新聞うずみ火 最新号

2020年6月号(NO.176)

  • 1面~3面 大阪市立十三市民病院がコロナ専門「突然の決定 現場は悲鳴」(矢野宏)

    大阪市淀川区の市立十三市民病院が新型コロナウイルスに感染した中等症の患者を受け入れる専門病院として、大型連休明けから本格的に稼働を始めた。松井一郎市長による突然の方針発表に病院は大混乱となる。病院全体がコロナ専門病院となるのは全国でも稀なこと。3週間足らずで100人を超える入院患者を転院させ、不安と戸惑いを抱えながら受け入れ準備に奔走した医療従事者らを襲ったのは、コロナ差別だった。

    十三市民病院は、阪急神戸線の十三駅と神崎川駅のほぼ中間に位置する中規模総合病院。263床ある結核の指定医療機関で、地方独立行政法人「大阪市民病院機構」が運営している。内科や糖尿病内科、小児科、外科など17科を備えていた。特に、産婦人科は母乳による育児指導に定評があり、年間600の分娩を扱っていたという。

    大型連休明けの7日。鉄筋コンクリート9階建ての病院に出入りする人はほとんどいない。正面玄関は閉鎖され、外来診察休止を知らせる大きな張り紙が掲げられていた。道路向かいに並ぶ処方薬局はどこも閑散としていた。

    コロナ専門病院になる発端は、4月14日に大阪府庁で開かれた新型コロナの予防ワクチンなどの研究開発会合。大阪府や市、各医療機関の代表が参加した席上、医療の専門家から「無症状や軽症者にはホテルが用意され、重症患者向けの準備も進んでいるが、問題は中等症患者への対応だ」との意見が出た。中等症とは酸素吸入が必要なやや重い症状のこと。この席上、松井市長が大阪市民病院機構の理事長に対し、十三市民病院を受け皿とするよう指示したという。

    病院との事前調整はなかった。院長ら医療関係者はその日の夕方のニュースで知った。このトップダウンの決定に患者から戸惑いの声が上がる。電話での問い合わせが殺到して、電話がつながらない状態が続いた。

    入院患者は130人に上っており、通院患者は1日平均500人、分娩予定も280件入っていた。

    病院には5月1日に運営開始というロードマップが示された。医師や看護師、医療スタッフ、事務職員らは不安を抱えながら準備に奔走する。4月16日には初診外来と救急診療を中止し、24日には外来診療を終えた。

    大変だったのが、患者を転院させることだった。

    匿名で取材に応じた医療関係者は「地獄のような毎日でした」と振り返る。

    「長く通院している患者さんの中には泣き出す人、怒る人もいました。がんの手術を予定していた患者さんも移ってもらうしかなく、ただでさえしんどい抗がん剤治療をしている患者さんも自宅から遠い病院を紹介せざるを得ない状態でした。また、末期がんの患者さんにも負担をかけねばならず、みなさんの気持ちを思うと心苦しく、医師も看護師も泣いていました」

    松井市長は記者団に「医療崩壊を起こさないためにも中等症専門病院はどうしても必要。スピード感を持って進めていく。入院患者には周辺の病院を手配し、行き場所をなくすようなことは絶対にしない」と語った。だが、すべての患者に周辺病院への紹介状を書き、転院調整を行ったのは病院。松井市長が医療現場に防護服が不足していると、市民に雨がっぱの提供を呼びかけた時もそうだが、打ち上げた後は知らん顔。寄せられた30万着分の仕分け作業に追われたのは市職員だった。
    ……    


     

  • 4面~11面 読者からのお手紙&メール「コロナ特集」(文責・矢野宏)

    社員は会社の翼
    飛躍見据え守る

    大阪府高槻市 松ひろき
    10年前のリーマンショックの時は一気に売り上げが半減し、3カ月続きました。そして、少し戻りつつも、何とか行けると実感するまで9カ月かかったと記憶しています。今、私が経営している運送屋の現場(長距離・自動車部品、近距離・一般雑貨)では、リーマン時の一気減はなかったものの、秋の消費増税から減収が始まり、緊急事態宣言下の4月では前年と比べて21%ダウンとなっています。

    リーマンは米国の経済政策失敗から波及した世界的な恐慌であり、原因がはっきりとしていたため、1年以内に結果が出ました。しかし、今回はまったく出口が見えない状況です。

    5月に入り、20人の社員のうち9人に休業を告げています。特にドライバー不足といわれている時なので、「社員の雇用を守る」「翼は捨てない」が今の心境です。

    小さな会社の経営者とは忙しいもので、野球に例えると、ある時はプレーイングマネジャーとして現場に出たり、グランド整備や着ぐるみを被っての営業活動をしたり、本来の球団社長の仕事もこなさなければなりません。

    お客さん(ファン)は選手のプレーに期待して入場料を払って来てくれるのですから、選手が主役、私が裏方なのは当然だと思っています。以前、「市民ファースト」とかいう政治家がいましたが、私はとても違和感を覚えました。だってタイガースの球団社長は「選手ファースト」とか言わないでしょう。

    まだまだ回復のきざしは見えてきませんが、経済が上昇し始めた時に「社員という翼」がなければ飛べません。これが、10年前に見た、生き残った企業の姿です。

    (厳しい運送業界の一端を垣間見せていただきました。「社員という翼がなければ飛べない」。いい言葉ですね)

    旅行関係の編集
    ばったり絶えた

    東京都 匿名希望

    私、海外旅行関係の書籍を扱う編集プロダクション経営しております。従業員1名と、とても小さな会社です。

    4月以降の仕事がばったり途絶え、見込みも現段階ではゼロ。従業員には、2月にこれからの経営がかなり厳しくなる可能性があることを伝え、その後在宅勤務、そして今は休業をお願いしております。

    会社を維持するためには、人件費や社会保険料、消費税、家賃などの固定費は収入ゼロでも支払い続けなくてはなりません。借り入れがあれば、その支払いも加わります。安倍首相は「わが国の支援は世界で最も手厚い」と述べられましたが、他の先進国に比べ、日本は補償のスピードが先進国屈指の遅さで、手続きの煩雑さをみると、払いたくないという政府の意向がひしひしと伝わってきます。しかも、その金額も低い。

    また、このような仕事をしながらも、あきれ返るのが「Goto キャンペーン」。一刻も早く手を打たないと、ホテル、レストラン、各種アトラクションは次々に廃業に追い込まれ、コロナ禍が収束して旅行をしたいと思っても、その店や宿泊施設がなくなっている可能性さえあるのです。いかに与党が国民を見て政治をしていないか、情けなくなる日々です。

