新聞うずみ火 最新号

2024年3月号(No.221)

  • 1面~3面 新幹線延伸 支援より観光 2次避難者に退去迫る(矢野宏、栗原佳子)

    元日に発生した能登半島地震からまもなく2カ月。今も1万2000人を超える被災者が避難生活を余儀なくされている。先行きが見えない中で、体育館などの1次避難所からホテルや旅館に移った2次避難者の間に新たな不安が広がっている。宿泊施設からの退去を迫られているのだ。期限は早い人で2月末。「せめて集落に水が通るまでいさせてほしい」との願いは聞き入れられそうもない。「次に行くところが決まらない……」。戸惑いの声は切実だ。

    金沢市の繁華街・片町のあるホテル。現在、石川県珠洲市や能登町などで被災した約120人が身を寄せている。うち13人が、孤立集落となった輪島市門前町の深見地区から2次避難してきた住民だ。
     
    市の北西部、海岸沿いの山間部に位置する同地区は28世帯50人の農漁村。2007年3月の能登半島地震では震度6強を記録。土砂崩れで海岸沿いの道や林道が寸断され、全住民は船で避難した。土砂崩れの危険から唯一、集落への立ち入りが禁止され、住民の避難生活は11月まで続いた。
     
    「それでも比べものにならんくらい、今回の地震は半端なかったよ」と六田貞子さん(70)は振り返る。
     
    「最初に強い揺れがあり、2回3回と大きな揺れに突き上げられた。立っておられないほどの横揺れで、孫が危ないと覆いかぶさるのが精いっぱいでした。倒壊しなかったけれど、家の中はめちゃくちゃ」
     
    集落と外部をつなぐ2本の道路が寸断、地区は孤立した。
    ……

  • 4面~6面 「群馬の森」朝鮮人追悼碑 行政代執行 記憶・反省・友好消された(栗原佳子)

    県立公園「群馬の森」(高崎市)に設置された朝鮮人犠牲者を追悼するモニュメントが1月末、県の行政代執行で撤去された。管理する市民団体「『記憶 反省 そして友好』の追悼碑を守る会(以下、守る会)」の設置更新申請を県が不許可とし、処分の適法性が争われたが、県側勝訴が確定。国内外から「史実を伝える碑を守れ」という声が上がる中、県は「司法の判断に従う」「碑は公益に著しく反している」との姿勢を崩さなかった。広大な県立公園を全面閉鎖、非公開にして重機を入れ、碑の痕跡を消し去った。 
     
    「群馬の森」は旧陸軍岩鼻火薬製造所跡に整備された県民憩いの都市公園。敷地面積26㌶の森の奥に、追悼碑はひっそりたたずんでいた。打ちっぱなしのコンクリートにはめこまれたプレートには、日本語とハングル、英語で「記憶 反省 そして友好」の文字。碑の裏面には日本語とハングルの碑文があった。
     
    「20世紀の一時期、わが国は朝鮮を植民地として支配した。また、先の大戦のさなか、政府の労務動員計画により多くの朝鮮人が全国の鉱山や軍需工場などに動員され、この
    群馬の地においても事故や過労などで尊い命を失った人も少なくなかった/21世紀を迎えたいま、私たちは、かつてわが国が朝鮮人に対し、多大の損害と苦痛を与えた歴史の事実を深く記憶にとどめ、心から反省し、二度と過ちを繰り返さない決意を表明す/過去を忘れることなく、未来を見つめ、新しい相互の理解と友好を深めていきたいと考え、ここに労務動員による朝鮮人犠牲者を心から追悼するためにこの碑を建立する。この碑に込められた私たちの思いを次の世代に引き継ぎ、さらなるアジアの平和と友好の発展を願うものである」
     
    県は1月29日から2月11日まで群馬の森の全面閉園をHPなどで告知。周囲をバリケードで封鎖した。守る会の立ち合いも認めず、メディアも締め出し、29日朝から撤去作業に着手した。30日に朝日新聞がヘリを飛ばし、がれきの山を撮影した。
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  • 7面 宇部・長生炭鉱水没事故から82年 遺骨発掘へ「坑口開ける」(栗原佳子)

    山口県宇部市の海底炭鉱、旧長生(ちょうせい)炭鉱で1942年2月3日朝、水没事故が発生した。犠牲者183人のうち136人は、強制的に連れて来られた朝鮮人だった。遺骨はいまも海の底にある。事故82年となる3日朝、同市床波の長生炭鉱追悼ひろばで韓国の遺族を招いて追悼集会が開かれ、市民団体「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」の井上洋子共同代表はあいさつで「今年中に坑口を開ける」と決意を語った。
     
    事故は1㌔沖の坑道で起きた。天盤が崩壊して海水が侵入。違法な浅い層を掘ったことが原因の「人災」だった。太平洋戦争が始まって2カ月、石炭の量産が強いられ、無理な採掘が行われたという。特に当日は量産目標が掲げられた「大出し日」。事故直後、183人の労働者を残したまま、坑口はふさがれた。
     
    長生炭鉱は朝鮮人労働者が占める割合が、山口県の炭鉱9・3%(42年3月)に対し75%。「朝鮮炭鉱」とも呼ばれたという。出水を繰り返す危険な炭鉱で、地元の人たちは敬遠。39年には「募集」という名の朝鮮人労働者の強制連行がはじまった。
     
