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◆2020年7月号(NO.177)の目次

  • 1面~3面 新型コロナが病院直撃「医療崩壊招く経営危機」(矢野宏)

    新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、医療機関の経営が悪化している。大阪府堺市の社会医療法人「同仁会」理事長で、耳原鳳クリニック所長の田端志郎さん(56)は「このままでは、第2波が来る前に経営破綻による医療崩壊が起きる」と危機感を募らせている。今回のコロナ禍で、私たちの命と健康を守るはずの医療体制の脆弱さが垣間見えてきた。 

    同仁会は、耳原総合病院や耳原鳳クリニックなど七つの医療機関、耳原訪問看護ステーションなど三つの訪問看護のほか、訪問介護やケアプランセンター、泉州看護専門学校などを運営しており、地域の医療や介護、福祉を支えている。事業収益は約150億円で、医師や看護師、ケアマネジャーなど約1800人が勤めている。

    田端所長は4月に理事長に就任したばかり。「4月だけで7300万円、5月は5200万円の赤字です。5年前に新病院にした耳原総合病院の借金も残っており、非常に厳しいのが実情です。このままだと経営的に成り立たなくなります」と頭を抱えている。

    当面の対策として、医療機器を買い替えるための投資(約3億8000万円)を凍結したほか、5%の経費削減、独立行政法人「福祉医療機構」から無担保・無利子での3億円の融資などを進めている。

    「経営努力だけではどうしようもありません。しかも医療の世界は日進月歩。絶えず医療機器を新しいものに買い換える必要があります。投資の凍結は苦渋の決断です」

    経営が悪化している医療法人は同仁会だけではない。

    全日本民主医療機関連合会(全日本民医連)がまとめた「医療経営破綻の危機」によると、「現状のまま、有効な財政支援などがなければどうなるか」について、133法人の81%にあたる108法人が「資金不足に陥る」と回答。そのうち5割近くが今年度の上半期である9月末までしか持たないと訴えている。全日本民医連では「医療介護の経営は、手持ち資金の流出で資金がショートするか、返済見通しのない借金で将来の展望を失うかの厳しい状況に直面している」と結論づけ、政府に財政支援を求めている。
     医療機関に診療報酬が入るのは申請から2カ月後。患者の落ち込みが激しくなった4月の影響は6月から出てくる。資金繰りが厳しくなれば廃業も起きかねない。

    経営危機を招いた主な要因を、田端理事長は三つ上げる。

    まずは「感染リスクを恐れて受診を控える人が多かったこと」。3月後半から患者が減り始め、全体で前年と同じ月と比べて10~15%の患者が減っているが、特に小児科では50%も患者を減らしているという。

    同仁会では、社会福祉法に基づく「無料低額診療制度」を実施している。経済的理由により適切な医療を受けることができない住民に対し、無料または低額で診療を行う事業だ。昨年4月の新規申請者は9人だったが、この4月では18人と倍増している。

    耳原鳳クリニックの緒方浩美医師はこう説明する。

    「コロナ不況で解雇された患者さんが『健康保険料も払えず、次回の外来受診には来られないかもしれない』と言ってました。不安定就労、非正規労働者の方が多く、特に50代、60代の男性が多いですね。手取りが5分の1になったタクシー運転手さん、商売をされている患者さんも『確定申告せずに商売していたので、持続化給付金の申請もできない』と話していました。社会のしんどいところにいる人が病気になって働けない人もいます。無料低額診療制度のことを説明するのですが、明日の生計をどうしようかという人が自分の診察どころではないのかもしれません」
     
    二つ目は「不要不急の検査や手術を控えたこと」。各学会からも感染防止の目的で控えるよう指示があったというが、これも経営悪化に拍車をかけたという。
     
    三つ目が「コロナ対応で収益が減ったこと」。耳原総合病院はコロナ専門病院ではないが、接触者外来を設けていた。感染が疑われる患者は保健所の「帰国者・接触者相談センター」に連絡しなければならないが、なかなかつながらない。受け入れ病院に診察を依頼しても予約が取りにくいケースも頻発。大阪市や八尾市、東大阪市などで診療を拒否された「発熱難民」がたびたび救急車で搬送されてきた。耳原総合病院は「受け入れを断らない病院」と知られており、多いときは1日15~20人を受け入れてきた。
    ……

  • 4面~5面 コロナ解雇 全国2万人超「手作りキムチで再起図る」(矢野宏)

    新型コロナウイルスの影響による経営悪化を理由に解雇されたり雇い止めにあったりした人が、見込みも含めて2万人を超えた。その一人、大阪市在住の朴敏用(パク・ミニョン)さん(54)は正社員として勤めていた飲食店からクビを告げられた。解雇された怒り、これからの生活に対する不安で眠れぬ夜が続いたという。失業した一時しのぎで始めた水キムチの通販が評判を呼び、少しずつ希望を取り戻している。   

    解雇を告げられたのは4月13日のこと。「今日で社員全員を解雇する」。社長から電話での一方的な解雇通告だった。

    会社は大阪市内に6店舗の焼き肉店を展開しており、60人ほどが働いていた。「24時間営業の焼肉定食の店」が売りで、朴さんはそれまで経営していた飲食店「あらい商店」を閉じて3年半前に就職。勤務は午後11時から午前10時。2交代制の2人体制でホールやキッチンを担当していた。

    2月から新型コロナの影響は出始めていたが、朴さんが勤める店は月1000万円ほどの売り上げがあり、大阪ミナミの店も多い日で200万円を売り上げていたという。

    「まさか、正社員やから解雇されることはないやろう。それに全員解雇したら、再び店を開くことができないだろうと思っていましたから。一方的な解雇への怒りと同時に、これからどうしたらいいのか、家族を食べさせていかなければならない。息子はまだ大学生やし。54歳で再就職は難しいだろうと不安が募ってきました」

    1週間前の7日に緊急事態が宣言されたのを受け、翌日には社長から電話で「しばらくの間休むけど、開けるようになったら電話を入れるから」と説明を受けていた。ところが突然の解雇。朴さんは「休業補償はどうなるのか。雇用調整助成金を活用したらどうか」などと提案したが、社長の答えは冷めていた。「窓口が混んでるし、申請して国が助成金を出すと言うてもいつになるかわからん」

    さらに、東京都内を中心にタクシー事業を展開している「ロイヤルリムジングループ」が新型コロナの影響で600人の運転手を解雇する際、「休ませて休業手当を支払うより、解雇して雇用保険の失業給付を受けた方がいい」と説明した例を出し、「解雇の方がすぐに失業保険が入るからいいだろう」とも言われた。

    退職金はなし。1カ月分の給料に解雇手当を上乗せした計42万円と、3月20日から4月8日までの給料を支払うと提示されたという。
    ……

  • 6面~7面 ヤマケンのどないなっとんねん「利権内閣にサヨナラを」(山本健治)

    相も変わらず、カネがらみ、利権がらみの汚い政治が続いている。安倍一強体制が6年以上も続き、官僚のみならず、本来不正を取り締まる検察や警察官僚さえもが安倍首相をはじめ政権中枢の顔をうかがい、忖度しているから、一段とひどいことになっている。賭博罪とされている賭けマージャンを一般人がすれば、場合によっては逮捕され、罰を受けるが、検事長がやると首相官邸の意向で「訓告」ですまされ、6000万円の退職金が支払われるのだから、この国の政治は完全に腐りきったと言わねばならない。