    (GO TOキャンペーンは、新型コロナ収束後に観光やイベントなどを支援する経済対策費で、約1兆7000億円。これに対して、医療を担う予算は約7000億円。優先順位が違います)

    ……

  • 6面 車イスから思う事「母との面会いつになる」(佐藤京子)

    どこか身近に感じられなかった新型コロナウイルスだったが、自分の生活にも影響が出始めた。

    スーパーに行っても、棚がスカスカだったり、惣菜もなかったり。特にトイレットペーパーの売り切れには困った。探し歩くこともできない。救われたのは、大型スーパーが高齢者や障害者の優先入店できる時間帯を設けてくれたこと。マスクや洗剤、漂白剤などの必需品も購入できた。ただ、それ以外の買い物はコンビニですますことが多くなった。値引きもないからもったいないが仕方ない。

    何よりも衝撃だったのは、母が入所している特別養護老人ホームが無期限の面会禁止となったことだ。コロナ感染拡大が収まるまで、認知症の母とは会えない。衣替えの季節になり、新しい夏物の服を買ってあげたいと思うが、店が臨時休業していた。思いつくままに2~3店あたってみたが、どこも閉まっている。

    洋服は生活必需品ではないのか。一人でそう文句を言いながら、車イスを走らせている。

    首相や知事が連日のように記者会見を行い、特定業種の自粛を呼びかけている。特に飲食店への風当たりを強く感じる。これでは、資金のない店は潰れても構わないとでも言っているようなもの。給付金を配る、資金を貸し付けるとは言うが、すべてが遅い。5月末まで宣言が延長されれば、廃業せざるを得ない店も少なくあるまい。

    布マスクを1世帯に2枚ずつ配ろうとすれば、異物の混入で検品をやり直すという。その費用もかかるという。どう考えても業者が検品をして納める訳で、不良品を出せば業者の責任ではないのか。

    この国のやり方は「口を出さずに言うことを聞け」「金は出す」「文句はないだろう」と、言っているような気がしてならない。だが、そのお金は税金ではないか。必要な支出は当然だが、支援しているという陰に隠れて無駄なお金の使い方をしているのではないだろうか。

    面会が可能になっても、認知症の母は私のことを忘れてしまっているだろう。一大事である。

  • 12面~13面 死亡率世界一のベルギー「感染高齢者の意思尊重」(在ブリュッセル・ジャーナリスト 栗田路子)

    欧州の多くの国はコロナ感染拡大を制御するため、厳しい封鎖措置をとり、3月半ばから社会は忽然と眠りについた。各国は試行錯誤しながら、それぞれのやり方で対処し、5月の明るい陽射しとともに、少しずつ眠りから覚めようとしている。若き専門家による透明で詳しいデータ公開、政治家による心に響く言葉、国の英知を結集した慎重な計画に基づいて。欧州の小国ベルギーからレポートする。 

    日本での第一波とも言えるクルーズ船やクラブでの集団感染が伝えられた2月末、私はたまたま日本にいた。イベントが自粛を始め、安倍首相は突発的に休校を要請。以来、専門家たちが非定期的に集まって議論しているが、詳しい連続したデータ提示もなければ、議事録も出ない。1日2万件になるはずの検査は、2カ月以上たっても、東京都ですら100にも達せず、メディアはそんな母数を元にした感染者数の増減だけを伝えている。

    EUでは「公衆衛生は加盟国の裁量」と規定しているため、EUは後方支援に徹することになり、対応策は各国政府の腕の見せ所となった。メルケル首相率いるドイツを筆頭に、マクロン大統領のフランス、政権交代が続いて政情不安だったイタリアやスペイン、若手女性首相が市民目線で取り組むフィンランド、デンマーク、ベルギーでは、専門家集団がデータを分析・公開し、それを受けた政府は封鎖と解除の入念な戦略を作り、誠意ある自分の言葉で国民に説明している。

    私はEUの主要機関が集まるブリュッセルの郊外に住んでいる。昨年5月、EU加盟国で欧州議会選挙が行われた。ベルギーを含む十数カ国では国政選挙も同時に行われ、ベルギーはコロナ危機に襲われるまで組閣できていなかった。この国では組閣に1年以上かかるのは普通のことで、新政権ができるまでは前の政権が続投する。

    ベルギーは三つの地域政府と三つの言語共同体からなる連邦国家で、地域や言語共同体ごとに支持する政党が大きく異なることから、多党連立が当たり前だ。何事も「中途半端」と揶揄されるこの国では、物事を数で押し通すことができないし、カリスマ的なヒーローも生まれにくいから、異なる意見を持つ者が長い話し合いで落としどころを見い出すことに長けている。

    昨年12月、前政権の首相が、EU大統領に抜擢され、奮闘しているのが、ベルギー初の女性首相ソフィー・ウィルメス(45)だ。

    今回のコロナ危機を、ドイツが優等生的に制御し、北欧諸国は比較的緩い封鎖政策で乗り切る一方、イタリアやスペイン、フランスは爆発的感染拡大に追い込まれ、英国は強気の集団免疫戦略による初動の遅れで苦戦していることなどは、日本でもある程度伝えられている。では、「ベネルクス」とまとめて捉えられるオランダ、ベルギー、ルクセンブルクはどうなのか。

    まず、オランダはアングロサクソンと文化的に近く、経済においても新自由主義的だ。コロナ危機でも、ルッテ首相は、当初、英国と同じような集団免疫獲得を目指して、封鎖措置をとらなかった。その結果、感染拡大が医療の受け入れ能力を超え、フランスやイタリア同様、重篤患者をドイツに移送。さらに、救命治療を80歳以下(後に70歳以下に)に制限して物議をかもした。

    人口60万人と小国ながら、1人当たりのGDP1位(2018年データ、日本は26位)と豊かなルクセンブルクは、4月初め、全国民へのPCR検査を宣言し、1日2万人のペースで実施し、いち早く封鎖解除を始めた。
    ……

  • 14面~15面 ヤマケンのどないなっとんねん「ポピュリズムでは手に負えぬ」(山本健治)