    戦後、91年、市民有志が「刻む会」を結成。犠牲者の故郷に手紙を送ったのをきっかけに92年、韓国で遺族会も発足した。市民の募金で2013年、追悼碑が完成。長生炭鉱の遺構ピーヤ(排気・排水口)を模し、片方を日本人犠牲者、もう一方は強制連行韓国・朝鮮人犠牲者とした。
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  • 8面~9面 愼蒼宇教授「関東ぢ震災虐殺の背景」㊦ 朝鮮民族の抵抗弾圧(栗原佳子)

    関東大震災時の朝鮮人虐殺はなぜ起きたのか。「殺してもいい」という意味を含む「不逞鮮人」像がいつ、どのように日本社会に形成されたのか。法政大学社会学部の愼蒼宇(シン・チャンウ)教授は朝鮮での「植民地戦争」とのかかわりを指摘する。植民地での軍事的暴力と現地の人々の抵抗を近年、植民地戦争と呼ぶ。軍事的に圧倒的に差があり、ジェノサイドが頻発するという。愼教授の講演『朝鮮人虐殺の歴史的背景を探る』の後編をお届けする。 
     
    日本では戦前、戦後という言葉が使われますが、その時の「戦」とは真珠湾攻撃、マレー半島侵攻以降のアジア太平洋戦争か、満州事変以降の「十五年戦争」が中心でした。しかし、台湾、朝鮮の植民地征服・支配下での戦時・準戦時の継続という観点からは、日清戦争以降は「五十年戦争」だと見ることができます。
     
    私は日本軍による朝鮮での軍事的暴力と朝鮮民衆による民族的抵抗を「朝鮮植民地戦争」と名付けています。一つ目は甲午農民戦争(1894~95年)です。東学という新しい民衆宗教に参集した農民が主体となり、最初は政権打倒を目的に蜂起しましたが、日清戦争を通じ日本が朝鮮を軍事的に占領する中、彼らは侵略に対する抗日行動を起こしました。3万~5万人が虐殺されました。
     
    二つ目は日露戦争下の民衆迫害(1904~05年)です。日露戦争が勃発すると日本は朝鮮王宮を攻撃し、軍事的に脅迫をしながら日韓議定書を締結させました。戦争協力を強制し、反発する民衆を激しく弾圧しました。
     
    三つ目は義兵戦争(1906~15年)です。1905年11月、日本は大韓帝国を保護国化。07年7月、ハーグ密使事件により高宗皇帝が退位させられ、8月に韓国軍が解散させられたことなどを機に朝鮮全土で武装蜂起が起きました。元兵士たちも義兵に加わりゲリラ戦を展開。9年にわたる日本軍の苛烈な軍事行動は事実上の朝鮮征服戦争となり、約1万7000人が殺害されました。
     
    3・1独立運動(1919年)は義兵戦争から4年後、朝鮮半島全土で起きた植民地期最大の民族独立運動でした。独立万歳を叫んだ民衆に降ってきたのは銃弾の嵐。短期間に7500人が殺害されました。
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  • 10面~11面 袴田巌さん再審公判 西嶋弁護団長亡くなる(粟野仁雄)

    1966年6月に静岡県清水市(現静岡市清水区)で一家4人を殺したとされた袴田事件の死刑囚袴田巖さん(87)。「主役なき」静岡地裁の再審公判は2月14日に8回目、15日に9回目が開かれた。連日の公判は初めて。14日の傍聴券は外れたが15日は当たった。
     
    最大の争点は、事件の1年2カ月後に警察が「味噌タンクから出てきた」とし、犯行着衣をそれまでのパジャマから突然、変更した「5点の衣類」である。警察が撮影した衣類の写真は血痕が鮮やかに赤い。弁護側は「14カ月も味噌漬けになって赤いはずがなく黒ずむはず。発見直前に捜査側がタンクに放り込んだねつ造」と主張している。
     
    この日午前、若い男性検察官が撮影条件で色が違って見えることを長々と説明するので違和感を覚えた。「血痕は赤くなかったが、撮影条件で赤く写ってしまった」と言いたいようだ。「1年2カ月味噌漬けになっても血痕の赤みが残る」との主張を方針転換するようにも聞こえた。 
     
    午後からの再開冒頭、笹森学弁護士が「裁判長」と手を上げ、検察に対して「赤みが残っているというのが前提ですよね」と確認した。検察官は「そうです」と答えた。  女性検察官は「麻袋(5点の衣類が入っていた)の代替品のティーバッグ」と言ってのけ、実物を見せるから驚く。どうしてポリエチレンの小袋が麻袋の代替品なのか。いかに味噌タンクと条件を同じにしたかを説明しながら、そんなところをさらりと流すのだ。検察は自らの実験で血液が酸化して黒ずむのを防ぐためにポリエチレンにして空気を抜き脱酸素剤まで入れた。「味噌タンクの底は酸素がなかった」と強弁する。
     
    最後は、弁護団で色調変化の検証に尽力してきた若い間光洋氏。「検察の赤みが残る抽象的な可能性を言っているに過ぎない」「通常は起こらない、赤みが残る可能性について科学的に立証すべき」などと明快に指摘した。
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  • 12面~13面 ヤマケンのどないなっとんねん 野党よ 独自で調べ訴えよ(山本健治)

    前に日本のGDPは近いうちにドイツに追い越され、世界第4位になると書いたが、実際にそうなった。大きさを競う必要はないから騒ぐ必要はないが、日本経済と産業の衰退をどうするか、真剣に考えなければならない時なのに、株価がバブル時代の最高値を超えたと喜んでいるのが一番の問題である。
     
