位置づけられ、再稼働だけでなく新増設も視野に入っていく。21年10月に閣議決定されたエネルギー基本計画で、再生可能エネルギーが主力電源と位置づけながらも、30年度の電源構成に原子力は20~22%に据え置かれている。
     
    22年、ドイツは核禁条約の締約国会議に参加することで、核軍縮に主導的役割を果たす一歩を踏み出すだろう。そして年末には、原発全廃を達成する予定だ。日本は完全に先を越された形になってしまった。アメリカに隷従するだけではなく、かつての同盟国の歩み方を学ぶことこそ、今の日本には必要なのではないだろうか。

  • 14面~15面 「診察クリニック放火」尽きない不安や心配(矢野宏)

    大阪市北区の雑居ビルの心療内科クリニックで起きた放火殺人事件で、12月20日までに25人の死亡が確認された。コロナ禍も重なり、心の不調を訴える人たちは少なくない。うつ病になって心療内科クリニックに通った千葉県の白井政幸さん、精神障害のある家族とともに暮らす大阪府の合田享史さんは今回の事件をどう考えているのか。二人の思いをご紹介する。

  • 15面 「ミャンマー写真展」今も続く市民弾圧(矢野宏)

    ミャンマー軍事クーデターで実権を握った国軍が市民弾圧を続ける実情を知ってもらいたいと、神戸市の支援団体「ミャンマー関西」(猶原信男代表)と共催で写真展「ミャンマーを助けて 2・1クーデターとその後」を12月17日から3日間、大阪市生野区で開いた。国軍による発砲で逃げ惑う人々や負傷しながらも抵抗を示す3本指を掲げる少年など、生々しい写真20枚が来場者の目を引いた。
     
    ミャンマーでは2月1日のクーデター以降、市民による反対デモに対する国軍の武力攻撃が続いている。12月5日には、最大都市ヤンゴンでクーデターに抗議する若者たちのデモ隊に軍の車両が突っ込み、治安部隊も発砲して合わせて5人が死亡したという。
     
    残虐な市民弾圧の実態を知ってもらいたいと、ミャンマー関西ではSNSなどを通じて現地から送られてくる情報や映像などを写真パネルにし、神戸市や兵庫県姫路市、加古川市などで写真展を開いてきた。
    ……

  • 16面 「『全国空襲連』総会」受忍論 政府根強く(矢野宏)

    太平洋戦争の空襲被害者らでつくる「全国空襲被害者連絡協議会」(全国空襲連)が12月7日、東京都内で総会と決起集会を開いた。テーマは「見捨てられた戦後 民間空襲被害者はいま」。開戦80年を翌8日にひかえ、被害者らは「最後の力を振り絞って結集し、救済を実現しよう」と訴えた。

    空襲や艦砲射撃、原爆投下などで亡くなった民間人は約60万人と言われている。負傷者はさらに多いが、戦後も調査されることなく、空襲被害の実態はわかっていない。
     
    戦時中には民間の戦争被害者を救済する「戦時災害保護法」があったが、戦後廃止された。その内容は欧米諸国とは異なり、国による「補償」ではなく一時的な救済だった。
     
    1952年にサンフラシスコ講和条約が発効して独立を回復すると、旧軍人や軍属、その遺族を補償する「戦傷病者戦没者遺族等援護法」が施行。翌年には軍人恩給も復活した。これまでの支給額は60兆円を超すが、民間人は置き去りにされたままだ。
     
    「国との雇用関係がなかった」とか、「国の非常事態下では等しく耐えなければならない」という戦争損害受忍論などがその理由だ。
    ……

  • 17面 「映画『水俣曼荼羅」解決遠い現実浮き彫りに(栗原佳子)

    「ゆきゆきて、神軍」「ニッポン国vs泉南石綿村」などの作品で知られる原一男監督の新作ドキュメンタリー映画「水俣曼荼羅」が1月2日から大阪・第七芸術劇場で上映される。テーマは「公害病の原点」といわれる水俣病。20年現地に通い、患者やその家族、研究者や支援者らを撮影。3部構成、6時間12分の作品に仕上げ、解決にはほど遠い現実を浮き彫りにした。