    こんなとんでもない連中によって、新型コロナ感染拡大で経済活動が停滞・停止したことに対し、第1次、第2次あわせて30兆円を超える補正予算が組まれた。中小企業が事業を継続できるように最大200万円を支給する「持続化給付金」や「家賃支援給付金」など、いくつもの給付や補償に関する事業、またコロナ感染後の経済振興策として旅行や外食需要を喚起するためとして「Go To キャンペーン」が実施されることになっているが、これらが利権となって、政府及び与党幹部らに近い企業や団体の食い物にされるのは目に見えていたと言わねばならないが、実際そうなってしまった。

    すでに報道されている通り、中小企業が新型コロナ不況を乗り越えていけるよう支えていこうというのが「持続化給付金事業」であるが、それを受注したのは「サービスデザイン推進協議会」というペーパーカンパニーに等しい団体である。この団体は広告代理店「電通」に委託した。なぜ電通なのか、広告宣伝ならわからないではないが、なぜ中小企業持続給付金事業を受注するのか、それ以前にできるのかと誰もが首を傾げたが、案の定、再委託し、委託費だけ抜き取って、さらに再委託どころか、「再」が三つも四つもついた。その度に「中抜き」が行われ、税金が食い物にされた。土木関係公共工事が大小さまざまなゼネコンによって丸投げ・下請けが繰り返され、税金が食い物にされてきたことが、事務事業にまで行われるようになって、中小企業対策として使われる金はどんどん抜き取られているのである。

    それも自民党や安倍首相の広告宣伝の主なものを引き受け、まさにアベ自民党御用達企業によってであり、長時間労働やパワハラで自殺者を出し、なおも繰り返しているブラック企業の典型の電通によってである。また、中小企業庁長官ら官僚が親しい関係を持っていたことも明らかになっている。梶山経済産業相は、この関係について法的には問題ないと述べている。企業や団体と癒着し、丸投げサヤ稼ぎを堂々と認めるのだから、どうしようもない。首相が腐れば大臣も腐る。もちろん官僚も腐る。ここに企業や団体がつけ込み、税金が食い物にされるのである。

    新型コロナ感染が一段落した後、観光や飲食事業を振興させるためとして予定されているのが「Go To キャンペーン」であるが、推進したのは「全国旅行業協会」で、そこに国交省幹部が天下りし、その会長は二階・自民党幹事長である、こんな出来レースはない。安倍首相は国会で「Go To キャンペーン」を「ごーとーきゃんぺーん」と読んでしまい、慌てて読み直したが、聞いていた者はやっぱり税金を「強盗」するようなキャンペーンだったのかと思ったそうである。
    ……

  • 8面~9面 横田滋さん死去「棺に収めた娘の写真」(粟野仁雄)

    6月5日、「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」(家族会)初代会長の横田滋さんが老衰のため87歳で逝去した。欧州で拉致された有本恵子さんの母嘉代子さんが2月に94歳で亡くなり、政府認定の拉致被害者の親で存命は父有弘さんと横田早紀江さんだけになった。筆者は滋さんの生前、横田夫妻を川崎市のマンションで長時間インタビューした。2度目は15年3月。妻早紀江さんの話を静かに聞いていた滋さんだが、話し出すと愛娘への思いが堰を切ったようにあふれた。それを交えて事件を振り返る。

    「お父さん、もう少しおしゃれに気をつけてね」。1977年11月14日。新潟市立寄居中学1年生だった長女のめぐみさんがそっと携帯用のくしを手渡した。この日は日銀職員の滋さんの45歳の誕生日。13歳の乙女心に滋さんは「ありがとう」と照れながら髪にあててみた。翌15日朝、冷え込みを心配した早紀江さんがめぐみさんに白いコートを渡そうとすると「今日はいいわ。置いていく」と玄関を出た。バトミントン部の彼女は学生かばんとラケットを手に。

    その日、早紀江さんはめぐみさんの好物のホワイトシチューを作って帰宅を待った。彼女が口を付けることはなかった。 

    新潟県警の懸命の捜索にも手掛かりはない。誘拐、監禁、家出、事故、自殺などが想定されたが、バドミントンで代表選手に選ばれ、家出や自殺など考えられない。「めぐみちゃん、どこにいるの」。畳をかきむしり、押し入れの布団に顔をうずめて泣いた早紀江さんは娘に似た人がいれば追いかけた。車を覗き込んでアベックの男性に怒鳴られた。ある日、「お嬢さんを預かっている」と男から電話があった。震える手で受話器を握りしめた早紀江さんは「めぐみが大好きなら結婚してもいいから。みんなで仲良く暮らしましょうよ」と伝えた。逮捕されたのは恵まれない高校生だった。

    93年に滋さんは日銀を定年退職、2人の息子も就職、結婚した。97年1月、日銀OB会から滋さんに「橋本敦衆院議員(共産党)の秘書の兵本達吉氏に会ってほしい」と電話があった。娘が北朝鮮で生きていると聞き、仰天したが、いい加減な情報ではないと感じた。面会した兵本氏は朝日放送の石高健次記者が「現代コリア」に書いた記事を見せた。「おそらく76年(実際は77年)のことだったという。13歳の少女がやはり北朝鮮へ拉致された。どこの海岸だったかはその工作員は知らなかった。少女は学校のクラブ活動だったバドミントンの練習を終えて…」。

    滋さんは半信半疑だった。しかし、男女を間違えていたが、めぐみさんの双子の弟の存在は当時、報道されていない。まもなく「アエラ」の記者が来た。掲載予定の写真付き記事は実名だった。「お姉ちゃんに危険が及ぶ」と妻も息子たちも掲載に反対したが、「アエラ」は町に並ぶ。マスコミが押し掛け、横田家は突然「有名家族」になる。この年3月、家族会が結成され滋さんが代表となった。

    2002年9月、電撃訪朝した小泉純一郎首相に金正日総書記は拉致を認め、謝罪した。曽我ひとみさん、蓮池薫・佑木子夫妻、地村保志・富貴恵夫妻の5人の生存が伝えられたが、めぐみさん、有本恵子さんら8人は死亡と伝えられた。外務省の飯倉公館で植竹繁雄外務副大臣から「めぐみさんは精神が破たんし自殺した」と伝えられた。直後の記者会見で滋さんは「めぐみは死亡と言われました」と涙を流した。だが早紀江さんは「めぐみは向こうで濃厚な足跡
    を残したのでは」と気丈に話した。早紀江さんは「お父さんが泣くばかりだったので、私まで泣いたらいけない。何か言ってあげないとめぐみが可愛そうだと思ったのです」と振り返った。
     
    北朝鮮の発表はほころびだらけだった。「めぐみの死亡年齢が28歳から29歳に変わったり、すべてが嘘とわかり生存が確信できました」と滋さん。
     
    「おじいさん、おばあさん、会いに来てください」。日朝会談の直後、めぐみさんの長女の愛らしいキム・ウンギョンさん(当時15歳・ヘギョンと呼ばれた)がテレビで呼び掛けた。「会いたい」。滋さんはいても立ってもいられなかった。しかし「死亡を既成事実にされる」と家族会の蓮池透事務局長は反対した。当時のことを滋さんは「『会いに行くべきだ』『北朝鮮の罠だ』と世論は分かれました。私は行きたかったけど、妻と息子2人に止められました」と回想した。
    ……