    折しも国民の資産形成の後押しと称し、国が国民に投資を促す「新NISA」を始めた。国主導で資産バブルをあおるようなものである。それもあって株価はバブル以来の最高値となっている。バブルは必ず破綻する。
     
    日本の経済と産業が衰退の瀬戸際に立っているのに、またオーバーツーリズムで大変なことになっているのに、観光立国=インバウンド6000万人、万博・バクチIRで経済回復などと政府・財界、大阪府・大阪市は浮かれている。南海トラフ地震が起きたら津波で水没する。
     
    政治はもっとひどい。裏金と旧統一教会がらみでどうしようもない。国民は岸田首相と自民党に完全に「ノー」を突きつけている。支持率はさらに低下し、いつ退陣に追い込まれても不思議ではない状態だが、「へらへらへー」答弁を繰り返している。
     
    自民党は、いいかげんな裏金調査を公表して終わりにしようとしている。岸田首相は旧統一教会との関係について写真が出てきても、元アメリカ下院議長と会っただけで、傍の人物は知らないと言い抜けし、さらに関係書籍を持っている写真を公表されても、本を持っているところを撮影されだけだと言い張り続ける首相に、国民はほとほとあきれかえっている。
     
    しかし国民は自民党にノーを突きつけているだけではない。野党に対しても不信を募らせている。与野党の関係はシーソーゲームで、首相と自民党の支持率が下がれば、野党の支持率が上がっていいはずだが、ほとんど上がらない。野党がだらしないからである。これだけ材料があっても攻めきれず、退陣に追い込めないからである。自分たちの独自調査で攻めるのではなく、新聞や週刊誌の報道で追及しているからである。
     
    裏金議員のほとんどは松野、西村、萩生田、西村、高木、世耕ら「5人衆」と呼ばれた幹部をはじめとする安倍派で、「日本を美しい国にする」「道徳教育を強化する」と言ってきたのに、腐敗し汚れきった政治家たちである。アイヌや在日の人たちを「公金チューチュー」と揶揄しながら、自分は政党交付金という公金をチューチューするだけではなく、裏金もチューチューしている議員たちである。
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  • 14面~15面 世界で平和を考える ウクライナ最新報告⑤(西谷文和)

    (前号まで)2023年10月、南部の激戦地ヘルソンに入った。市の中心をドニプロ川が流れていて、川の西岸にウクライナ軍、東岸にロシア軍が塹壕を掘っており、互いにミサイルを撃ち合っている。誰もいなくなった繁華街、ガランとした大通りにズシーン、ズシーンとロケット弾の炸裂音が響く。穴の空いたビル、分厚い壁のシェルター、通りに散乱したガラス片、ときおり通行人とすれ違うがほとんどが老人。「もうここで死んでもいい」と、覚悟を決めた住民だ。前号では「ロシアのミサイルで破壊されたウクライナの支配地域」を紹介した。今回は「ウクライナのミサイルで殺されたロシア兵」を取り上げる。
     
    10月9日、休暇中のウクライナ兵士を雇って、軍用車でヘルソン市内を突っ走る。道路がところどころ破壊されているので、普通車での通行は避けた方がいい。それに加えて兵士が同乗していると、検問所を通過しやすい。月曜日の午前10時半、ヘルソンの目抜き通りを行く。通行人も行き交う車もほぼゼロ。果たしてこの街に人々が帰ってこれるのはいつになるのだろうか?
     
    ヘルソン市を抜けて、西へ車で半時間、ビロゼールカ村の入り口に1階がカフェ、2階が民宿になっていた建物があった。今から2年前、戦争初期にロシア軍は東のドネツク、ルハンシク州からやって来た。まず州都のヘルソン市を占領し、国道を西へ西へと進んでいった。ヘルソンに続いて主要都市ミコライウを落とし、さらに西へ進軍してオデッサを落としてしまえば、黒海周辺の都市は全てロシアのものになる。首都キーウの陥落に失敗したロシア軍だったが、黒海を全て押さえてしまえば、ウクライナを兵糧攻めにできる。ウクライナといえば小麦とひまわり油。歳入の大部分を占める穀物を輸出することができないと、ウクライナ経済は大ピンチ。そうなれば抵抗する人々は悲鳴をあげるだろう。これが当時のプーチンの戦略。なのでヘルソン市郊外のビロゼールカ村はすぐに陥落してしまった。そしてこの民宿はロシア軍兵士の駐屯地となった。
     
    22年夏から秋、ウクライナ軍の反撃が始まる。アメリカが供与したハイマースミサイルは射程が約80㌔と短いものの、的確に相手基地を攻撃し、その破壊力は凄まじいものだった。ヘルソンを失ったウクライナ軍は、西側のミコライウに集結し、徐々に東へ東へと陣地を回復していく。そしてついにこの民宿がハイマースの射程距離に入った。
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  • 16面~17面 フクシマ後の原子力 自然を畏怖 復興への遺言(高橋宏)

    元日に発生した能登半島地震。孤立集落が解消し、仮設住宅の建設など少しずつ復興に向けた歩みが始まったものの、今も約1万2000人(2月20日現在)が避難生活を余儀なくされている。そして日を追うごとに被害の甚大さが明らかになってきた。それに伴い、志賀原発について国や北陸電力が、特に能登半島北側の断層活動に対していかに甘い想定をしてきたかも露呈した。
     