    「水俣は終わったんじゃないか。よく言われます。でも、それがこの国の大多数でしょう。僕自身、終わった問題だと思っていたのですから」
     
    そんな原監督の認識を一変させたのが2003年の水俣行きだった。患者の支援者に現地を案内してもらい、水俣病の問題が本質的な解決に至っていないことを思い知った。
     
    原監督がまずカメラを向けたのは04年10月、関西訴訟最高裁判決の勝利に沸く原告たちの表情。1956年の水俣病公式確認から約半世紀。国と熊本県が排水を規制せずに被害を拡大させた責任を初めて認めた画期的な判決だった
    ……

  • 18面 読者近況(矢野宏)

    ■絵画・絵手紙展

    【大阪】茨木市の柏節子さんから2022年の干支であるトラの絵手紙と「第11回クレーの会展」の案内はがきが届いた。クレーの会展は絵手紙講師の浜野絹子さんが主宰する教室の発表展のこと。
     
    コロナ禍で三つの教室が閉鎖に追い込まれたが、柏さんは団地の集会所に浜野さんを招き、新しい教室「福井の赤とんぼ」を立ち上げた。
     
    「私も出品します」というクレーの会展は1月20日(木)~25日(火)午前10時~午後7時(最終日は5時まで)、茨木市立ギャラリー(阪急「茨木市駅」ロサヴィア2階)で。
    浜野さん(072・624・3130)まで。  (矢野)

    ■花団治&あやめ二人会

    【大阪】空襲死した先代をしのんで新作落語「防空壕」を制作した三代目桂花団治さんと桂あやめさんの二人会が1月16日(日)午後2時から大阪・池田市民文化会館で開かれる。
     
    花団治さんが三代目を襲名した思い出の場所に、女流落語家として第一線を走り続けるあやめさんを迎えての落語会。純愛落語の古典名作「崇徳院」を花団治さんが、その話を女性の視点から描いた創作落語「裏崇徳院」をあやめさんが演じる。
     
    入門時期が近い二人のぶっちゃけトークもお楽しみに。
     
    全席指定で、前売2500円(当日3000円)。
     
    お問い合わせは池田市民文化会館(072・761・8811)まで。   (矢野)

    ■琉球遺骨訴訟DVD

    旧京都帝大の人類学者が戦前、沖縄県今帰仁村の「百按司墓」から遺骨を盗掘した問題で、子孫らが京大を訴えた「琉球遺骨返還訴訟」が1月20日の第12回口頭弁論で結審する。期日に合わせ19日に京都、21日に大阪で集会・シンポジウムが開かれる。
     
    京都集会・シンポは19日午後6時~龍谷大学響都ホール(京都駅前アバンティ)。パネラーは出原昌志さん(アイヌ・ラマット実行委員会共同代表)、仲村涼子さん(ニライ・カナイぬ会)、原告と弁護団の丹羽雅雄さん、定岡由紀子さんら。大阪は21日午後6時半から北区のPLP会館で。パネラーは丹羽さんと原告の松島泰勝さんと金城実さん。問い合わせは事務局(090・8234・0077)。
     
    訴訟は第一尚氏の子孫ら5人が18年に京都地裁に提訴。10月の第11回口頭弁論では本人尋問。第10回口頭弁論では裁判官の現地検証に代わる映像が法廷で上映された。撮影は小山帥人さん、西村秀樹さん。法廷用の10分バージョンに加え、争点や背景などを詳しくまとめた30分の映像作品「骨(フニ)を還せ 魂(マブイ)を還せ」も完成した。特別価格2000円+送料180円。申し込みは折り込みチラシのQRコードから。

  • 19面 経済ニュースの裏側「資源価格」(羽世田鉱四郎)