  • 10面~11面 世界で平和を考える「黒人男性の暴行死事件」(西谷文和)

    5月25日、米ミネアポリスで黒人男性のジョージ・フロイドさん(享年46)が警官に首を押さえつけられて窒息死した。米国では毎年1000人以上が警官に射殺されていて黒人は白人の2倍。今回の事件のように、「拘束時に警官によって容疑者が死亡」する事例は、人口100万人あたり白人が0・9人に対して、黒人は3・66人。
     
    フロイドさんはコロナ禍で失業し、ニセ20㌦紙幣を使ったという容疑で逮捕、そして殺された。「黒人の命は20㌦なのか!」。弟さんが議会で証言、その怒りは「BLACK LIVES MATTER」(黒人の命も大切)というスローガンになって全米から世界へと広がり日本でも大きなデモが行われた。
     
    事件のあったミネソタ州は、米国でもリベラルで、民主党が強い。前回の大統領選もヒラリー・クリントンがトランプを下している。元難民でソマリア出身の女性議員イルハン・オマルが当選したのもこの州だ。黒人差別が根強いといわれる南部はもちろん、比較的リベラルな北部でもこのような事件が起きるのだ。
     
    「黒人青年が母から言われた16のやってはいけないこと」という動画がネット上に上がっている。南部ヒューストン在住で18歳のキャメロン・ウェルチさんが投稿したものでその内容は①手をポケットに入れてはいけない②パーカーのフードをかぶってはいけない③シャツを着ないまま外に出てはいけない④一緒にいる相手がどんな人か確認する。たとえ路上で会った人でも⑤遅い時間まで外で出歩かない⑥買わないものを触らない⑦たとえガム一つでも何かを買ったらレシートかレジ袋なしで店を出てはいけない⑧誰かと言い争いをしているように見せてはいけない⑨身分証明書なしに外に出てはいけない⑩タンクトップを着て運転してはいけない⑪ドゥーラグ(頭に巻くスカーフ)をつけたまま運転してはいけない⑫タンクトップまたはドゥーラグを巻いて出かけてはいけない⑬大きな音楽をかけて車に乗ってはいけない⑭白人女性をじっと見てはいけない⑮警察に職務質問されたら反論してはいけない。協力的でありなさい⑯警察に車を停止させられたら、ダッシュボードに手を乗せて運転免許証と登録証を出してもいいか、と尋ねなさい。
     
    ウェルチさんは「こんな社会を変えなければいけない」と思い動画を投稿したという。

    警察に車を止められたら、日本では胸ポケットから運転免許書を取り出す。米国の黒人男性が同じことをすると危険だ。警官たちが「胸ポケットに隠した拳銃で撃ってくるかもしれない」と、先に銃撃する可能性があるのだ。したがって、まず両手を上げて争わない意思を表明し、「免許証は胸のポケットにあります。どうぞ取ってください」と言わねばならない。警官と黒人男性の緊張関係がずっと続いているのは、根強い黒人差別とともに、米国が銃社会であることが問題である。ニューヨークタイムズ紙によると、2018年末で全米には3億丁の銃があり、年間で約4万人が銃で命を落としている。スーパーマーケットで銃が売られていて、値段は戦争にも使われるアサルトライフル(自動小銃)で1500㌦(約16万円)、ピストルで200㌦(約2万2000円)だ。米国では毎年のように中学や高校で銃乱射事件が起き、尊い若者の命が奪われている。だから国民が立ち上がり、銃規制を求め続けている。

    この国民運動を押さえつけて大統領以下、国会議員にロビー活動を行い、銃規制をさせないようにしているのが、全米ライフル協会だ。トランプ大統領はこの協会から巨額の献金を受けている。だから高校での銃撃事件直後に「先生にも銃を持たせろ」などとツイートし、銃規制とは真逆の政治を続けている。
    ……

  • 12面~13面 フクシマ後の原子力「矛盾はらむ『除染なし解除』」(高橋宏)

    新型コロナウイルスをめぐっては、緊急事態宣言が解除された今もなお、新たな感染者の確認などを伝えるニュースが後を絶たない。一方で、外出や営業の自粛要請が緩和されるなど、社会は「コロナ後」に向けて動き出したかに見える。
     
    国内で初の感染者が確認された1月から今日までを振り返ると、新型コロナウイルスは感染の猛威をふるうと同時に、日本の社会に宿っていた病理を次々と暴き出してきたと言えるのではないか。
     
    特に、安倍政権の対応のひどさは目を覆うばかりであった。「アベノマスク」に象徴される税金の無駄遣い、これまでの政策が招いたことが明らかな医療崩壊の危機、思い付きとしか言いようのない休校要請、自粛によって瀕死の状況に追い込まれた中小零細企業への支援の遅れ等々、枚挙にいとまがない。しかも、それらを検証し責任を追及しようにも、議事録が残されていないというありさまだ。この政権を放置しておくことは、私たちの将来にとって新型コロナウイルス以上の脅威であろう。
     
    そうした中、耳を疑うような報道があった。福島第一原発事故の避難指示区域について、政府が除染をしていない地域でも指示を解除できるようにする方向で最終調整に入ったというのだ。
     
    従来は除染が進んだ地域のみが解除の対象だったが、この方針が決定したら、一定の条件を満たせば除染されていなくても、立ち入りが自由になる。これまで国は、除染を行って再び居住できる地域に戻すという政策を取ってきたが、例外を認めることになるのだ。
     
    2011年8月に公布、翌年1月に施行された放射性物質汚染対処特別措置法は、第3条で「国は、これまで原子力政策を推進してきたことに伴う社会的な責任を負っていることに鑑み、事故由来放射性物質による環境の汚染への対処に関し、必要な措置を講ずるものとする」としている。除染については第30条で「国は、除染特別地域について、特別地域内除染実施計画に従って、除染等の措置等を実施しなければならない」と、国の責務として明記されている。もし、除染なしで避難指示を解除するとなれば、大きな矛盾が生じてくる。

     
    言うまでもなく、福島第一原発事故によって広大な土地が放射能に汚染された。そのため国は、事故直後に汚染状況と原発からの距離によって、警戒区域、計画的避難区域、緊急時避難準備区域を定めた。そして、12年4月から、警戒区域・計画的避難区域を、年間積算放射線量が50㍉シーベルト以上で長期にわたって帰還が難しい「帰還困難区域」、年間20~50㍉シーベルトで20㍉シーベルト以下への除染を目指す「居住制限区域」、年間20㍉シーベルト以下の「避難指示解除準備区域」の3区域に再編した。
     
    ここで確認しておくべきことは、通常時の一般人の被ばく許容量が年間1㍉シーベルトということである。年間20㍉シーベルトという基準は、あくまでも緊急時の国際的基準(年間20~100㍉シーベルト)だ。たとえ除染を行っても、その土地は放射線管理区域(3カ月あたり1・3㍉シーベルトを超えるおそれのある場所)に相当する。本来であれば、除染の目標は年間1㍉シーベルトとすべきもの。「20㍉シーベルト以下への除染を目指す」こと自体、大きな問題だったのだ。
     
    さらに、これらの区域分けは「線引き」によって行われている。素人目にも明らかだが、放射能汚染がきれいに境界線を作ることなどあり得ない。
    ……

  • 14面~15面 短大新入生に犯罪被害者講演「前向いて生きる大切さ」(矢野宏)