    地震列島の日本で、原発を稼働させることがいかに危険であるかが、改めて問われている。福島第一原発事故で私たちはいやというほど、それを思い知らされたはずなのだが……。不幸中の幸いだったのは、志賀原発が停止中で、珠洲市に計画されていた原発建設が凍結していたことだ。もし能登半島で計4基の原発が稼働していたら、どのような事態になっていたかを想像してみてほしい。
     
    原発の問題だけではない。巨大地震の発生でライフラインが寸断された時の対応も、過去の教訓が生かされているとは言い難かった。初期の避難所の状況は、29年前の阪神・淡路大震災からどれだけ改善されていただろうか。国や自治体がどこまで本気で防災や減災に取り組んできたのかを、私たちは検証する必要がある。
     
    何よりも、この国が人々の命や暮らしを優先しているのか否かを見極めねばならない。能登半島の人々に救いの手を差し伸べることが最優先であるはずなのに、防衛費の倍増を改めることなく、万博計画を中止しようともしない。岸田文雄首相をはじめ、万博を推進したい人々は「復旧復興に支障をきたす事態は認識していない」と主張する。だが、万博会場の建設に注ぎ込まれている人、金、資材を能登半島に向ければ、どれだけ復旧復興が早まるかは火を見るより明らかだ。
     
    1月30日、和歌山市であるドキュメンタリー映画の上映会があった。2019年に凶弾に倒れた中村哲医師の、アフガニスタンとパキスタンでの35年にわたる活動を追った『荒野に希望の灯をともす』(谷津賢二監督)だ。中村医師については、戦争と平和の文脈で語られることが多い。私自身も「歩く日本国憲法」と位置づけ、平和のあり方を示す象徴として講義や講演で中村医師を紹介してきた。
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  • 18面 上脇教授「自民党派閥の裏金」 政党助成金廃止すべき(矢野宏)

    自民党派閥の政治資金パーティーをめぐる裏金を告発した神戸学院大の上脇博之教授を講師に招いた「うずみ火講座」が2月18日、大阪市北区のPLP会館で開かれた。演題は「刑事告発した教授がみた自民党の『裏金』」。上脇さんは「パーティー券は事実上の企業献金。政治資金パーティーをやめ、政党助成金を廃止する真の政治改革が必要だ」と訴えた。
     
    発端は2022年10月、「しんぶん赤旗」日曜版記者からの電話だった。収支報告書に記載されていないパーティー券収入があるという。1回のパーティーにつき20万円を超えると記載しなければいけない。上脇さんは政治団体側と派閥側の収支報告書を突き合わせ、自民党の五つの派閥で18年から5800万円の不記載があったことを突き止め、11月から23年1月にかけて告発状を書いた。
     
    「不記載は1件や2件ではない。五つの派閥が毎年同じように書いていない。党内で手口が大なり小なり蔓延していて、ほぼ共通する。どう考えても単純ミスではなく、組織的。明細で20万円を超える金額を見落とすことはあり得ない。あえて書かないということは、裏金が作られているのではないか。ただ、『裏金がある』と告発しても受理してくれないので、とりあえず20万円を超えた分の不記載で刑事告発して、最後に『どうも裏金が作られている可能性があるからそこも捜査してください』と付記しました」
     
    「キックバック」をめぐる問題について、上脇さんは「私は『持ち逃げ』と呼んでいますが、キックバックで裏金を作って公職の候補者である国会議員にお金を渡したとなると、寄付にあたります。寄付が選挙資金の場合、公職選挙法に基づいて収支報告をしなければならず、選挙以外の政治活動のために政治団体が公職の候補者個人に寄付をすることは違法です」
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  • 19面 久保元校長が陳情書 市特別顧問の教育介入(矢野宏)

    2021年4月にコロナ禍の教育施策をめぐり、当時の大阪市長らに提言書を送り、文書訓告処分を受けた元市立小学校長の久保敬さんが教育行政の改善を求める陳情書を大阪市議会に提出、2月19日の教育こども委員会で、市特別顧問が市教育委員会に指示・命令している実態が追及された。陳情書は維新の反対多数で不採択となったが、多田教育長は「市特別顧問に決定権があるかのように誤解を与えた実態については見直していく」と表明した。
     
    この市特別顧問は、元市教育委員長の大森不二雄・東北大教授。文部官僚時代、ゆとり教育を否定する「『ゆとり教育』亡国論」を出版、学力向上を目指す教育改革試案を提示した。12年11月に大阪市教育委員、翌13年11月に市教育委員長に就任し、大阪市の「学校選択制」や「全国学力調査の学校別成績公表」などを先導した。16年4月に当時の松井市長に委託され市特別顧問に就いている。
     
    久保さんは22年3月に退職したが、支援者らから「文書訓告処分に反論することなく放置すると今後の学校教育に悪い影響を及ぼす」との指摘を受け、23年2月に大阪弁護士会に文書訓告取り消しを求めて人権侵害救済を申し立てた。
     
    久保さんを支援する市民団体「ガッツせんべい応援団」が処分決定の背景を調査するため、情報公開請求で大森氏が市教委とやりとりした130件のメールを入手。開示された1123枚の文書を調べたところ、直接指示・命令できないはずの大森氏が市教委幹部に指示を出していた実態が明らかになった。
    ……

  • 20面 水野アナ「ガザ支援朗読ライブ」 金子みすゞの世界堪能(矢野宏)

    元毎日放送アナウンサー水野晶子さんによる「国境なき医師団を支援する朗読ライブ」が2月3日、大阪市北区のPLP会館で開かれ、香川県から駆けつけた夫妻ら40人が参加した。水野さんが三味線を弾きながら「幻の童謡詩人」金子みすゞの詩「私と小鳥と鈴と」「大漁」などを朗読し、26年の短い生涯を紹介した。
     