    欧州での天然ガス(LNG)価格急騰をきっかけに、原油や鉄鉱石、原料炭、銅など、非鉄金属などの資源価格も高騰しています。邦貨換算で1500兆円以上と推測される投機資金の存在や、政治的な思惑、物流の混乱などが原因。その背景を探ってみます。
     
    石油 産出国13カ国のOPEC(石油輸出機構)とロシアなど非加盟10カ国で構成されるOPECプラスは、価格低迷を嫌い、増産には慎重です。2020年は減産も。特にロシアは、国家歳入の半分を原油・LNGの輸出に依存しており、高価格は欠かせません。また政府系ファンドに代表される投機資金の利害にもつながっています。先物取引の参加者も、実需以外が8~9割を占めているとの分析もあります(電力中央研究所、2010年時点)。
     
    天然ガス 欧州や英国では、昨年比で指標価格が6~8倍に急騰 。需要の回復、火力発電を石炭からLNGに転換したこともありますが、大きな要因はロシアの動向です。EUのLNG輸入の4割がロシアからのパイプラインです。09年、ウクライナ紛争でLNGの供給が途絶、ロシアはウクライナへのタリフ収入(パイプライン通過手数料)を減少させ、それを契機にEUのロシア産ガス離れが加速しました。11年、ロシアはウクライナを回避するパイプラインでドイツにLNGを供給するルートを建設して稼働させ(Norud Stream)、さらに増設もしました(Norud Stream2)。ただし、パイプラインの安全性のチェックなどもあり、稼働が遅れています。ウクライナを支援し、中央アジアやアフリカなど供給源の多角化を図るEUとロシアとの対立が鮮明化し、今回の価格急騰もロシアが仕掛けたとの見方もあります。また米国のシェールLNGの売り込みも事態を複雑にしました。一方では、世界消費の半分を占める中国が、需要と供給の両方から主導権争いに参加。中央アジア諸国(トルクメニスタンなど)とパイプラインを稼働させ、ロシアと天秤にかけるスタンスに。欧州・中国での市場シェア低下を阻止したいロシアは①ドイツ向け(Norud Stream2)②欧州向けの変則ルート(Turk Stream)③ 中国向け「シベリアの力」の3ルートを開設するなど躍起になっています。 
     
    非鉄金属 特に銅の高騰が目立ちます。銅鉱山の開発・生産コストの増大に加え、電気自動車(EV)、風力発電など「脱炭素」の動きが、銅の需要を飛躍的に拡大させました。電気モーターのコイルや配線、銅電線、電子材料向け伸導品など基幹部品、ケーブル(地下、海底)などに大量に使用する必需品です。また自動車、家電、建築材料などにメッキ材料として工業用途が広い亜鉛なども、景気回復を見越して値上がりし、鉄鉱石も値を戻しています。
     
    終章 過去に、原油価格は乱高下しています。リーマンショック直後は1㌭当たり40㌦、14年112㌦、16年31㌦、現在は83・76㌦(11月25日現在、先物取引)。年初から7割以上の高騰です。投機資金の動き、石油資源の行末、対ロシア制裁の行方などが絡み、先の見通せない展開になっています。

  • 20面 会えてよかった 辻央さん⑤(上田康平)

    沖縄の蓄積
     
    沖縄では沖縄戦の証言を市民が聞
    き取り、市町村史として発刊する取
    り組みが長年続けられている。そん
    な沖縄での取り組みの蓄積があって
    愛楽園の証言集は実現した。
     
    沖縄愛楽園交流会館開設準備
     
    証言集発刊(2007年)後、証
    言集の蓄積を生かし、園と市民をつ
    なぐ試みとして、来園者に対するボ
    ランティアガイド養成講座が取り組
    まれた。
     
    しかし交流会館開設準備に、すぐ
    に移行したわけではなかった。
     
    そのため辻さんは08年3月、編集
    事務局を退職。読谷村史編集室に採
    用され、7年間、村史移民・出稼ぎ
    編を担当。愛楽園とのかかわりはボ
    ランティアに戻るが、交流会館の開
    設準備に取り組んだという。
     