    安倍首相は5月14日午後、大阪府の吉村知事が「大阪モデル」「出口戦略」、東京都の小池知事が「ロードマップ」などを設定し自粛解除に動く中、それに引きずられるように5月末までとしてとしていた緊急事態宣言について、特定警戒の対象とした北海道・千葉・埼玉・東京・神奈川・京都・大阪・兵庫の8都道府県については解除しないが、他の39県については再流行の可能性に警鐘を鳴らしつつも解除し、8都道府県の感染が減少して宣言を解除できる可能性もあるので、21日にもう一度検討会議を開いて今後を考えるとした。

    この一部解除決定と今後の対策についての議論をみると、医学的疫学的検討というより政治的検討結果、もっと言えばポピュリズム政治の流れの中で決定され、また変更されていっていると言っていいのではないか。専門家会議の提言では、緊急事態解除の前提として「感染状況」「医療提供体制」「検査体制の構築」の三つがあげられ、それを検討したとしているものの、一番肝心の感染状況については正確な実態と見通しはわからないのが実際である。

    医療提供体制も感染者の爆発的増加がないから医療崩壊が起きていないが、増えた場合にはいつ崩壊しても不思議ではない状態にあり、医師も看護師も疲労困憊している。実際にクラスター感染が生じた病院や介護施設を見れば崩壊寸前が実態である。検査体制はあれだけ言ってきたにもかかわらず、今もって欧米より遥かに少なく、これでよく解除を宣言したと思う。

    この間の経過を振り返ると、4月1日、安倍首相は460億円を費やしてすべての住所に2枚ずつのマスクを送付すると発表した。首相と周辺は支持率が回復すると考えていたようだが、これを契機に安倍内閣の感染対策の遅さと的外れに対する批判は一気に表面化し、首相がうろうろする中、7日になって北海道鈴木、東京小池、大阪吉村知事らにあおられるように、7都府県にとりあえず1カ月の非常事態宣言を発した。

    それとともに外出の8割減、人との接触の自粛が叫ばれ、休校、公共施設の閉鎖、企業活動や商業活動の自粛・休止などが要請された。しかし、感染は収まるどころか拡大すると、さらに批判が高まり、16日には非常事態宣言を全国に広げ、5月連休をそのままにしておくと「3密」が全国で起きると、国民すべてに外出や旅行の自粛を求めるとともに、5月末までに延長したことは誰もが知っている通りである。

    そして、前例のない連休自粛が行われた結果、感染の勢いが収まる傾向を見せ始め、日本より遥かに多い感染者や死者が出ている欧米で封鎖や自粛の解除、経済活動の再開などが行われ始めた。また、売り上げが極端なまでに落ち込んだり、無収入になったりして倒産や廃業に追い込まれる経営者や店主が出始めた。解雇や休業で収入が減ったり、なくなったりして生活に困る労働者が出てくるに従って、緊急事態宣言の実際の運用をしている知事たちは、あれだけ感染拡大の危機について目をつり上げ、緊急事態宣言発出を求めたにもかかわらず、営業補償や賃金保障、みんなの生活を考えると、経済活動の停止や低迷が長引いてはどうしようもなくなってしまうことから、宣言解除と収束、経済活動や生活の再建再出発を言い出さざるをえなくなったのである。

    安倍首相は当初、経済活動の自粛に伴う補償について条件付き30万円支給などと言っていた。そんな出るか出ないかわからないものなど、何の生活保障になるかという批判が出て、野党が主張していた一律10万円給付を、4月半ばになって自民党の二階幹事長すら言い出し、さらに公明党の山口代表が首相官邸に乗り込んで談判し、閣議決定した補正予算案を再編成する異例の事態になった。みんなの生命と健康を守るために感染拡大防止対策を強化し、さらに収束へと進めていく対策と、緊急事態宣言発出と経済対策を両立させなければならない現実に直面している。

    経済状況の悪化は、感染がリーマンショックを超え、世界恐慌に匹敵するか、あるいはそれ以上に深刻かつ長期なものになるのではないかと懸念されている。ふわふわしたポピュリズム政治では乗り切ることができない深刻な事態を覚悟せざるをえないとする厳しい見方もあるが、決してオーバーな見方ではない。

    吉村知事は独自性の強調に躍起となり、小池知事は控える知事選を意識して振る舞い、他の知事たちも自粛とその後のことを語るようになっているが、パフォーマンス競争をしているようなところがある。安倍首相とその周辺は、この流れに乗り遅れまいとしてあたふたと解除に動いたと言っていいが、こんな軽いことでは厳しい状況に対処することはできない。
    ……

  • 16面~17面 吉村大阪府知事の戦略「検証なくメディア礼賛」(粟野仁雄)

    5月16日午前零時。通天閣と太陽の塔が緑色にライトアップされた。吉村洋文大阪府知事が5月5日に発表した外出自粛・休業要請解除の独自条件を達成した。①陽性率7%未満②経路不明の新規感染者が10人未満。新型コロナ重症者のベッド使用率60%未満の3条件を同時達成日が7日間続けば休業要請を段階的に解除する「大阪モデル」始動だ。

    政府は15日に39県の緊急事態宣言を解除したが、大阪は含まれない。独自の「出口戦略」について吉村知事は会見で「新型コロナウイルスとの共存の第2ステージに入った」と気を引き締めて見せた。
     
    「数値で示すことが重要」と強調していた知事。「国は全然、休業要請解除などの道を示していない」と指摘して西村康稔経済再生担当相に「それは都道府県知事の権限。吉村さんは勘違いしているのでは」とされ、「勘違い」をツイートで謝罪した。しかし「知事権限ならば独自でやらせていただきます」とばかり逆手に取った。

    吉村氏は「リーマンショックでは8千人が自殺した。感染によって失われる命と経済によって失われる命がある。両方守っていく」とテレビで語った。5月末までの緊急事態宣言の延長を決めた安倍首相が「可能であると判断すれば期間満了を待つことなく解除する考えであります」と抽象的なことしか言えない中、数字を示すインパクトの強い提言はメディアにも礼賛されている。失敗した時の責任回避のために抽象的な言い回しに終始する官僚たちに支えられる安倍首相との差が際立つ。

    昨年の統一地方選で「維新の会」は奥の手で松井一郎氏と吉村氏を市長と知事で入れ替えた。松井市長が表に出ないのも成功している。「松井さん、ちょっとあんちゃんみたいな顔やから、ハンサムな吉村さんが大阪の顔になった方がええわ」(40代の女性)という声も聞く。 