    水野さんは毎日放送退社後、フリーアナウンサー・朗読家として活動している。イスラエル軍によるガザ侵攻に心を痛め、何か小さなことでもいいからやれることはないだろうかと考え、いのちの最前線で力を尽くす「国境なき医師団」を支援するため、金子みすゞの詩と生涯を朗読で伝えるチャリティ朗読ライブを企画、新聞うずみ火が主催した。
     
    金子みすゞ(本名テル)は1903(明治36)年に山口県仙崎村(現長門市仙崎)で生まれた。古くから捕鯨の村で、「鯨墓」がある。
     
    「小さな命を慈しむ思い、優しいまなざしはこの故郷で育まれたのでしょう」
     
    みすゞに関するクイズを出したり、詩を読んでもらうなど、客席と一体となったライブ。水野さんは、三味線を弾きながら、代表作「私と小鳥と鈴と」を朗読した。
     
    私が両手をひろげても、お空はちっとも飛べないが……
    鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい
     
    西條八十に激賞されながらも、文学に理解のない夫から創作を禁じられたみすゞは、病気、離婚と苦しみが続いた。前夫から娘を奪われないために自らの命を絶つ。
    ……

  • 20面 東京で4・3ライブ 朴保さんら出演(矢野宏)

    「チェジュ4・3を唄う」ライブが4月13日午後3時~東京都台東区の泪橋ホールで開かれ、在日コリアン2世のミュージシャン、朴保(パク・ポー)さんらが出演する。
     
    済州島4・3事件は1948年4月3日、南側単独選挙の強行に反対した島民蜂起をきっかけに、李承晩支持派が引き起こした島民虐殺事件。
     
    朴さんに出演を依頼した千葉県柏市の岡田敬さんは「日本が朝鮮を植民地支配して解放後、米ソによって南北が分断されたことを考えれば、日本も無関係ではありません。犠牲者への追悼、日本の方にも4・3事件を知ってもらい、考えてもらえれば、と。いつの日か、平和的方法で南北統一がなされることを願ってやみません」と話している。
    ・料金2500円+オーダー
    ・問合せ・申込は、03・6320・4510

  • 21面 ドキュメンタリー映画「戦雲」 要塞化される島々記録(栗原佳子)

    沖縄本島、与那国島、宮古島、石垣島、奄美大島ーー。美しい南西諸島で進む急速な軍事要塞化の現状を描いた「戦雲」(いくさふむ)が3月16日から大阪・第七藝術劇場などで公開される。「標的の村」「沖縄スパイ戦史」などの作品で知られる三上智恵監督の6年ぶりの新作。「今からでも遅くはない。共に目撃者となり今という時代を背負う当事者になってほしい」と願う。
     
    三上監督は毎日放送アナウンサーを経て1995年、開局した琉球朝日放送に移籍。キャスターを務めながらドキュメンタリー番組を制作、2013年には映画版「標的の村」で映画監督デビューした。翌年、フリーに転身、「戦場ぬ止み」(15年)、「標的の島 風かたか」(17年)、大矢英代さんとの共同監督作品「沖縄スパイ戦史」(18年)を発表、沖縄が置かれた理不尽な状況を伝えてきた。
     
    三上監督は15年から南西諸島の自衛隊配備問題を取材。「戦雲」は島々で何が起きていたのか、丹念に追いかけてきた8年の記録だ。22年には、台湾有事を想定した日米共同軍事演習「キーン・ソード23」、安保3文書の内容から、九州から南西諸島を主戦場とし、島民の犠牲を事実上覚悟した防衛計画が露わになった。
     
    「いま全国の空港・港湾の軍事拠点化と兵站基地化も進んでいます。沖縄だけの問題ではありません」
    ……

  • 21面 沖縄狂想曲 関係者50人に取材(栗原佳子)

    名護市辺野古の新基地建設問題、米軍ヘリ墜落事故、遡ればコザ暴動、由美子ちゃん事件ーー。沖縄を巡る現実に切り込んだドキュメンタリー映画「沖縄狂想曲」が大阪・第七藝術劇場、アップリンク京都などで上映されている。
     
    原発問題を描いた「朝日のあたる家」の太田隆文監督が「ドキュメンタリー沖縄戦」「乙女たちの沖縄戦」に続き、基地問題をテーマに関係者約50人に取材を重ねた。「最低でも県外」から「辺野古」に回帰した鳩山由紀夫元首相も〝真意〟を明かしている。詳しくは公式サイト。

  • 22面 経済ニュースの裏側 財政規律のなさ気がかり(羽世田鉱四郎)

    最終回になりました。参考にした資料をご紹介します。
     
    日本経済全体の把握 経済産業省が発行している「経済財政白書」。最新の令和5年版では、1955年から2022年までの統計数字が網羅されています。GNP(国内総生産)、GNI(国民所得)、消費支出、設備投資、輸出入、物価(企業、消費)、国債発行残高など。総務省が発行している「財政白書」も加味してください。財務省のHPでは、以下の項目が検索できます。「国際収支統括表(暦年・半年)」(1996年以降)、「サービス収支統括表(暦年・半年)」(96年以降)、「外貨準備等の状況」、「本邦対外資産負債残高表」、「国債及び借入金並びに政府保証現在高」、「普通国債の利率加重平均の各年ごとの推移(昭和50年度末以降)「国有財産の現在額」など。
     