    09年、自治会の呼びかけで「社会
    交流会館」建設準備意見交換会がス
    タート。開設準備が動きだした。
     
    手づくりの展示
     
    13年の建物竣工後、実際に展示を
    形づくる段階に入る。
    常設展示は専門業者を
    入れずにさまざまな人
    々の力で完成させた。
    自治会、入所者の意見
    を聞き、県立芸大生が
    ボランティアで壁画を
    描くなど、作業は非体
    験者に記憶を受け渡す
    機会ともなったのであ
    る。
     
    作業にかかわってもらったことで
    できた人間関係は開館後の活動につ
    ながり、県立芸大生たちの作品を展
    示する企画展も開かれている。
     
    15年、交流会館オープン
     
    交流会館は隔離政策による沖縄の
    ハンセン病史を中心に展示している
    が、特徴はハンセン病患者であった
    方の証言が多数展示されていること。
    隔離を生きてきた人を通して伝えた
    いと人に焦点が当てられている。
     
    常設展示のほか不定期に企画展や
    イベント、講座を開催。来館者は年
    間、約6000人である。
     
    交流会館に足を運んでほしい
     
    取材の最後に、辻さんはこう話さ
    れた。「今、私たちは新型コロナウ
    イルス感染症のパンデミックの世界
    を生きている。変異株の問題はある
    が、研究が進み、数年後には、新型
    コロナウイルス感染症はインフルエ
    ンザのようなありふれた病気の一つ
    になるだろう。
     
    しかし、医学と政治が結びつき、
    判断を誤ることは、決して昔の話で
    はないと私は感じたし、恐怖をあお
    られるなかで、他者排除に容易に向
    かいそうな社会に怖さを感じた。
     
    感染症をめぐる差別の問題は決し
    て過去のことではない。医学の過ち
    の下で様々なものを奪われた人々が
    いた、現在も取り戻せていない人々
    がいる。それは私たちの日常の側で
    起こっていた/いることだ。
     
    そのことを改めて感じて、考える
    場所が、交流会館だ。ぜひ、たくさ
    んの人に足を運んでほしい」

  • 21面 落語でラララ「昭和任侠伝」(さとう裕)

    今年こそ優勝や、春先大いに期待させてくれた阪神タイガースも後半失速、僅差の2位。CSでも巨人にコテンパンにやられ、あー! いつもの阪神に逆戻り。それで思い出したのが熱烈な阪神フアンだった先代(2代)桂春蝶。
     
    細い体に大きな目、愛嬌たっぷりに阪神を持ち上げたりこき下ろしたり。亡くなる数年前に茨木の自宅にお伺いして、奥さんの手料理でお酒をいただいたのが、懐かしい思い出だ。
     
    先代は古典も新作も得意だったが、新作の「昭和任侠伝」は当時の世相を反映した傑作であった。この噺は桂音也が1970年代初めに創ったとされるが、春蝶が名作に磨き上げた。
     
    「任侠道」に憧れる男。安物の雪駄姿で街をうろつき、毎日任侠映画を見ては「健さんかっこええなあ……」と悦にいりながら自宅の八百屋に帰る。「おっ母さん。今、帰(けえ)って来たよ。妹のさくらはもう寝たかい?」「さくらやない。カズコじゃ!」
     
    風呂屋への道すがら、女性に「お兄さん」と声をかけられると「おっと! 姐(ねえ)さん、流れ者に寄っちゃいけねえ」と大見得を切るが、「手ぬぐい落ってますけど」と教えられ、ずっこける。風呂屋の客の刺青に憧れ、彫り師のところへ。ひと刺しの痛みに耐えられず身をよじり、「赤チンはござんせんか?」と泣き、彫り師に追い返される。
     