    「橋下徹後継」だが橋下氏のように無用に記者を挑発して「喧嘩の土俵」に乗せることはせず、「誠実に」質問に応える。筆者は5月14日の会見も覗いた。あらかじめ「質問は府政に関することに限定してください」と言われていたにもかかわらず終了間際に「検察官の定年延長をどう思うか」などと質問した東京のジャーナリストにも「検事総長の人事は内閣に権限があると思っています。それがおかしいと思うなら選挙で落とせばいい」などと回答した。「私がお答えする質問ではありません」と立ち去らないところも取材者に受ける。

    コロナ対策で吉村知事が目立ちだしたのは、3月の連休前に「兵庫県との往来を自粛してほしい」として物議を醸した頃からだ。この時は、厚労省の非公表文書を読み違えたきらいもあったが、井戸敏三兵庫県知事が官僚出身らしく伏せる文書を公表することも好感は持たれた。

    4月24日、休業要請に応じないパチンコ店6店について、全国に先駆けて店名を公表した。橋下徹氏ですら「このような形での名前の公表は明らかに罰金刑より重い罰」と驚いた。公表した店には他府県からも客が押し寄せ周辺住民から苦情が出ると、吉村知事は「応じてもらえなければ休業指示を出す」と発表した。罰則はないが、要請より上の行政命令で無視するのは違反になる。これも全国初。筆者が取材に行った堺市のパチンコ店は指示が出る日に閉めた。これで大阪府は全店が休業し、結果的に指示は出さずに済んだ。

    2011年、弁護士から大阪市会議員に当選、「維新旋風」で14年に衆院議員に当選した。翌年には橋下市長の辞任に伴い、自民党大阪の柳本顕市議団長を破って市長に当選した。当初は橋下氏や松井知事の陰で目立たなかったがコロナで俄然、目立ってきた。「あのパチンコ屋まだやっとるで」「政府の発表では何もわからへん。いつまで我慢させるんや」など、府民の不満を敏感に汲み取っては先手を打つ手法は「橋下譲り」で明快だ。

    さらに浪速っ子の琴線に触れるような「持ち上げ」も忘れない。ある会見で吉村知事は「大阪の人は奔放な人ばっかり、みたいに言われてるけど、いざとなったら全国で一番団結してくださるのが大阪の人なんですよ。去年のサミットの時でも『車で動かないで下さい』とお願いしたら、街から車はさっと消えました」と語った。「僕ら政治家や役人は給料は減りません」も多発。「あんたらは恵まれている」と言われる前に言っておくしたたかさ。嗅覚や政治感覚、説明力に優れることは認めざるを得ないが、メディアは手放しで礼賛していいのか。
    ……

  • 18面~19面 世界で平和を考える「オマーン湾レポート」(西谷文和)

    北イラクで出会ったアディバ・ムラドさん(23)は2014年にIS(イスラム国)に拉致され、奴隷妻にされた。5年にわたる地獄の歳月、思い出すだけでも心が締め付けられるような体験を気丈にもカメラの前で語ってくれた。拉致されたとき、彼女は新婚で妊娠していた。愛する夫は行方不明、シリアに連れていかれ3人のIS兵士の妻として「転売」された。2番目の「夫」の間に息子がいるが、会いたくないのでシリアに残した。戦争の最大の被害者は常に女性と子どもという事実を改めて突きつけられ、今後も取材と支援を続けようと誓った。2月13日深夜、私はイラクからUAEのドバイに飛んだ。

    新型コロナウイルスの影響でドバイでも中国人観光客が激減し、客待ちのタクシーが行列を作っていた。ここからホルムズ海峡を目指すわけだが、目的地の港町ハッサブはUAEではない。ホルムズ海峡の突端だけオマーンの飛地なのだ。紙幅の制限があって国境でのエピソードには触れないが、何とかオマーンに入国しハッサブの安宿へ。

    2月15日早朝、港で漁師たちを撮影。取れたばかりの魚を冷凍車に積み込んでいる。この重労働を担っているのが出稼ぎのインド人で、水産業を営むのが地元オマーン人、そして優雅に観光するのが欧米の旅行者。この港は内海で、外国人は入れるが、外海に面した地元用の港には入れない。軍事機密が満載のホルムズ海峡を撮影することは無理だ。仕方ないかな、と諦めかけていた時、「ここからマスカットに定期便が出てるよ」。ハッサブは飛び地。車でマスカットへ行くには、オマーン↓UAE↓オマーンと2回の国境越えをしなければならない。煩わしい陸路より高速船の方が便利、というわけだ。定期便に乗り込む。港には豪華クルーズ船が着岸していて、欧米の旅行客が多数。ちょうどダイアモンドプリンセス号が横浜に到着するも下船できなくなった頃で、中東でも連日トップニュースで報じられていた。あの旅行客たちは無事帰国できたのかな。
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  • 20面~21面 フクシマ後の原子力「核燃サイクルなおも執着」(高橋宏)

    国の原子力規制委員会は5月13日、青森県六ヶ所村に建設中の使用済み核燃料再処理工場(以下、再処理工場)について、福島第一原発事故後に定められた新規制基準に適合していると判断した。人々の目が新型コロナウイルスの感染拡大防止に奪われている中で、国は検察官の定年延長を可能とする検察庁法改正を図るなど、私たちの将来に関わる問題を「火事場泥棒」のように決めていこうとしている。そのような中で、原子力を巡っても危険な政策が動き出した。

    再処理工場は、原発から出た使用済み核燃料を再利用するという「核燃料サイクル政策」の中核を成す施設だ。「資源少国」とされる日本で、使用済み核燃料(つまり核のゴミ)を化学的に再処理して、燃え残りのウランやプルトニウム(原発の運転中に生成される自然界にはない元素)を取り出し、再び燃料とする。

    同時に、ウランを燃料とする軽水炉と呼ばれる今の原発とは異なり、プルトニウムを燃料とする高速増殖炉を開発する。この高速増殖炉が、燃料としたプルトニウムより多いプルトニウムを生み出すことにより、将来的には核燃料の自給自足が可能となるというのが、元々の核燃料サイクル構想であった。

    私が子どもの頃は、「高速増殖炉が実用化されれば、将来の電気料金はタダになる」と言われていた。核燃料サイクル政策は、まさにバラ色の原子力政策だったのである。しかし、高速増殖炉は技術的な問題が次々と明らかになり、世界の国々は撤退を続けてきた。日本は最後までこだわってきたのだが、2016年に福井県敦賀市に建設していた原型炉「もんじゅ」の廃炉を決定している。つまり、核燃料サイクル政策は事実上、破綻してしまったのだ。