    9年前に一人娘を殺害された岡山市東区の加藤裕司(ひろし)さん(67)が6月15日、同市北区の中国短期大に特別講師として招かれ、1年生61人を前に講演した。加藤さんは時おり声を詰まらせながら事件を振り返り、「どんなに困難なことがあっても、現実から逃げたり諦めたりすることなく、前向きに生きてください」と訴えた。

    加藤さんは学生たちに「試練に出くわしたときにどうすべきなのか」と問いかけ、「逃げると、同じ試練を乗り越えられない。正面から受け止め、努力して一つひとつの壁を乗り越えていくことが大事です」と語りかけた。
     
    事件が起きたのは2011年9月30日のこと。当時27歳、派遣社員だった長女みささんが仕事を終えて出ようとしたところ、元同僚の男に呼び止められた。「提出した退職届に不備があって戻された。書類をみてほしい」。みささんは会社の敷地内にある倉庫へ連れ込まれ、性的暴行を受けた。「殺さんといて」と懇願したというが、ナイフで10回以上も刺されて殺害された。遺体は車で大阪市内の自宅近くの車庫へ運ばれ、バラバラにされて近くのゴミ捨て場や河川に遺棄されたという。
     
    みささんは、交際相手から17回目のプロポーズを受けて婚約中だった。10月1日の朝になっても帰って来なかった。加藤さんは、娘は婚約者と一緒にいるのだろうと考えていた。だが、その日の夕方になっても帰宅していないことを知り、何かの事故か事件に巻き込まれたのではないかと思ったという。
     
    「どんなに帰りが遅くなっても、必ずメールか電話で連絡してくる娘だったし、何の連絡もしないなんて考えられなかった。娘は身動きの取れない状態になっているのかもしれないと思い、警察に駆け込んだのです」
     
    翌2日、警察から1枚の写真を見せられた。会社の防犯カメラに映った映像から撮ったもので、みささんと元同僚の男が写っていた。
     
    「仕事も手につかない、ご飯も喉に通らない、寝ようと思っても眠れない日々が続きました。出てくるのはため息と涙だけでした」
     
    1週間後、警察から「とても悲しいお知らせをしなくてはなりません」と切り出され、遺体の一部が見つかったことを聞かされた。
     
    「その瞬間、何か頭の上から大きなもので押さえつけられ、息ができなくなるぐらいに胸が押しつぶされたような感じになりました。妻の『ワ―ッ』と泣き崩れる姿を横で感じ、嗚咽が涙とともに止まりませんでした。家族が今まで生きてきた中で、最もつらく深い悲しみに包まれた一日となりました」
     
    加藤さんは警察でバラバラにされた遺体の一部を見せてもらった。「黒っぽく変色した肉片でした。手に持ったら、娘が生まれて抱いた時よりも軽かった。どうしてこんな目に遭わなければならなかったのかと思うと、つらかった……」

    翌朝から記者が押しかけ、外出もままならない日々が続いたという。

     
    「死を迎える瞬間に娘は何を思ったのか。『お父さん、助けて』と思っていたかもしれない。それなのに、助けてやれなかった自分の無力さを思うと、また涙があふれてきました。加害者は娘の命だけでなく、婚約者の将来も、私たちの小さな幸せも未来も奪ってしまった。あの男をこの手で殺してやりたいと、それだけでした」
     
    裁判員裁判が始まったのは、事件発生から1年4カ月後のこと。加藤さんは「ものを言えぬ娘に代わって闘う」ことを誓っていた。仕事を週3日だけにして、4日間は裁判に関する情報集めに充てた。何冊もの法律書を読み込んだ。加害者の精神疾患を指摘されても理解できるよう医学書まで目を通し、出廷した。
     
    裁判では、殺害された被害者が1人で死刑を適用されるかどうかが争点となったが、加藤さんは「死刑以外に考えられなかった」と振り返る。
     
    13年5月、検察側の求刑通り、死刑が言い渡された。加害者は自ら控訴を取り下げたため、判決後1カ月余りで死刑が確定する。だが、加藤さんの心が晴れることはなかったという。
     
    「娘が帰ってくるわけでもなく、何の感慨も抱かなかった」
    ……

  • 16面 岩国基地の通学規制「米軍要請で1カ月長引く」(矢野宏)

    山口県岩国市の米軍岩国基地が新型コロナウイルス感染防止のため、日本人の基地従業員や契約業者に求めていた子どもの通学規制を6月8日に解除した。市内の小中学校では5月7日から授業を再開しており、基地関係者の児童・生徒は1カ月遅れての授業再開となった。「勉強の遅れを取り戻せるのか」という保護者の声は切実だ。

    東京・横田基地にある在日米軍司令部が日本全国の米軍基地・施設に対し「緊急事態宣言」を6月14日まで延長したことで、岩国基地もその日までの通学規制を要請していた。その後、日本国内での新たな感染者数の減少などを受け、日本人の基地従業員や契約業者の行動規則を段階的に解除する方針を示し、市内の学校への子どもの通学規制も6月8日から許可するとした。
     
    市は4月15日から休校していた46の全小中学校で、5月7日に授業再開に踏み切ったが、基地関係者の子どもは登校できない日が1カ月続いたことになる。市教委は、病気などの「欠席」ではなく、やむを得ない事情による「出席停止」扱いにしてきた。5月29日現在で94人。そのほとんどが基地関係者の児童・生徒だという。
     
    基地では、違反した場合は入門を許可しない措置を取ったため、基地関係者の中には家族と一時的に別居し、子どもを自宅から通わせた人もいたという。
     
    1カ月の遅れに対して市教委は「家庭学習のプリントや授業で板書した用紙を配るなどの対策は取ってきた」と説明するが、「学習の遅れを取り戻せるのか」「子どものストレスが心配」と話す保護者も少なくない。
    ……

  • 17面 韓国「慰安婦」支援団体批判「問われるべきは日本政府」(「日本軍『慰安婦』問題・関西ネットワーク」共同代表・方清子)

    5月7日、李容洙(イ・ヨンス)ハルモニの記者会見から始まった正義連(日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯)と尹美香(ユン・ミヒャン)前理事長に対する攻撃が止まらない。保守派メディアは真偽不明の情報を今も発信し続けている。事実を伝えるより虚偽とこじつけで相手を傷つけ、叩きのめすことに目的があるかのようだ。
     
    李ハルモニは会見で「水曜デモはいらない」「お金をもらってない」、正義連は被害者を「売った」「利用した」と非難する一方、日本政府に対してはこれまで同様「百年、千年たっても謝罪、賠償を受ける」と語った。
     
    李ハルモニは30年間解決を求めて各国を回り訴えた。2015年12月、日韓合意発表後に説明に訪れた外交部担当者に「あなたはどこの国の人間か」と迫った。
     
    怒りや苦しさが向けられるべきは日本政府であろう。しかし、日本のメディアは韓国保守派メディアの報道を垂れ流し、解決運動を「慰安婦」被害者を食い物にしたと罵倒する。尹さんの国政選挙出馬を「反日団体トップの出馬」といち早く警鐘を鳴らしたのも日本のメディアだった。日韓の保守メディアが手を組み、過去清算問題に終止符を打ち、文在寅政権に打撃を与えようとしている。保守野党、未来統合党も「真相究明タスクフォース」を立ち上げ、根拠も示さず疑惑を連発する。ハルモニの言葉の真意を測ることなく、「慰安婦」問題に無関心で否定的だった人々が群がる。
     