    金融の流れ 引用が多かったのは、日本銀行が発表する「資金循環表」。「参考図表」がわかりやすいかと。「2023年第三四半期」の分でご紹介します。「部門別の金融資産・負債残高」(23年9月末)では、左辺に「国内非金融部門・負債(資金調達)」があり、(家計)は386兆円が記載されています。借金です。右辺では「国内非金融部門・資産(資金運用)」が記載され、(家計)は2121兆円の資産があり、うち半分の1113兆円が「現金・預金」です。あるところには、資産があるのですね。同じ頁の下辺に、「本邦対外債務」1027兆円、「本邦対外債権」1500兆円が記載されており、その差額473兆円が、日本の対外純資産です。公表数字では、日本が世界一の金持ちとのこと。ただし、国債発行残高は23年末で1043兆円。我が国の人口を1億2千万人とすると、赤ちゃんも含めて1人当たり、資産が2000万円弱、うち預貯金が1000万円近くです。政府の債務残高は23年末で、借入金なども含めて1286兆円。地方債なども含めると、1人当たりの借金は1000万円を超えます。財政規律に無頓着な政権と官僚。借金(国債、地方債、借入金など)と預貯金を相殺する「預金封鎖」が念頭にあるのでは? と邪推したくなります。
     
    その他 株式の動向などは、東京証券取引所が発表する「投資部門別売買状況」「投資部門別 株価指数先物取引状況」などが参考に。最も影響を受けたのは、月刊誌「選択」。特に、海外事情のインサイドレポートは大いに参考になりました。大半は、現役のジャーナリストが執筆したもの。駐在員、特派員は、当然のことながら、この程度の知見を持ち合わせているかと。ニュースや記事として形になるのは、ごくわずかです。
     
    私の職歴 大手繊維メーカーの内定を辞退し、知人の紹介で、小規模の広告代理店に入社。6年後、経営不振で生保に転職しました。入社した生保が財閥系であることも気づかないほど、経済知識が皆無でした。法人営業、融資営業、融資審査、法人関連スタッフを経て、再び法人営業、融資営業に戻り、5年余りベンチャー投資に専念し、定年を迎えました。その後、証券印刷の会社で営業顧問。生保に在職中は、法人開拓、融資開拓などの社内教材の作成にも従事し、退職後は、業界紙(経産省の外郭団体)に寄稿を求められて連載も。2016年1月から当コラムを執筆、身勝手な私論を展開して今日に至りました。ご拝読、ありがとうございました。

  • 23面 会えてよかった 小底京子さん①

    小底京子さんに取材を
     お願いしたのは
     2023年11月7日と21日、沖縄
    愛楽園交流会館で小底さんに取材さ
    せていただくことになった。
     ハンセン病のことにも向き合わね
    ばと思うようになってから、これま
    で交流会館学芸員の辻さん、鈴木さ
    んにお話をうかがい、「会えてよか
    った」に掲載した。しかし愛楽園入
    所者の方にお話を聞かせていただく
    のは、小底京子さんが初めてである。
     私は、彼女の入所前後のこと、1
    年前に自治会長を引き受けたことな
    どをお聞きしたくて、取材をお願い
    した。
     これまで生き抜いてこられた彼女
    の人柄やハンセン病に対する差別に
    ついて、読者のみなさんに伝えるこ
    とができたらと考えている。
     全国の国立ハンセン病療養所で
    ……

  • 24面 日本映画興亡史 千本組異聞⑨(三谷俊之)

    大正デモクラシーという光芒は、関東大震災の未曾有の地震と、続いた炎火の戒厳令のなかで一瞬に消失する。大杉栄ら無政府主義者、そして朝鮮人が虐殺された。『断影大杉栄』を書いた竹中労は、大杉と伊藤野枝、6歳の甥・宗一らを虐殺し、古井戸に投げ込んだのは、陸軍憲兵大尉だった甘粕正彦ではないと断じている。「クラシック音楽とアメリカ映画を愛し、西洋煙草とウィスキーを好んだ甘粕は、箙(えびら)に花を刺したい男であり、またその花を隠したい男だった」と記す。
     
    また『甘粕正彦 乱心の曠野』を著した佐野眞一も、当時から事件の背後関係を疑う見方は絶えず、甘粕は実行犯ではなく、「軍のスケープゴートを担ったという見方は、いまでは定説になっている」(同著)という。
    ……

  • 25面 坂崎優子がつぶやく

    『セクシー田中さん』の作者である漫画家の芦原妃名子さんが亡くなられました。芦原さんが、ドラマ化の裏で起こっていたことをつづったX(旧ツイッター)の投稿(その後削除)をリアルタイムで読んでいたので、訃報はショックでした。
     
    芦原さんとドラマ制作側とのトラブルを、初めに明らかにしたのは脚本家でした。自身のインスタグラムに、原作者が自分で脚本も書きたいと最後の2話を書いたことに加え、「こんなことが二度と起こりませんように」と投稿しました。その後、芦原さんがそれに呼応するかのように、Xに詳しく経緯を書きました。
     
    脚本家のインスタに対して、同業者からは「最後に物語が変わってしまったのはそのせいか」など同調するコメントも寄せられていたので、それらを芦原さんが読んだとしたら複雑な思いだったと思います。
     
    「原作に忠実に」という約束が反故にされ、作品を守るために不慣れな脚本まで書いた結果が報われなかったとしたら、しんどいことだったでしょう。ちなみに脚本家は何も聞かされていなかったそうで、自身の不用意な投稿を謝罪し、インスタのアカウントを削除しました。
     