    高速増殖炉の技術だけではなく、再処理技術も問題は山積していた。国内初の再処理施設(「工場」ではない実験施設レベル)は茨城県東海村で1977年に稼働し、2007年まで運転されたが、再処理技術の確立にはいたらなかった。六ヶ所村の再処理工場は1993年に着工され、97年に完成・操業するはずであった。しかし、工事の遅れや設計の見直しなどでずるずると延期が続く。

    2001年からようやく様々な試験が始まるが、トラブル続きで09年には配管から高レベル廃液が漏れ出す事故まで起きた。その度に、事業者である日本原燃は完成時期を延期してきたが、その数は24回、現在の目標は21年前半となっている。建設費も、当初見込みは7600億円であったが、安全対策費などが膨らんだ結果、少なくとも約2兆9000億円になると見られている。運転コストや将来の廃止措置まで含めた事業費の見積もりは、約13兆9000円と莫大なものになっているのだ。

    再処理工場は、普通の原発1年分の放射能を1日で出してしまうなど、極めて危険な施設である。それだけでも大問題であるが、この施設で大量のプルトニウムが生産される点が重要だ。プルトニウムは軍事転用が容易な核物質であるため、それが備蓄されることは国際社会にとって大きな懸念となる。これまで日本は、国内に備蓄されたプルトニウム全てを発電に利用する計画を示し、再処理工場の建設に理解を求めてきた。

    高速増殖炉による利用のめどが立たなくなってからは、ウランとプルトニウムを混ぜたMOX燃料を軽水炉で使うプルサーマルで消費するとした。だが、プルサーマル発電は安全性に問題(日本で建設された軽水炉はMOX燃料の使用を想定していない)がある上、増え続けるプルトニウムを確実に消費していく見通しも立っていない。もはや、核燃料サイクル政策が破綻した今、再処理工場を稼働することは「百害あって一利なし」なのだ。

    ではなぜ、国は核燃料サイクル政策の破綻を認めず、福島第一原発事故後も原発を「長期的なエネルギー需給構造の安定性に寄与する重要なベースロード電源」(18年7月に閣議決定された第5次エネルギー基本計画)と位置づけるのであろうか。その理由は次回以降、詳しく説明していきたい。
    ……

  • 22面 火事場泥棒①検察庁法改正案「批判高まり今国会見送りへ」(矢野宏)

    検察官の定年を延長する検察庁法改正案をめぐり、元検事総長らが反対する異例の意見書を法務省に提出。ツイッター上でも多くの著名人を巻き込んだ抗議の投稿が相次ぎ、ネットデモという様相を見せている。政府は5月18日、今国会での成立を見送る方向で調整に入った。

    発端は1月末、安倍政権が東京高検の黒川弘務検事長(63)の定年を半年延長する閣議決定を突如として行ったこと。検察官の定年は検察庁法で「検事総長は65歳、それ以外の検察官は63歳」と決められており、延長規定はない。検察官は「準司法官」として政治家の犯罪にも切り込む強大な権限を持つため、一般の国家公務員のような定年延長は適用しないと解釈されてきた。だが、安倍政権は国家公務員法の定年延長制度を適用する法解釈を打ち出した。

    黒川氏は2月8日に63歳で定年を迎える予定だったが、半年の続投が決まったことで検事総長への道が開けた。現職の稲田伸夫氏(63)が2年で総長交代との慣例に従えば、7月が交代時期となるからだ。

    新聞うずみ火3月号「検察人事に『禁じ手』」で、時事通信解説委員の山田恵資さんは「稲田氏の後任は黒川氏ではなく、同期で名古屋高検の林真琴検事長を就任させる案が有力だったが、官邸が黒川氏を次期総長に就任させる布石を打った。黒川氏は菅官房長官の信頼を得て、官邸とのパイプ役を一手に担うなど、政権にはなくてはならない存在だった」と語っていた。

    現職閣僚だった甘利明氏の現金授受疑惑、下村博文元文科相の加計学園からの現金受領をめぐる政治資金規正法違反、さらには森友学園をめぐる公文書改ざん事件で佐川宣寿元理財局長ら財務官僚らの立件がいずれも見送られた。そのたびに、法務省の主要ポストにいた黒川氏と政権の癒着が指摘されてきた。
    ……

  • 23面 火事場泥棒②「都構想」住民投票(立命館大 森裕之)

    大阪市を廃止して特別区に再編する「大阪都構想」の賛否を問う住民投票について、松井一郎市長は5月15日、新型コロナウイルスの感染拡大を抑制できているとした上で、予定通り11月上旬の実施を目指す考えを示した。コロナ禍の中で大丈夫なのか。維新政治に詳しい立命館大教授の森裕之さんに寄稿していただいた。

    新型コロナによる甚大な被害の全貌がつかめないまま、「大阪都構想」の住民投票が11月に実施するという方針を松井市長が表明しています。

    「大阪都構想」が実現すれば、歴史的大都市である大阪市は廃止・解体され、四つの「特別区」と呼ばれる「半人前の自治体」に変わります。政令市として大阪市が本来持っている都市計画・産業・医療・環境などの行政機能が大阪府へ移管されます。それに伴い、市の税金や交付金などの大切な収入の3分の2が府の財源となります。

    特別区は自前の収入だけでは福祉や教育などの住民サービスが行えなくなるため、毎年度、府から財源を与えられなければならなくなります。府が決定する特別区への交付金には決して特段の配慮が行われるものではありません。むしろ、府全体が開発行政に必要な財源を確保しようとする中で、特別区に対する交付金が毎年度抑えられていく可能性が高いといえます。それは住民サービスの削減となって現れ、市民生活に影響を及ぼすことが危惧されます。

    「大阪都構想」の目的とされていた「二重行政」の廃止も実際にはほとんど存在せず、初期費用だけで200億円もの財源が必要となります。
    ……

  • 24面 リバティおおさか休館「新たな場所で再出発へ」(栗原佳子)

    「リバティおおさか」の愛称で親しまれてきた大阪市浪速区の「大阪人権博物館」が6月1日から休館することになった。大阪府・市に補助金を全廃されたうえ、市に土地返還の訴訟も起こされていたが、5月18日、和解が成立。来年までに退去、新しい場所を探して再開を目指す。