    正義連は公的補助金をめぐる会計ミスを認め、任意資料提出に応じ、韓国公認会計士会による外部会計監査の準備を始めていたところ、5月20日検察の突然の強制捜査を受けた。真夜中、12時間に及ぶ異例の捜査であり、さらにハルモニが暮らすシムト(平和の我が家)にまで押しかけて捜査を行った。保守派メディアは正義連が資料や証拠を提出して反論しても報道の訂正や謝罪は一切しない。
    ……

  • 18面 イージス・アショア配備「住民の力で事実上撤回」(栗原佳子)

    秋田県と山口県を候補地とした地上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」について、河野太郎防衛相が6月15日、配備停止の方針を示した。急転直下の方針転換。事実上の白紙撤回である。 

    イージス・アショアは地上から迎撃ミサイルを発射、飛来するミサイルを大気圏外で撃ち落とすシステム。2017年12月、官邸主導で米国製のイージス・アショアの配備が決まった。防衛省は25年度の運用を目指し、陸上自衛隊の新屋演習場(秋田市)とむつみ演習場(山口県萩市・阿武町)を「適地」とする報告書をまとめた。その後、秋田県の地元紙「秋田魁新報」が新屋演習場を適地としたデータミスを特報。地元の反発も強まる中、同省は今年5月、新屋への配備を断念し、秋田、青森、山形の3県を軸に新たな候補地を検討していた。
     
    河野防衛相は配備中止の理由について「ブースター部分を落下させるための技術的な不備が見つかり、改修にコストや時間がかかるため」と説明した。むつみ演習場でミサイルを発射した場合、演習場内に確実に落下させることができないとわかったという。ブースターとはミサイルの推進を補助し、上空で切り離される装置。重さ200㌔以上もある。改修には約12年、4500億円とされる配備費用も2000億円以上加算される可能性があり、「合理的ではない」と判断したという。
     
    むつみ演習場から海に向かってレーダーが照射される場合、真下にあるのは阿武町だ。過疎地である同町が力を注いできたのが移住者の受け入れを核にした街づくり。充実した定住支援策が功を奏し、転入者が徐々に増え続けた矢先、「国策」が降ってわいた。山口県は安倍首相の地元。同町も保守地盤だが、計画には有権者の過半数が反対している。自民党の花田憲彦町長も一貫して反対の姿勢を打ち出してきた。
    ……

  • 19面 経済ニュースの裏側「コロナ禍」(羽世田鉱四郎)

    ウイルスの寿命 紙・ティッシュは3時間、段ボールが1日、木材や布は2日、ステンレスやプラスチックは2~3日、ガラスは4日、医療用で不織布のサージカルマスクでは、1週間生きています(英国の医療雑誌より)。
     
    医療制度 クルーズ船の対応も含め、対策が後手になりながら、爆発的な感染を辛うじて回避した日本。感染者数、死亡者は一桁少ない。病床数は世界一だが、医者の数は極端に少ない。 「政策は間違っているのに、何故かうまくいっている」と欧米から不思議がられています。主要国の医療制度も、大きな相違は見当たらず。その要因を巡り、BCG抗体説やファクターX説(山中伸弥氏)など、様々な憶測が飛び交う。専門家の議論はよくわかりませんが、私は、日本人の社会行動も大きな要因と考えます。リベラルで、個人主権に目覚めた欧米人。一方、農耕民族で、共同体への帰属意識が強く、権威には従順な日本人。3密を避け、手洗い、マスク、自粛生活を守っています。温水便座の普及に象徴される、無類の清潔好きも幸いしたかと。武漢ウイルス、欧米ウイルスを回避しましたが、第3のウイルスが北海道、関東、北九州に蔓延しています。
     
    経済格差 コロナ対策の優等生だったシンガポールは、劣悪な環境にある外国人労働者から、2次感染が増加。米国も黒人、ヒスパニックの感染者が急増しています。アフリカ、中南米も爆発的な感染拡大に。エジプトでは、欧州旅行の富裕層から感染が拡大、ブラジルでは先住民族の存亡が危惧され、インドでも悲惨な光景が広がっています。 介護施設での死者が急増しているフランスやスペインなどでは、職員の大半がアフリカ系で、劣悪な環境で闘っています。日本でも、非正規やフリーランス、一人親方、外国人技能修習生(現代の徴用工)など「弱い人」たちの失職や雇い止めが深刻化しています。
     
    財政出動と金融緩和 一時しのぎの応急処置であり、根本的な解決になりません。コロナ後の大増税は必至。大企業や富裕層への優遇という「税制の歪み」を是正する必要があります。日本の海外資産は1101兆円。借金を差し引いても実質372兆円で、世界一です(日銀・資金循環表、2019年12月末)。
     
    政府・官僚 東京五輪や習総書記の訪日が脳裏を横切り、優柔不断に。4月1日、全世帯に配布すると豪語し、466億円余りを投じたアベノマスク。私の手元には、まだ届かない(5月末)。右往左往した10万円給付、オンライン申請が大混乱。感染症対策専門家会議の議事録もなし。医療用マスクN95の代替品も使えない代物。内政、外交に成果(レガシー)もなく、戦後最悪の無能政権であることが明白に。
    ……

  • 20面 会えてよかった「屋宜光徳さん⑥『価値観の転換は高校時代』」(上田康平)

    小学校7年生から高校受験ができ、屋宜さんは7年で受験。1946年4月、石川高校に入学した。
     
    高校に入学したが、教科書もない。担当の先生が持っている古い教科書を米軍のごみ捨て場から拾ってきた紙に写本して使っていた。まともな教科書が配られたのは、2年生になってからだった。
     
    当時、石川には古本を日割りで貸す貸本屋ができた。厚い文学全集など何冊かに分けて貸していたので、友人とそれぞれを借りて、読み終わ
    ると借りた本を交換。1日分のお金で2冊読んだという。
     
    高校3年の頃、本土から月刊誌や小説など新刊書が入るようになり、書店も開店した。これまで古本屋にあるロシア、フランス、イギリスな
    どの外国文学や国内の文豪たちの小説に限られていたのが、太宰治や三島由紀夫などの戦後小説なども手に入るようになった。とりわけ太宰治をよく読んだ。
     
    軍国少年で天皇のために命を捧げてもいい
    と思っていた戦前の価値観がくずれ、「虚無
    的になった」という。
     
    そんな屋宜さんは、沖縄出身で戦時中、思
    想犯として獄中生活を送り、敗戦で釈放された徳田球一さんのある論文を読んで価値観が変わ
    った。
    ……

  • 21面 落語でラララ「殿集め」(さとう裕)

    コロナ対策、政府は自粛要請はしても補償はしない。後手後手の対策とみみっちい政策で庶民は二重に命の瀬戸際。首相はモリカケ桜で、お友達や自分の有権者には大盤振る舞い。慌てて2次補正予算、金は積んだがこちらには一向に届かない。アベノマスクもまだ来ない(神戸在。6月初)。別に要らんけど。
     