    今回のトラブルの全責任はドラマのプロデューサー、もっというならテレビ局にありますが、日テレはひとごとのようなコメントを出しただけで、逃げている印象です。小学館は「編集者一同」ながら、踏み込んだ声明を発表しました。
     
    訃報を機に、マンガ家やテレビ局のプロデューサーが自分の経験をもとに思いを発信していて、表現方法が異なる両者が組む難しさを感じます。ただ一つ言えるのは、安易にマンガを映像化してきた弊害が出ているということです。
    ……

  • 26面~30面 読者からのお手紙&メール(文責・矢野宏)

    たまたま帰省中の
    二男家族に一安心

      奈良県五條市 岩井恵照
     能登半島地震の傷跡は深く、なかなか癒えませんね。実は、二男家族が石川県野々市市に住んでいます。地震発生の元日は西吉野に帰省中でした。 3台の携帯電話のアラームが鳴り出し、テレビをつけると津波警報などが放映され、大変な状況でした。でも目の前に息子夫婦、孫がいるので安否確認する必要がなく幸いでした。「予定通り3日に石川に戻る」というので道中を案じましたが、問題なく帰宅。家の中もさほど変わりなく、元気に暮らしているようです。
     2022年夏に引っ越しするまでは金沢市内に住んでいました。引っ越し先の候補に、内灘町もあったとか。新聞うずみ火2月号の被災地ルポ「液状化現象うねる町」を読み、驚きました。被災された方々に安らかな日々が早く訪れますようにと念じています。
     うずみ火に同封されていた大分県のJR津久見駅で発生した視覚障害者の死亡事故の原因究明と安全対策、駅無人化の中止を求める署名、知人にも協力してもらったので送ります。交通事故で亡くなった夫も「視覚障害がなかったら事故を回避できたのでは……」との思いはぬぐえず、ひとごとではありません。
     (元日、能登半島の実家に帰省中に地震に見舞われた悲劇がある一方で、奈良に帰っていて地震被害をまぬがれたケースもあったのですね。署名にご協力くださり、ありがとうございました)

    ……

  • 27面 車イスから思う事 高齢者の運転ミス(佐藤京子)

    最近、気になることがある。メディアでよく目にするようになった高齢者ドライバーの運転ミスだ。車の事故はどんなに注意していても起こることだと、心にとどめておくことが大事だろう。事故のニュースを見ると、60代は高齢者とは呼ばないで、70代になると高齢者としているようだ。今までは高齢者とひとくくりにしていたが、最近は名前や年齢も報道されるようになった。
     
    事故原因でよく耳にするのが、アクセルペダルとブレーキペダルの踏み違いだ。これは運動能力の低下も伴っているのではないかと思う。ざっくり分けると、アクセルとブレーキを踏み間違えパニック状態になって事故を起こすケースと、自分が何をしているのか分からなくなり、それでもペダルを操作しているケース。
     
    自分はどうなのか、振り返ってみる。運転は好きだが得意ではない。一般ドライバーと比べてもまあまあだと思っている。これまで自分がハッとしたのは、ギアを入れた時、後ろに下がるはずが前にスッと車が動いた時だ。何をしているのかと考えるより早くブレーキを踏んで停車した。意識が後ろに走ることだけに集中して、それが前に車がジワリと動いた時は、ドキリとした。起きたことに反応する運動能力が意外と良かったのか。車の構造で、アクセルとブレーキの取り付け位置には高さに違いがある。踏み間違えて操作をするのは無理がある。
     
    運転免許証の返納時期も考えなくてはいけない。自分ではまだ大丈夫だと思っていても安全運転には程遠い状態で運転している人も見かける。歩くことが不自由で運転をやめられないとのインタビューを見たが、確かにそれもそうだ。
     
    運転を止めることで生活できにくくなるまで止めろというつもりはない。どの運転手も止め時に困っているのではないか。そして、街をもう一度見回してみると、高齢者の割合が確実に増えている。悲しい事故はなくさないといけない。
     

  • 28面 絵本の扉「かいじゅうたいのいるところ」(遠田博美)

    1963年にアメリカで出版されたこの絵本の題名は『Where The Wild Things Are』。「かいじゅうたちのいるところ」です。作者のモーリス・センダックは28年、ニューヨーク・ブルックリンのゲットー生まれ。ミッキーマウスが好きで、少年の頃に見たディズニーのファンタジアに引かれ、イラストレーターとしてスタートしました。
     
    表紙は、ジャングルのような木の下で、角の生えた怪獣が眠っており、入り江にはヨットが停泊しています。ページをめくると、男の子マックスが、恐ろしい形相で怪獣を威嚇しています。
     
    ある晩、マックスは、オオカミのぬいぐるみを着て大暴れ。ママに怒られても、「おまえをたべちゃうぞ!」と言い返す。とうとうマックスは、夕ご飯抜きで寝室に放り込まれてしまう。ところが、その部屋に木がにょきにょきと生え出し、森のようになる。そこへ波が打ち寄せ、マックスはヨットに乗り込み、長い航海に出る。着いたのは「かいじゅうたちのいるところ」。 こわいかいじゅうたちがものすごい声を上げている。マックスは負けずに「しずかにしろ!」と一喝。かいじゅう慣らしの魔法で彼らを従え、王様になる。彼らも「こんなかいじゅうみたことない」と恐れる。王様マックスとかいじゅうたちの様子が絵だけで6ページも続くが、ずっと不機嫌だったマックスは誇らしげな笑顔になり、かいじゅうたちも楽しそうに歌い踊る。
     