    リバティおおさかは1985年、国内唯一の人権問題に関する総合博物館として大阪府、大阪市などで出資した財団法人が開設。被差別部落、在日コリアン、ウチナーンチュ、アイヌ、女性、障害者、ホームレス、性的少数者、ハンセン病回復者、HIV感染者など、国内外の人権問題の資料3万点を収蔵、これまで国内外から170人が訪れ、学習・啓発の場として活用してきた。

    しかし、2008年に橋下徹氏(大阪維新の会顧問)が府知事に就任すると逆風にさらされる。橋下氏は「差別や人権などネガティブな部分が多い」などと展示内容の見直しを指示、同館は橋下氏の意向を受けるかたちで11年にリニューアルした。

    しかし翌年、視察に訪れた橋下氏(同年の府市ダブル首長選で市長に転身)は、「いつもの差別と人権のオンパレード。僕の考えにあわないので市税の投入はゼロベースで考え直す」などと切り捨てた。同行した知事の松井一郎氏も「公金を投入する内容ではない」と追随。かつて年間予算の85%が府と市の補助金だった同館だが、13年にはその補助金が全額カットされた。

    同館は事業費や人件費を大幅削減、サポーターらの支援で自主運営を続けたが、市側は市有地である敷地の無償貸与を撤回。賃料など年間3400万円を要求してきた。15年には「不法占拠」だとして、財団に対し建物の撤去と敷地の返還を求める訴訟を大阪地裁に起こした。
    ……  

  • 25面 経済ニュースの裏側「食の安全」(羽世田鉱四郎)

    コロナ騒ぎに加え、エチオピアなどで大発生したサバクトビバッタが、パキスタンを経て中国に迫っています。食糧自給率37%の日本。量と質の部分でも深刻な課題を抱えています。

    ネオニコチノイド系農薬 農薬だけでなく、害虫駆除や家庭菜園、ペットのノミ取りにも。ミツバチが帰巣本能を失う「蜂群崩壊症候群」。2013年に欧州食品安全機関(EFSA)が「人間の子どもの脳や発達性神経に毒性がある」と指摘。すぐにフランスやスイス、韓国、オランダ、ブラジル、カナダ、台湾が続き、18年にはEUで全面禁止へ。12年の調査で、単位面積あたりの農薬使用量が多い日本と韓国は、自閉症、広汎性発達障害、ADHD(注意欠陥・多動性障害)の発症率が群を抜いているとの指摘も(堤未果さん著「日本が売られる」)。稲作のカメムシ駆除にも使われ、お米の等級に影響する斑点米(着色粒)対策に有効。緑茶の栽培にも使われ、ペットボトルのお茶に残留農薬が検出済み。

    グリホサート 世界中で使用される除草剤「ラウンドアップ」の主成分。国際がん研究機関(IARC)が15年に「ヒトへの発がん性」を指摘。EUの農業大国フランスは21年までに全面禁止へ。ルクセンブルグは今年中、ドイツも23年までに禁止する予定です。

    しかし、日本は逆行。00年に残留基準を5倍に緩和、17年にはトランプ政権の要請を受け、残留基準を小麦6倍、トウモロコシ5倍とさらに大幅緩和。日本の食パンの大半は米国産の輸入小麦が原料で、グリホサートが検出されています。

    遺伝子組み換え作物 輸入大豆の9割以上、トウモロコシ8割、菜種の9割を占めます。遺伝子組み換え種子(F1)は、ネオニコチノイド系農薬に処理され、作付け後は、除草剤グリホサートを散布されて育ちます。発がん性が指摘済み。規制と表示義務。EUは0・9%以上。日本は成分の上位3位か5%以上。実質はザル法。家畜の飼料、肉、遺伝子組み換え種子から精製されたタンパク質に表示義務なし。

    種子法の廃止 主食の種子は国の管理下にあり、「公共種子」は全農が買取、供給してきました。17年2月、安倍政権が廃止。公共の種子をやめ、開発データを民間に無料開放して農家による自家採種を禁止し、禁止品種を82種から289種に拡大。種子を「知的財産」と位置づけ。種子開発企業(モンサント社やデュポン社など)の特許を守る。現在では、さらにゲノム編集作物の大豆、ジャガイモ、小麦が予定されています。EUは懐疑的ですが、日本は規制しない方針。 
    ……

  • 26面 会えてよかった「屋宜光徳さん⑤」(上田康平)

    日本兵が去り、守った防衛隊員には母の着物をあげて軍服を着替えてもらった。そしてこの縁でしばらく逃避行に同行することになった彼が
    父の荷物を持ち、父は祖母を背負い久志村の山中を抜け、南をめざした。

    2週間たって、祖母は回復。彼は故郷、恩納村に来たとき、家族を捜すと別行動になった。

    戦後、彼はお礼に来ていたという。

    宜野座から松田の集落に来たが誰もいない。松田は戦時中の食糧増産のため、中南部から移住者を募り、開墾したところ。住民は近くの宜野座か金武の収容所に連れて行かれたと思われた。

    移住者のために県か国が建てたと思われる住宅が残っていたが、壁は壊され、骨組みだけのものが大部分。でも梅雨時の雨がしのげる屋根付きの家で寝るのはありがたかった。それに畑には収穫前の大豆があり、食糧として助かった。

    しかし6月初め、隠れ家に10数人の米兵が来て、全員、捕虜になり、宜野座の収容所に入れられた。そこには親戚や近所の人たちがいっぱいいた。

    収容所では戸籍調べがあった。14歳以上の男性は二重の金網に入れられ、米軍嘉手納の基地建設や戦場の遺体処理をさせられると聞いていたので、12歳の屋宜さんは「2歳さばよんで10
    歳と答えた」
    ……

  • 27面 落語でラララ「金明竹」(さとう裕)