    コロナがあぶり出したのは、政治リーダーの能力差や経済格差が命の格差ともろに結び付いてると。こんな時こそ「清水の舞台から飛び降りる」気持ちで政策もカネも大胆迅速に。
     
    「清水の舞台から飛び降りる」ということわざから生まれた落語がある。
     
    京都のさる大家の娘が清水の舞台から飛び降りるというので、大勢が見物に集まった。娘はなぜ飛び降りるのか、口々に勝手な憶測を並べ立てていると、くだんの娘が美しく着飾り、女中を連れて登場。清水の舞台からあたりを見回していたが、娘は急にお帰りの様子。どうしたん? と、見物の衆はぞろぞろ娘の後について行く。と、娘は伴の女中に「あれだけ殿御を集めても、好い男はいないものじゃなあ」。
     
    今や滅多に聞かれない噺だ。「清水の舞台から飛び降りる」というのは、「思い切った決断を下す」という意味のことわざ。もともと清水寺の御本尊は千手観世音菩薩。清水の舞台から飛び降りて、助かればどんな願いも叶うと言われた。が、ほんまに飛び降りる物好きがいたのだろうか。それがいたのだ。それも一人や二人やない。調べてみると、江戸中期から幕末にかけて234人も飛び降りていた。
    ……

  • 22面 100年の歌びと「夜桜お七」(三谷俊之)

    置いてけ堀をけとばして
    駆け出す指に血がにじむ

    坂本冬美が歌う『夜桜お七』は1994(平成6)年9月のリリース。作詞は林あまり、作曲が三木たかし。従来の歌謡曲の枠を超えたポップス調のアップテンポの曲に鮮烈な詞が弾む。 作詞の林は63年東京生まれの歌人。第一歌集『MARS☆ANGEL』(86年)で、短歌に大胆な性表現を詠み込んで話題となった。この歌集に収録されたのが『夜桜お七』の連作短歌で、うち2首を紹介する。

    〈赤い鼻緒きれた夢など紡ぎつつ/お七いつまで春をうとうと〉〈緋のじゅばん備えつけたるホテルにて/マッチ擦りたし今宵のお七〉(前出歌集より)
     
    短歌を再構成するかたちで新たな艶歌が生まれた。お七とは江戸時代前期、江戸本郷の八百屋の娘で、恋人に会いたい一心で火を放ち、火刑に処されたとされたという事実に基づいた話だ。「♪さくら さくら はな吹雪 燃えて燃やした肌より白い花 浴びてわたしは 夜桜お七」││。バブル崩壊した時代に、乱れ飛ぶ花吹雪のイメージがよく似合っていた。恋のために火を付けるという一途に燃える情念を現代に甦らせ、アクティブさにあふれ、「♪さよならあんた」という気概の女が生き生きと表現されている。
     
    歌人が作詞した例は都はるみにもある。全共闘運動に関わった学生時代を歌った歌集『無援の抒情』の道浦母都子が作詞した『邪宗門』と『枯木灘 残照』(98年)の2曲だ。どちらも作曲は弦哲也だ。「♪煙れるまでに 熱もつ乳房/物語をつくるのはわたし/世界を生むのはわたし」(邪宗門)。都はるみの歌唱力とともなって深く格調高く官能あふれる世界を表現している。道浦とはるみを結びつけたのはプロデューサーで、はるみの恋人でもあった中村一好だ。中村は『矢切の渡し』(ちあきなおみ)、『想い出ぼろぼろ』(内藤やす子)、『天城越え』『風の盆恋唄』(石川さゆり)、『おまえに惚れた』(美空ひばり)、そしてはるみの『大阪しぐれ』『浪花恋しぐれ』など歌謡史に残る名曲を生み出したプロデューサーだ。作家の中上健次とはるみを引き合わせ、『天の歌 小説 都はるみ』も生まれた。中上は「文学と芸能に上下の関係にないように、浪花節とクラシックも横並びにある音楽ジャンルであり、一方が大衆向けの俗謡で、他方が高尚な西洋音楽ではない」といい、芸能、文化から政治、経済まで縦のヒエラルキーを横に倒すことで、ラディカルな価値転倒を試みた。その地平で艶歌に新しい血液が流れた。しかし、それ以降が続かなかった。
    ……

  • 23面 坂崎優子がつぶやく「コロナ休校の子どもたち」(フリーアナウンサー・消費生活アドバイザー)

    コロナ禍における子どものストレスとネット依存について考える、オンラインシンポジウムに参加しました。第1部は子どもとネットの研究者、ゲーム依存の専門家、そしてストレス・トラウマの専門家それぞれの話と鼎談。第2部は中高大学生も交えての話し合いでした。
     
    出演した中高生3人は私立、公立どちらもいましたが、長い休校期間、ほとんど学校からの働きかけがないことは共通していました。
     
    私もいくつか高校の現状を聞きましたが、学校によって対応が大きく異なっていました。たとえば、京都の二つの有名私立高校はオンライン授業もなかなか開始されず、3年生は焦っていると耳にしました。一方ある公立高校は4月から完全オンラインで授業を行っていました。コロナ前からICT(情報通信技術)に力を入れていたそうです。
     
    兵庫県でも4月から普通にオンラインで授業をやっている私立高校は、震災後にどんな状況でも授業ができるようシステムを構築してきたとか。普段の取り組みの差がコロナ禍で露わになったといえます。
     
    では、突然自由時間だらけになった生徒はどんな生活を送ってきたのか。シンポジウムに参加していた一人の高校生は、ネットで漫画を読んだり、ゲームをして過ごしてきたといいます。ネットサービスに費やす時間は毎日10時間以上。
     
    WHOが2019年に「ゲーム障害」を国際疾病として正式に認定しました。「ゲーム障害」とは「ゲームをする時間をコントロールできない」「ゲームを最優先する」「日常生活に支障をきたす」などの症状が12カ月以上続く状態のことをいい、1日に費やす時間は4時間以上と定義しています。先の高校生は今の期間だけとはいえこの時間を大幅に超えています。
     
    別の高校生はここまで長くネットはしていませんでしたが、毎日ダラダラ過ごしてきたといいます。ただその一方で、強制的にスマホを遮断する機能を使うなど工夫して、罪悪感とも闘っていました。
     
    中学生はまだ保護者が生活を管理していて、それなりに課題をこなしたり、運動したりしていましたが、保護者の監督からも離れつつある高校生、あるいは保護者が忙しく子どもに目配りする余裕がない家庭では、ネットゲームやSNS漬けの生活になるのは仕方ありません。
     
    「ゲーム障害」の診療現場では、5月に入ってから、それまで順調に回復してきた患者が足踏み状態になったり、悪化してきたりしているとのことでした。
     
    学校が再開しても、様々な行事が開催できす、遅れを取り戻すため勉強漬けになることも予想され、このことにもシンポジウムでは警鐘を鳴らしていました。楽しいことが何もない中で、さらにストレスをためる子どもが増えるからです。
     
    突然一律に休校を促し、子どもたちに何の手当てもせず放っておいた弊害は大きい。せめて繰り返さないために、第2波に備えてオンライン体制を整え、登校できなくても子どもたちにこまめに働きかけができる、最低限のシステムを急いで作ってもらいたいと願います。

  • 24面~29面 読者からのお手紙&メール(文責・矢野宏)