    「刑務所に入ろう」と、たたき売りのバナナ1本を手に取り、「警察へ突き出しておくんなせえ」と言うが、バナナ売りは八百屋の息子だと知っており、「家(うち)に仰山(ぎょうさん)バナナあンのに…」とあきれる。何もかも思惑通りにいかず、嘆きながら家に帰ると真っ暗。「ああ、おっ母さん。右も左も真っ暗闇じゃあござんせんか」「アホ! 今停電じゃ」
     
    当時の世相に合った噺だった。1960年代から70年代にかけて、東映の任侠路線でやくざ映画が大ヒット。当初批判的だったマスコミも、その圧倒的な人気の前に徐々にトーンダウン。社会現象にまでなった。フアン層も、普通のサラリーマンから職人、本物のやくざから学生運動の闘士まで幅広かった。
    ……

  • 22面 「極私的日本映画興亡史」第2章マキノ省三伝⑥(三谷俊之)

    大著『日本映画史』を著した佐藤忠男は「映画が『総合芸術』であるのは、文学、演劇、音楽、美術などの既成の芸術形式を総合するものではなく、そういった特権的な知的芸術と民衆芸術を総合するものだからだ」という卓見を述べた。確かに、かつて純文学や新劇は大学出の知識人が作る世界であり、大衆芸能と呼ばれる落語や講談は知識人が敬遠する庶民の世界であった。知識人文化と大衆文化の乖離は1970年代のサブカルチャーの興隆まで続いた。しかし映画の世界は違っていた。明治から昭和初期まで、学歴がない若者たちも自由に入ってこられたし、大学出であっても、左翼運動をやったために就職できなかった若者も受け入れた。

    「当時の日本の映画界は、低学歴であるが西洋的で近代的な芸術に志を抱く青少年の最も集まりやすい場所だったのである」(前掲書)というように日本の映画界はアウトサイダーの集まる場所、いわば解放区であった。
     
    さて、マキノ省三が発掘した尾上松之助は、明治8年の岡山生まれ。小学校を出ると旅役者の一座に加わり、長じると岡山近辺の小屋では、かなりの人気者となっていた。 当時の省三が作る活動写真は歌舞伎のコピーであった。技術的にも幼稚で、音声もなく、心理描写などはまったくできない。だが、松之助は「トンボ松」といわれたほど身軽で立ち回りもスピード感あふれていた。これに飛びついたのはなによりも子供たちだった。

    省三は複雑な歌舞伎ではなく、主に立川文庫などを題材に『児雷也』や『猿飛佐助』や『荒木又右衛門』など、講談の世界の英雄・豪傑や忍術使いの武勇伝を量産した。映画と相乗効果を生み、立川文庫など大阪の零細出版社が発行していた「書き講談」による廉価な文庫本は爆発的なブームを呼んだ。メディア・ミックスの先駆けである。
    ……

  • 23面 坂崎優子がつぶやく「ブラック校則対話で変える」

    ブラック校則がたびたび話題になります。地毛が茶色なのに黒にさせられる、下着の色を決められ教員にチェックされるなど、ブラック過ぎてあきれます。
     
    私は制服さえ中学の3年間しか経験がなく、校則も特別意識することなく中高を過ごしました。私の子どもも、半年通った奈良の中学には制服はもちろん持ち物の指定もなく、神戸の高校も、ボタンだけ変えれば中学の制服をそのまま使えました。水泳をやっていたため髪は塩素で茶色に変色していましたが、とがめられることもなし。幸い親子して、無意味な校則に縛られた経験がないのですが、これは少数派のようです。
     
    萩上チキさんたちが行っている「ブラック校則をなくそう!」プロジェクトが2018年に10~50代の2000人に行った調査によると、3人に2人が中学時代、2人に1人が高校時代に「ブラック校則」を経験しています。昔からの規則を踏襲しているだけかと思いきや、身だしなみの校則は逆に増えています。
     