    落語は小咄が長くなり現行の噺になったというのだが、では、いつ頃、誰がどんな風に手を加え、今のような噺に育て上げたのか? 原話の江戸小咄も少しは残っているが、どういう変遷を経たのか分からない噺も、小咄由来でない噺も多い。一端が垣間見える噺を。「金明竹」。噺の前半はこうだ。
     丁稚が店の前を掃いていると砂ぼこりが舞って困る。掃く前に水を撒くもんだと主人が教えると、2階の掃除では畳の上に水を撒き始める、下では雨漏りだと大騒ぎ。掃除はいいからと店番を任せると、通り雨。雨宿りの人が来て、どこの誰かも知らないのに、主人の大切な傘を貸してしまう。主人は、そんな時は、貸傘はあったがこの間の長雨で使い尽くしまして、骨は骨、紙は紙とバラバラになって使い道にならないので物置に放り込んであると、断れと教える。と、近所の店の者が来て、鼠を物置に追い込んだので、猫を貸して欲しいと言う。丁稚は心得たとばかりに、貸猫は何匹かいたが、この間の長雨で使い尽くして骨は骨、紙は……皮は皮でバラバラになっちゃって……と断る。話を聞いた主人は、ネコの断り方はこうだ、うちにも猫は一匹いましたが、この間からさかりがつきまして、とんと家へ帰りません。久しぶりに帰ってきたらどこかでエビのしっぽでも食べたんでしょう、腹を下しまして粗相をして困ります。マタタビをを舐めさせて寝かせてあります。少しして、近所の店から旦那を借りに来ると、旦那はさかりがつきまして、とんと家によりつきません……とやってしまう。
     落語チックな間抜け噺だ。これは江戸生まれ。江戸では丁稚ではなく、与太郎でやる。この噺、1750年頃初代石井宗叔が狂言の「骨皮新発意(ほねかわしんぼち)」にヒントを得て作ったと言われている。石井宗叔という人、元は医者だというが咄し坊主とも呼ばれ、噺家や幇間もしていた、多才な人だった。前座噺としてよく演じられていたが、幕末の頃には廃れてしまい、なぜか上方で演じられ、この頃は上方種と言われたそうだ。で、上方ではいつの頃か後半部が創作された。後半はこうだ。
    ……

  • 28面 100年の歌びと「ぼくたちの失敗」(三谷俊之)

    春のこぼれ陽の中で
    君のやさしさに
    うもれていたぼくは
    弱虫だったんだョネ
     
    森田童子の『ぼくたちの失敗』を初めて聴いたのはいつだったか? 1993(平成5)年の人気テレビドラマ『高校教師』の主題歌として、95万枚の大ヒットするずっと前のことだから、彼女の2枚目のアルバム『マザー・スカイ』が発売された76(昭和51)年12月だったと記憶する。アルバムには「きみは悲しみの青い空をひとりで飛べるか」というコピーが記されていた。ファーストアルバム『GOOD‐BYE』のカバー写真はカーリーヘアに大きな黒いサングラスに黒のジャンパー姿。男の子だと思っていた。聞くと短いピアノのイントロに続いて、ためらいがちに流れてきたのは、儚(はかな)く、切なく孤独で、繊細で透明感あふれる少女の歌声だった。

    森田童子がデビューした75年、すでに叛乱の季節は過ぎ、何か宙吊りのような気分の時代だった。井上陽水が『氷の世界』で日本のアルバム初のミリオンセラーを記録。陽水は小室等、吉田拓郎、泉谷しげるとともにフォーライフレコード設立。夏には『吉田拓郎・かぐや姫 コンサート インつま恋』があり、中島みゆきが『アザミ嬢のララバイ』でデビュー。フォークがニューミュージックと呼ばれ出した。

    彼女の本名も、素顔もほとんどが秘匿され、メディアの取材も頑なに拒んできた。写真も大きなサングラスをかけたもので、顔はいっさい見せていない。主に演劇集団「黒テント」でライブ活動を行った。管理化されてゆく都市の中で、はためく黒い天幕でのライブは彼女によく似合った。83年に音楽活動を休止するまでに7枚のアルバムを残し、ひっそりと姿を消した。久方ぶりに彼女の名と出会ったのは今から2年前の小さな訃報記事だった。
    ……

  • 29面 坂崎優子がつぶやく「不安が招く買い占め」

    トイレットペーパーがようやく店舗に並ぶようになりました。SNSの一つのデマ投稿がなぜ、何カ月もの混乱にまで発展したのでしょう。

    他府県で品薄になっていると耳にして間もなく、私の近所のスーパーでも商品がなくなり、その伝播力に驚きました。

    当初は「デマを信じた人が買い占めた」と単純に思われていましたが、その後の調査では多くの人がデマとわかっていながら買いに走った事実もわかってきました。長く品薄状態だったのは、マスコミ報道や流通形態にも要因がありました。

    私は災害対策もあって、日常使うものは普段からある程度備蓄しています。そのため今回の騒ぎも気にすることなく生活していましたが、ある時、買い求める消費者の心理を味わうことになります。

    スーパーでレジに並んでいた時のこと。みんながトレペの袋を一つずつ持っているのに気づきました。ある年配の男性はレジを済ませたあといったん去り、すぐに戻ってきてまたトレペを持って並んでいます。「今ならトレペがあるよ」と電話をかけている人もいます。

    レジを終えて売り場を確認しに行くと、1人1個の張り紙がされた棚にトレペが2、3袋残っていました。この時私は一瞬「1個買おうか」という誘惑にかられます。「今度いつ出てくるかわからないよ」。悪魔はさらにささやきます。「いやいやいや。それをみんながやるから流通が元に戻らないのだ」と理性で何とか抑え込んで帰ってきました。

    トレペを持っていた人の中には、本当に必要な人もいたでしょう。けれど誰かが手にしたら、在庫のある人も「私も」となってしまう。みんなが手に持つ状況に出くわせば、さらにそういう人は増えていく。「買い占めはやめよう」だけでは解決できないことを実感しました。
    ……

  • 30面 編集後記(栗原佳子、西谷文和、矢野宏)

    〈大阪で、人権と平和をテーマにした二つの博物館が存続の危機に瀕している。リバティとピース。「大阪人権博物館(通称・リバティおおさか)」と「大阪国際平和センター(通称・ピースおおさか)」だ 背景には大阪市の橋下徹市長の強い意向があるーー〉。こんなリードではじまる記事を2012年5月号の「うずみ火」に書いた。当時、両館とも補助金や人員を大幅に減らされ青息吐息。リバティとピースを統合する案や、両館に代わるものとして、歴史修正主義的な歴史館を新設する案などが乱れ飛んでいた。あれから8年。リバティが実質的な閉鎖に向かうことになった。戦争の加害と被害の両面を伝えてきたピースはすでに空襲被害に特化した施設に変わっている。かつてのリバティとピースには訪ねるたびに発見があった。その都度、大切なことを教わった。コストでは測れない唯一無二の博物館を自ら放棄したツケは、私を含め、大阪に住む者がいずれ払わされることになるだろう。(栗)