    法事は縮小や中止
    お寺のコロナ事情

    奈良県五條市 岩井恵照
    知的障害者の長男・孝憲と72歳の私の2人暮らし。どちらかが感染したらどうなるのだろうか、と不安は消えません。私は一人っ子で3代続いた一人娘。父が高齢になってから産まれたので、叔父や伯母どころか数少ない従兄弟もすでに他界しています。頼れる親戚もありません。
     
    お寺の行事や法事も中止、縮小のため、収入も激減です。4月、5月は気候も良く、例年なら忙しい季節なのですが、今年は3月からほとんど中止となりました。お年忌も中止され、予定通りされても家族のみのひっそりしたもの。私のご廻向(えこう)はいつもと変わらないけど、お布施は少なくなり、今月は私のお給料が払えるかなという状況です。支出も減っていますが、収入は半分以下に落ち込んでいます。これからのお年忌は、会食なしの簡単なものに変わってゆくのでしょう。
     
    孝憲が通う施設は休みにならなくて助かりましたが、どこへも出かけることができないため不安定になり、イライラや暴言が増えました。コロナのことを繰り返し説明してもわかりません。私の仕事は土日や祝日に多いため、ショートステイなどを利用しています。田舎のお年忌は仏前で午前10時頃から始め、お墓廻向がすむと、お店に移動して会食になるので帰るのは午後2時過ぎになることが多いのです。だから預かってもらわないと一人で過ごすのは無理なのです。
     
    10年ほど前までは日曜日に仕事がある日は、ヘルパーさんに来てもらいました。午前11時頃から1時間で、お昼の食事の世話をしてもらうためですが、孝憲は私が出かけてヘルパーさんが来るまでに冷蔵庫をあさり、ガスを触っている様子。ある日、ヘルパーさんと連絡を取り合ってガスの元栓を閉めて出かけました。ヘルパーさんが来るなり、孝憲は開口一番「ガス出えへんで」と言ったそうです。ガスを触っているのがはっきりし、独りで留守番させるのは危ないと感じました。
     
    タイミングよく、2013年に通所施設にケアホームが開設され、共同生活介護(入所)と短期入所(ショート)などが始まったのです。孝憲なりに知恵を絞っていろいろやってくれるので油断禁物です。時々ショートを利用する目的は、私が高齢になった時、いずれ入所するので共同生活に馴れるためです。私も今のまま健康ならば85歳ぐらいまで住職を続けてゆくつもりです。後は後継者に引き継ぎ、主人の遺した治療院の自室でのんびり過ごそうと考えています。その頃には孝憲も共同生活介護にと思っています。住職としての勤めができなくなったら、お寺を出なくてはならないので。
     
    (過疎化で檀家も減り、そこへ今回のコロナ禍。法事や法要のキャンセルが相次ぎ、お寺さんの収入に深刻な影響を及ぼしているのですね)

    感染していたらと
    検査希望したが…
    兵庫県尼崎市 赤江静男
     
    4月18日から37・2度の微熱が続き、のどの痛みや下痢、頭痛が続いた。もしかしたら新型コロナかもしれないと、市の感染症対策担当に何回か電話を入れた。ようやくつながり、対応してくれた職員に症状を説明すると、「37・5度以上の熱が4日間続いていないか。味覚障害はないか」と尋ねられた。該当しないと答えると、「たぶん大丈夫でしょう」と、病院も紹介してくれない。こちらも少し強い口調になると、「少しお待ちください。こちらから連絡します」と言われ、2時間後、保健師さんからこう告げられた。「かかりつけがあればそちらで診てもらってください」
     
    町内の病院に電話を入れたが初診を理由に断られ、3件目の病院でようやく診察してくれた。医師と看護師は防護服を着用し、指から血中酸素濃度を検査。診断の結果は「肺炎の疑いはありません。たぶん大丈夫だと思う」。PCR検査もする必要はないとのことだった。
     
    結果的に保健師さんや医療現場にも迷惑をかけたかもしれない。だが、もし感染していたら誰かにうつしてはいけないと不安だったし、軽症だったかもしれないとさえ思う。あらためて、医療現場が遠くなったと感じた。
     
    (検査を受けるには、保健所の運営する「帰国者・接触者相談センター」に、患者本人か、かかりつけ医が相談するのが原則。相談センターが必要と判断したら、検査を行う「帰国者・接触者外来」を紹介してくれる流れとなるのですが、今も根詰まりを起こしていますね)
    ……

  • 26面 車イスから思う事「遠くなる母との距離」(アテネパラリンピック銀メダリスト・佐藤京子)

    新型コロナウイルスの流行によって、特別養護老人ホームに入所している母と面会ができなくなって久しい。家から車で10分ほどなので、1週間に2回くらいは会っていた。最初の頃は自分が帰ろうとすると「私も一緒に行く」と言い出し、「仕事に行くから待っていてね」と言ってやり過ごしていたが、だんだん帰るということに興味を示さなくなった。認知症の進行であり、寂しく感じた矢先、ホームから手紙が届いた。
     
    「新型コロナウイルスの流行に伴い面会の制限をします」。2回ほど期限を何時までと切った手紙だったが、3回目の手紙には期限を定めずに面会を禁止します。再開は改めて連絡するという内容だった。
     
    母に会う期間が開いてしまったら忘れられてしまうのではないかと、心配になった。画像を使って顔を見せ合うことを頼もうと思ったが、人手が足りない現状を知っているのでそんな手間になることを頼めない。
     
    ところが、思いもよらぬ事態が起こって母と会うことになる。母が体調を崩して受診しなくてはならなくなったのだ。ホームに来られる先生に紹介状を書いてもらい、受診手続きを取った。紹介状を病院へ持っていき、予約も取った。受診当日、母が待つ時間が少なくなるように手を尽くした。
     
    当日はリフト付きタクシーでホームの看護師さんと病院で待ち合わせた。母は硬い表情をして緊張していた。予想通り、自分のことも介助犬ニコル君のことも忘れていた。忘れてしまう病気だとは分かっているけれど、悲しい。それでも、看護師さんを介して話しているうちに表情が柔らかくなってきた。わかっていないだろうなと思うことにも相づちを打ったりしてくれた。
     
    ホームの看護師さんの話に衝撃を受けた。面会はワクチンができるか、有効な薬が見つかるまで解禁しないかもしれないとのこと。それでは半年どころか年単位で会えないではないか。その方針が変わらなかったらどうすればいいのか……。
     
    今回の受診のおかげで長時間一緒にいることができた。3種類の検査を1日がかりで終わらせた母は痛いとも辛いとも言わずに頑張ってくれた。
     
    検査の結果は1週間後に聞きに行くわけだが、良い結果を聞けるといいなと思っている。まだまだ親孝行ができたらと思う。

  • 30面 編集後記(栗原佳子、矢野宏)

    ▼先月号でお伝えした通り、大阪市浪速区の大阪人権博物館(リバティおおさか)をが6月から休館に入った。運営する公益財団法人に対し、大阪市が土地明け渡しなどを求めた訴訟は6月19日、和解が成立。来年6月までに更地にして退去する代わりに、市が賃料とした1億9000万円を免除することで折り合った。これを受け、翌20日、リバティおおさかで報告集会が開かれ、朝治武館長(理事長)、丹羽雅雄弁護団長、財団専務理事の赤井隆史さんが総括と展望を語った。リバティはここでの歴史にいったん終止符を打つが、再来年、新たな地で再出発を目指している。維新行政の仕打ちは常軌を逸しているが、府や市の補助金も依存した態勢も問われる。「公」がどう絡めるか、市民はどう支えるか。再生のために知恵を絞りたい。(栗)