    ひとしきり遊んだあと、かいじゅうたちはひと眠り。すると、マックスは途端に寂しくなる。その時、遠い世界の向こうからおいしそうな匂いが……。「帰らないで!」とすがるかいじゅうたちを振り切り、マックスはまた船旅をし、寝室に戻る。その時、マックスが見たものは何だったと思いますか。
     
    マックスの表情の変化がうまく描写され、かいじゅうたちもどこか愛嬌があります。物語を聞く子どもたちもマックスと同じように物語の中に入っていけます。イタズラして大暴れの子どもが最後にたどり着くのはどこなのか。読み手の私は、マックスより少し離れたところからいつも彼を見つめている誰かさんかも知れません。

  • 30面 編集後記(矢野宏)

    能登半島地震取材で被災地に入る際の必需品が紙おむつ。下水道被害でトイレが使えない地域が多い。町内には仮設トイレも設置されているが、外からやって来た者が使うのは申し訳ない。これまでの2回は金沢市を中心に動いたため、幸いにして紙おむつを使用することはなかったが、輪島市から金沢市内のホテルへ2次避難していた被災者と紙おむつの話になった▼北陸新幹線の延伸開業に伴い、2月末(後に3月15日に延長)までの退去を迫られているが、県外になるようなら自宅に帰り、再び地元の避難所に入るという。仮設トイレはあるものの数は足りず、以前は紙おむつで避難生活を送っていたというが、「また履くのは嫌やな」と嘆息をこぼした。そんな矢先、県が発表した2024年度予算案に大阪・関西万博の関連予算として1000万円を計上されたことが判明。日本維新の会の顧問でもある馳知事は、記者会見で「馬場代表をはじめ、松井さん、吉村知事、また橋下さんと古い友人です」と述べ、物議をかもしている▼被災者をもっと怒らせたのが、大阪・関西万博の2億円トイレ。会場の夢洲に40カ所のトイレが新設される計画だが、8カ所が若手建築家の設計による「デザイナーズトイレ」。うち3カ所が2億円のトイレ。江戸時代初期、大坂城再建のための石垣用に切り出されながら使われなかった「残念石」をトイレの柱に使うのだという▼仮設トイレは1基20万円ほどだから、2億円トイレを1カ所断念すれば被災地に1000基贈ることができる。しかもいずれ撤去される万博の上下水道整備費が128億円やて。もうやめにしませんか。 

  • 31面 うもれ火日誌(矢野宏)

    1月11日(木)
     矢野 午後、大阪市此花区の此花会館で開かれたJR西日本労働組合の新春旗開きで挨拶し、生野区のKCC会館へ。元イスラエル兵士のダニー・ネフセタイさんの講演会で、趙博(チョウ・パク)さんが歌を、矢野が「南西諸島の要塞化」について報告。
    1月12日(金)
     夕方、三重テレビ報道制作局長の小川秀幸さんが関大での講義を終えて来社。夜、毎日放送ディレクターの亘佐和子さんが白ワインを持参し、翌日の「塚﨑昌之さんを偲ぶ会」の打ち合わせ。
    1月13日(土)
     午後、北区の市立総合生涯学習センターで「塚﨑塾」による偲ぶ会。塚﨑さんが2019年9月の「うずみ火講座」で講演した際のDVD「韓国はなぜ『徴用工』問題にこだわるのか」を上映。二次会に連れ合いの大田季子さんが。
    1月15日(月)
     矢野 午後、大阪コロナホテルで開かれたJR貨物労組関西地方本部の学習会で「自民・維新の棄民政治を許すな」と題して講演。
    ……

  • 32面 うずみ火講座 大丈夫か志賀原発 万博の最大の課題は地震(矢野宏)

    次回の「うずみ火講座」は3月9日、京大複合原子力科学研究所(旧京大原子炉実験所)研究員の今中哲二さんを講師に迎え、パレスチナやウクライナのこと、地震による原発事故などについて語ってもらう。
     
    東京電力福島第一原発事故から13年。岸田政権は原発再稼働推進、運転期間の延長を打ち出したが、能登半島地震が発生。地震大国の日本で原発がいかに危険か突きつけた。北陸電力志賀原発は大丈夫なのかも含め、今中さんがわかりやすく解説する。
    日時:3月9日(土)午後2時半~
    会場:大阪市北区のPLP会館
    資料代:1000円

     
    能登半島地震の被災地復旧に向けて大量の資機材、人手が必要となる中、大阪・関西万博を中止すべきとの声が上がっている。
     
    大阪日日新聞退社後も万博・カジノ問題を精力的に取材しているジャーナリストの木下功さんを再び講師に招いて「万博 最大の課題は地震」と題して講演してもらう。
    日時:3月30日(土)午後2時半~
    会場:大阪市天王寺区のクレオ大阪中央の研修室2
    資料代:1000円


    今年も恒例のお花見集いを開催します。4月6日(土)正午から場所は未定です。新聞創刊以来、大阪城公園西の丸庭園で開いてきましたが、広げたシートの上で長い時間座っていると足が痛くなるので、他の場所での開催を考えています。「隠れた桜の名所」をご存じないですか。
     
    場所が決まり次第、来月号はもちろん、新聞うずみ火のホームページでもお知らせします。
     
    当日、お弁当や飲み物は各自でご用意ください。折りたたみの椅子などがあればご持参ください。初参加も大歓迎です。

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