    萩上さんたちのように、

    署名を行うなど反対の声を上げる活動がある一方で、学校を批判するだけでは解決できないと別の手法でこの問題に取り組んでいるプロジェクトもあります。子どもの教育支援活動を行うNPOカタリバが取り組む「ルームメーキングプロジェクト」です。
     
    「学校の当たり前は自分たちで変えられる」をモットーに、対話を通してみんなで学校を作っていこうというもの。カタリバがコーディネーターを派遣して支援も行っています。
     
    なぜ、そのような校則ができたのか。保護者や教師、生徒はどう考えているのか。そういう視点から「ツーブロック禁止」の校則が見直された例もあったといいます。この校則は、就職活動の際に「ツーブロックだとだらしないと見られる」という思いからできたことが判明。ならばと生徒の提案で、保護者にアンケートを、
    そして企業にヒアリングをしたところ、「むしろツーブロックは清潔感がある」という声の方が大きく、校則は見直されたそうです。21年度は全国11の中学・高校が「実証事業校」としてプロジェクトに取り組んでいます。
     
    私は高校在学中に「制服にしよう」という動きが学校側から出たことがありました。「毎日服を考えるのも面倒だし、それでもいいか」と軽く考えていましたが、担任に「君たちは今の自由を簡単に手放していいのか」と言われて、深く考えていなかったことを恥じました。「自分たちで変えられる」「自分たちで守る」体験は社会に出る前にすべきだと振り返って思います。
    ……

  • 24面~29面 読者からのお手紙&メール(文責・矢野宏)

    空襲体験者DVD
    3人の体験に衝撃

    川崎市 小此木喜美代
     
    空襲体験者の証言DVD「語り継ぐ大阪大空襲」を拝見しました。とても語りつくせない出来事であり、それ以上に思い出したくない壮絶な体験であるのに、その一番重くつらいところを、このようにはっきりとわかりやすい言葉で語ってくださったことに深く感謝申し上げます。
     
    今までにも空襲の話を聞く機会はありましたが、この3人の体験にあらためて強い衝撃を受けました。短い語りであるからこそ、もっともっと知りたくなります。このDVDをきっかけに、さらに大阪大空襲について調べようという気持ちが、特に中高生ら若い世代に起きることを願っています。
     
    「語られていないこと、耳を傾けるべきことはまだまだ山のようにある」。戦争体験を聞くたび、読むたびに心によみがえる言葉です。
     
    私は東京都台東区の生まれ育ちで、東京空襲で九死に一生を得た父、父方の祖父母、叔母たちが「ああ、戦争は嫌だ」と顔をしかめてつぶやく言葉を何度も耳にしました。「よくぞ生き延びてくださいました」と頭が下がると同時に、父たちの足元に累々と横たわっていたであろう屍の数々を思い、言葉もありません。父は空襲のあとに死体を片付ける手伝いをしたそうです。15、16歳の頃でした。
     
    (空襲体験者の証言DVD、クラウドファンディングにご協力いただいた小此木さんにもお送りしたところ、感想を寄せていただきました。ありがとうございます。年明け1月には滋賀県の高校で見てもらう予定です)
    ……

  • 26面 車イスから思う事(佐藤京子)

    朝晩の冷え込みが厳しい季節、つらいことの一つが風呂に入ること。認知症の母と一緒に暮らしていた時から危険防止のため、浴槽には湯を張らずにシャワー浴にしているが、この習慣は母が特養に入所してからも続いている。一人でも湯を沸かしていいと思うのだが、ぜいたくな気がしてシャワーですませている。浴室を温めてから入ればいいのだが、温まるまでに小一時間かかる。母がいる時ならともかく、一人で暖房を入れてから時間を見計らって風呂の準備をすることが待てない、間が持たないのだ。その結果、寒い浴室でシャワーを浴びることになる。体も冷えているので、温水が肌を刺す。マヒがあるので、適温に合わせるのが苦手だ。軽い貧血症状を起こすことがあり、気をつけなければと思っていた矢先に事件は起こった。
     