    ▼昨年5月からスタートした「路上のラジオ」が1周年。新聞うずみ火は15周年。コロナ禍で自粛を要請するくせに補償をしない安倍政治に腹が立って仕方がないので、緊急やぶれかぶれ的に「路上のテレビ」も始めていくことに。パソコンやスマホで「路上のラジオ」または「路上のテレビ」と検索して見てください。矢野さんのコーナー「うずみ火ラジオ」もありますよ。(西)

    ▼新型コロナ対策で大阪維新のツートップが称賛されている。市長は防護服が足りないと知るや、医療現場で役立つとは思えない雨がっぱを呼びかけて後は知らん顔。30万着もの仕分けに追われたのは市職員だった。「中等症患者への対応が問題だ」と言われ、即座に市立十三市民病院を受け皿にすることを決めた。病院との事前調整は一切なし。末期がんの人を含む130人の入院患者の転院調整を行ったのは病院側だった。現場の医療関係者の言葉が今も心に残る。「地域の病院を潰すことがどんなに大変なことか、現場のことをわかっていない」。さらには、ハードルの低い「大阪モデル」で一躍時の人となった知事が行ってきたことは「医療のコストダウン」「市立住吉病院の廃止」。大阪の公的医療を解体したのは誰か。防護服やマスクを備蓄しなかったのは誰か。「やってる感」に騙されたらアカン。(矢)

  • 31面 うもれ火日誌(文責・矢野宏)

    4月3日(金)
     西谷 午後、吹田市内の事務所で「路上のラジオ」収録。京都市長選で惜敗した弁護士の福山和人さんに話を聞く。矢野が「うずみ火ラジオ」コーナーで新型コロナウイルス感染拡大と安倍政権について話す(24日アップ)。
     高橋 朝、和歌山放送ラジオ「ボックス」出演。コロナで大学の入学式も中止に。
    4月6日(月)
     矢野 夜、MBSラジオ「ニュースなラヂオ」。月1回の放送となり、大幅に中身を変更。新型コロナの特集は、上田崇順アナウンサーが「揺れる学校再開」について報告、ロンドン在住のジャーナリスト、木村正人さんに現地の様子を聞く。1カ月の総括ニュースは、矢野が「森友問題再燃」と題して解説する。
    4月7日(火)
     西谷 コロナで講演会や集会が自粛となる中、「西谷流地球の歩き方・下」をかもがわ出版から刊行。
    4月8日(水)
     25日の「うずみ火講座」の延期を決定。講師の森裕之・立命館大教授にお詫びの連絡を入れると、「有事に乗じて、愚かな輩が表立ってくることが最も恐ろしいです。しっかりウォッチしていただければ」との返信が。
     西谷 正午過ぎからラジオ関西「ばんばひろふみ!ラジオ・DE・しょー」に出演。
    4月9日(木)
     矢野 午後、来社した「中小企業組合総合研究所」事務局の安田真浩さんから機関誌「提言」の取材を受ける。
     東大阪市で和寧文化社を営む丁章(チョン・ジャン)さんから購読希望のメールが。「コロナ騒ぎの水面下で教科書採択が右派勢力のなすがままにならないように」
    4月10日(金)
     夕方、産経新聞の連載企画「夜間中学はいま」で坂田記念ジャーナリズム賞を受賞した「夜間中学取材班」の伐栗恵子記者と西日本出版社の内山正之さんが来社。
     高橋 朝、和歌山放送ラジオ「ボックス」出演。
    4月11日(土)
    この日の「桜を見る会」は中止。うずみ火発足後、初めて。4月13日(月)
     矢野 溝江玲子さんから「コロナで潰れます」とのメールが届き、電話で話を聞く。
     栗原 午後、大阪・十三のシアターセブンで、スカイプを通して想田和弘監督にインタビュー。ドキュメンタリー映画の新作「精神0」とデジタル配信による「仮設の映画館」について話を聞く。
    4月17日(金)
     「悲惨な戦いを強いられています」。タクシー運転手の青野秀樹さんからのメールで、矢野は自宅まで車中取材。
     高橋 朝、和歌山放送ラジオ「ボックス」出演。
    4月18日(土)
     西谷 思想家の内田樹さんと対談。「路上のラジオ」の緊急特別企画「路上のテレビ」としてアップ。
     栗原 夕方、大阪市北区の「季節料理 川上」へ。西森美智子さんに緊急事態宣言の影響などについて聞く。
    4月20日(月)
     JR東海労新幹線関西地本からマスクをいただく。「2月に中国へマスクを送ったところお返しにと大量にいただきました。お世話になっている皆さんにおすそ分けです」と多田一夫さん。
     滋賀県の田中誼さんから購読希望。「ラジオフォーラム、自由なラジオ、路上のラジオと聞いています」
    4月22日(水)
     西谷 正午過ぎからラジオ関西「ばんばんのラジオ・DE・ショー!」に電話出演。
    4月23日(木)
     夕方、新聞うずみ火5月号が届き、発送作業。工藤孝志さんや澤田和也さん、樋口元義さん、友井健二さんらから「手伝うよ」と連絡が入ったが、コロナ感染拡大の防止を考え、今回はスタッフだけでやることに。作業中、鈴木祐太さんが顔を出してくれ、ありがたく助っ人をお願いする。
    4月24日(金)
     「憲法バー&酒話会」はコロナ感染拡大予防のために中止。代わって憲法バー講師の定岡由紀子弁護士の発案で、七堂真紀弁護士ら約10人と初スカイプ飲みに挑戦。北は北海道の矢野伎里子さんから南は沖縄の謝花直美さんまで、全国区のネット宴会に。
    4月28日(火)
     西谷 緊急「路上のテレビ」第2弾は関西学院大教授の冨田宏治さん。「なぜ維新の支持率が上がっているのか?」
    4月29(水・祝)
     この日の茶話会は中止に。

  • 32面 5月30日(土)西谷&矢野コラボ

    5月30日(土)に予定していた「路上のラジオ」との講演会「西谷&矢野緊急コラボ」は、会場を大阪・吹田市の路上のラジオ事務所に変更します。テーマは「コロナ禍のウラで何が起きているのか?」。

    新型コロナ感染防止のため、先着20名。距離を取って開催します。

    【日時】5月30日(土)午後3時~
    【会場・申し込み】路上のラジオ事務所(吹田市泉町1−22−33 06-6170-4757)

    この模様は後日、YOU TUBE「路上のテレビ」で紹介します。

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