    ▼6月号で、病院全体がコロナ専門病院になった大阪市立十三市民病院のその後を紹介した。「病院を一つつぶすことがどんなに大変なことか、(大阪市は)現場のことをわかっていない」と怒りをぶつけた医療関係者から再びメッセージを受け取った。「私が聞いた話ですが」と前置きしつつ、衝撃的な内容が記されていた。「十三市民病院は今後、通常診療を再開することはないそうです。コロナ専門病院としての役目を終えた後はつぶす予定だそうです。大阪市の考えでは、もともとこの病院は数年後にはつぶす予定にしていた病院だったみたいです。この数年、業績があまり良くなかったからだそうです。そんな折、コロナ専門病院が必要となったので、十三市民病院は最適だったのでしょう。そんなことだとは、現場の人間はまったく知りません。この病院を大きくしようと、朝から晩まで一生懸命働いてきた私たちはバカみたいですね……」。事実だとすれば、大阪維新の会は市立住吉市民病院に続いて、十三市民病院も……。そんな折、大阪市を廃止して特別区を設置する「大阪都構想」の制度案が、大阪府・市の法定協議会で可決された。政治判断の名の下にトップダウンで政策を決め、現場の混乱など知らん顔。「やってる感」を強調するのが維新流。関西メディアもすり寄ったか、吉村知事のテレビ出演は、把握しているだけでも3月8回、4月23回、5月31回。「吉村人気」で維新の支持率が上がる中で、11月1日の「住民投票」を迎えることになるのか。それでもあきらめへん。(矢)

  • 31面 うもれ火日誌(文責・矢野宏)

    5月月2日(土)
    午後、一般社団法人「中小企業組合総合研究所」の機関誌「提言」が届く。「反戦・反差別の火を灯し続け」という見出しとともに、新聞うずみ火を特集。ありがたい。

    5月3日(日)
    憲法施行73年。朗読劇「何色かの朝」&矢野宏講演会の予定だったが、中止。

    5月7日(木)
    矢野 午後、新型コロナ専門病院になった大阪市立十三市民病院を取材。

    5月8日(金)
    矢野 午後、枚方市立蹉舵中学校から平和学習キャンセルの電話。
    西谷 「路上のラジオ」第25回「衝撃告白!コンビニ経営の凄惨な日々。一体何が起きているのか?」をアップ。
    高橋 朝、和歌山放送ラジオ「ボックス」出演。

    5月11日(月)
    矢野 夜、MBSラジオ「ニュースなラヂオ」に出演。ベルリン在住のオーボエ奏者の渡辺克也さんに電話をつなぎ、ドイツの休業補償などについて話を聞く。福本晋悟アナウンサーが図書館休館について報告したあと、矢野が「気になるニュース」で十三市民病院のその後を取り上げ、医療従事者らの話を紹介する。

    5月12日(火)
    午後、恩師の黒田清さんが主催した「マスコミ丼」1期生で東北放送の浅賀洋之さんから懐かしい電話。「新聞うずみ火を購読します」

    5月13日(水)
    西谷 正午過ぎからラジオ関西「ばんばひろふみ!ラジオ・DE・しょー」に出演。

    5月14日(木)
    西谷、午後、第26回「路上のラジオ」収録。れいわ新撰組から立候補予定の大石あきこさんが十三市民病院でマスクがない、防護服がないという実態を告発したあと、矢野が「うずみ火ラジオ」コーナーを収録(22日アップ)。終了後、隣の居酒屋で5月30日の講演会の打ち合わせ。

    5月15日(金)
    午後、埼玉県狭山市の根橋敬子さんから狭山新茶が事務所に届く。
    高橋 朝、和歌山放送ラジオ「ボックス」出演。

    5月16日(土)
    午前、事務所のポストを開けると、アベノマスクが。全世帯に2枚ずつ配ると聞いていたけれど…

    5月20日(水)
    夕方、新聞うずみ火6月号が届く。1日も早く読者に届けたいと、3日早めての新聞発送。十三市民病院に続いて、読者から寄せられた投稿を8ページ使っての「コロナ特集」。先月に続いてスタッフ3人での作業はさすがにきつい。

    5月22日(金)
    高橋 朝、和歌山放送ラジオ「ボックス」出演。

    5月26日(火)
    矢野 午後、枚方市立招堤北中学校の平和学習の担当教師から講演キャンセルの電話。「今後も体育館に全校生徒を集めての講演会は難しくなると思います」。午後、前日から最後の一般公開が始まった大阪市浪速区の大阪人権博物館(リバティおおさか)へ。

    5月27日(水)
    矢野 夜、11日の「ニュースなラヂオ」に電話出演してもらったベルリン在住のオーボエ奏者の渡辺克也さんをズームでつなぎ、現代ドイツ政治の木戸衛一さん、MBSラジオの亘佐和子さん、上田崇順さん、文箭祥人さんとオンライン飲み会。
    西谷 正午過ぎからラジオ関西「ばんばひろふみ!ラジオ・DE・しょー」に出演。

    5月29日(金)
    矢野、栗原 翌30日で店仕舞いすることになった大阪市西成区のセルフたこ焼きBAR「IDUKO」へ。
    高橋 朝、和歌山放送ラジオ「ボックス」

    5月30日(土)
    矢野、西谷 午後、大阪・吹田市の「路上のラジオ」事務所でコラボ講演会「コロナ禍の裏で何が起きているのか」。コロナ感染拡大防止のため、先着20人限定。元市長の阪口善雄さん、樋口元義さん、志馬宏行さん、古田晴彦さんら読者の懐かしい顔。
    栗原 午前、リバティおおさかへ。「市民で支える大阪人権博物館の会」(リバティ応援団)代表の浅居明彦さん、足立須香さん、館長の朝治武さん、来場者らを取材。

    5月31日(日)
    栗原 リバティおおさか「最終日」。朝治館長らが来場者を出口で見送り、扉が閉まる場面に立ち会う。

  • 32面 うずみ火講座・うずみ火寄席・黒田さん追悼ライブ(文責・矢野宏)

    うずみ火講座
    大阪市を廃止する「大阪都構想」の賛否を問う住民投票について、松井一郎市長は、予定通り11月上旬に実施する考えを示しました。新型コロナの第2波も予想される中で、政令市を潰すとどうなるのか。一緒に考えませんか。
    維新政治に詳しい立命館大教授の森裕之さんを講師に招き、7月4日(土)に学習会を開講します。演題は「大阪都構想と二重行政のゴマカシを斬る」。
    大阪都構想といっても、大阪市を解体して財源や権限を大阪府に吸い上げ、「1人の指揮官(知事)」のもとでやりたい放題できる体制をつくるのが狙いです。大阪都にはなりません。
    会場は、「大阪を知り・考える市民の会」代表の中野雅司さんのご厚意で大阪市中央区谷町2丁目の「ターネンビルNo.2」2階をお借りします。
    【日時】7月4日(土)午後2時~
    【会場】大阪市中央区谷町2丁目の 「ターネンビルNo.2」2階・会議室(地下鉄谷町線「谷町4丁目駅」から北へ徒歩2分、「天満橋駅」から南へ徒歩6分)

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