    かけ湯で体が温まっていないうちに、頭を洗おうとお湯を頭にかけたら貧血を起こした。倒れないように右手を出したが、空回りをして体勢が崩れた。思い切り息を吸い込み、過呼吸症候群を起こしてしまった。頭から泡だらけで息が吸えない。スゥーっと腕が冷たくなった。呼吸が苦しくなったが、過呼吸では死なないという考えが頭をよぎった。とにかく、リカバリーを、と気が焦る。息を吸うのも吐くのも空回りしているポンプのようで、再度頭を振って貧血症状を回復させ、泡だらけの全身を流してタオルで拭くが苦しい。呼吸が整わない。今度は目の前がチラチラとしている。焦りながら呼吸を整える方法を思い起こす。口に袋を当てて二酸化炭素を吸うのだっけと考える。袋がないので、ゆっくりとゆっくりと息を吸いながら、部屋着を着て車イスに移乗した。階段昇降機に移り、寝室でベッドに横になって呼吸を整える。手足は冷たくなり、滝のように冷や汗が流れる。これ以上、自力でできるリカバリー方法が思いつかない。万事休すか。部屋の暖房を入れて体を温めることにした。救急車を呼ぶべきかと頭をよぎったが、死なないし病気でもない。こんなことで呼ぶわけにはいかない。40分ほどで呼吸が整った。再び体を起こして汗を拭き、着替えをして一息ついた。
     
    一人であることを身に染みて感じた。自分を過信してはだめだ。フェイスブックに過呼吸を起こしたことを書き込んだら、友人らから緊急時の備えをするようにと助言を受けた。役所の制度を調べなくてはいけないと思った。近所に支援を頼むにしても、そもそも付き合いがない。親戚はいない。一人暮らしは自由だが、難しいとあらためて感じた。

  • 30面 うずみ火掲示板(矢野宏)

    ■大阪忘年会 ボウリングと宴会

    「新聞うずみ火」恒例の忘年会は新型コロナウイルス感染防止のため、昨年に続いて東京は中止し、大阪は12月11日(土)午後からボウリング、夜は韓国料理を食べ、飲んで語り合って交流した。
     
    「神崎川ダイドーボウル」でのボウリング大会に11人が参加。2ゲームのトータルで競い、優勝は多田一夫さん。
     
    夜は、韓国料理店「セント」で、万全のコロナ対策を取りながらの開催。「今年起きたことを忘れず、年を送る会に」と矢野があいさつしたあと、乾杯。初参加組、ご無沙汰さんを含め、楽しく語らった。


    ■藤田早苗さん講演

    英国エセックス大学人権センターフェローの藤田早苗さん=写真=が1月8日(土)に大阪市で講演する。演題は「世界から見た日本のヒューマンライツ」。
     
    藤田さんは、長年にわたって国連人権機関とかかわり、表現の自由やプライバシーに関する国連特別報告者への情報提供や意見交換してきた。日本からだと見えないメディアや女性、入管、貧困などの問題について語る。

    【日時】2022年1月8日(土)午後2時~開演
    【場所】ドーンセンター5階の大会議室2
    【交通】京阪、地下鉄谷町線「天満橋駅」から徒歩10分
    【資料代】1000円(学生500円)
    【連絡先】25bun64bun@ezweb.ne.jp 文箭(ぶんや)さん


  • 31面 うもれ火日誌(文責・矢野宏)

    11月9日(火)
     
    矢野 午後、衆院選の結果を分析した関西学院大の冨田宏治副学長に話を聞く。「野党統一候補が1万票差で競り負けた選挙区は31。投票率が上がっていれば別の景色が見えていた」

    11月10日(水)
     
    矢野 夜、大阪・豊中市で開かれた「ふぇみん・月猫支部」の勉強会で、空襲体験者の証言DVDを上映し、大阪大空襲について話す。講演後に美味しい鍋、日本酒をいただく。
     
    栗原 午後、大阪・シネリーブルで映画「カムアンドゴー」のリム・カーワイ監督にインタビュー。

    11月13日(土)
     
    矢野 午後、JR東海労新幹線関西地本の多田一夫さん、康乗真一さんと神戸市東灘区へ。市の外郭団体「神戸交通振興株式会社」が来春解散、市バス魚崎営業所の従業員が解雇される問題で、雇用確保を求めて市交通局と交渉する市バス運転手らに話を聞く。

    11月15日(月)
     
    栗原 午前、大阪の市立高21校が府に移管される問題をめぐり、無償譲渡差し止めを求める住民訴訟の取材。

    11月16日(火)
     
    矢野 午後、在日ミャンマー人を支援する「ミャンマー関西」の猶原信男さんと、足立須賀さんが主宰する大阪市生野区の「まちの拠り所・Yosuga」へ。12月17日~19日、ミャンマーの現状を伝える写真展を開催することに。
    ……

  • 32面 うずみ火講座の案内

    ■西谷文和さん講演「アフガン最新報告」

    新年最初の「うずみ火講座」は1月29日午後6時半~大阪市立福島区民センターで開講。講師はフリージャーナリストの西谷文和さんで、タイトルは「アフガン最新報告~テロとの闘い20年はいったい何だったのか?」。
    【日時】2022年1月29日(土)午後6時半~8時半
    【会場】大阪市福島区吉野3丁目の福島区民センター(最寄り駅は「野田阪神」駅から徒歩6分ほど


    ■桜田輝雄さん講演「カジノ問題を考える」
     
    維新の大阪府・市政がカジノを中核とした統合型リゾート(IR)を大阪湾の人工島「夢洲」に建設しようとしているが、整備費の高騰や難工事が指摘されている。カジノ誘致を前提に開催される2025年大阪・関西万博には約4000億円の税金が投入されるとも言われている。「カジノ問題を考える大阪ネットワーク」代表で阪南大の桜田輝雄教授にわかりやすく説明してもらう。
    【日時】2月12日(土)午後2時半~4時半
    【場所】大阪市北区のPLP会館4階(地下鉄堺筋線「扇町駅」④出口から徒歩3分、JR環状線「天満駅」から南へ徒歩5分)


    ■今中哲二さん講演「福島原発事故から11年」
     
    東京電力福島第一原発事故の発生から11年。廃炉に向けて現状はどうなっているのかなど、京大複合原子力科学研究所研究員で「熊取6人組」の一人、今中哲二さんに解説してもらう。
    【日時】3月19日(土)午後2時半~4時半
    【場所】大阪市北区のPLP会館4階
     三講座とも、資料代は読者1000円、一般1200円、オンライン視聴、学生、障害者500円。
     新型コロナウイルス感染拡大で施設が使用できなくなる場合もありますので、うずみ火事務所まで。

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2022年最初の「うずみ火講座」は1月29日午後6時半~大阪市立福島区民センターで開講します。講師はフリージャ…

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新型コロナウイルスの新変異株「オミクロン株」感染の急拡大を受け、うずみ火事務所で1月26日に予定していた読者と…

メディア情報

次回のMBSラジオ「ニュースなラヂオ」は、2月7日(月)午後8時~9時

年明け最初のMBSラジオ「ニュースなラヂオ」は2月7日(月)午後8時~9時です。ぜひ、お聞きください。なお、こ…

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2月のうずみ火講座は12日、「カジノ問題を考える」

維新の大阪府・市政がカジノを大阪に誘致するため、2、3月の府市議会で同意決議を行おうとしている。しかも松井市長…

編集長ブログ

昨年はお世話になりました。2022年もよろしくお願いします。

2005年秋に創刊した「新聞うずみ火」はこの春にも200号を迎えます。お陰様で、昨年3月には第3回「むのたけじ…

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3月の「うずみ火講座」は19日、今中哲二さん「これまでの調査研究から世界の核被害・核災害を振り返る」

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