1012日から13日未明にかけて、東日本各地で記録的な大雨をもたらした台風19号が上陸して1カ月がたった。堤防の決壊は7県の71河川に及び、住宅被害は8万棟を超えた。浸水範囲は昨年の西日本豪雨を上回り、被害が広い範囲に及んでいることから支援の手が足りていない。報道も減り、忘れられつつある被災地の一つ、福島県いわき市を先日、訪ねた。   

いわき市は市内を流れる夏井川の堤防が7カ所で決壊し、流域の多くの住宅が浸水した。床上・床下浸水は4535棟を数え、犠牲者は8人、いずれも自宅で溺死している。なぜ、逃げ遅れたのか。

下平窪地区の元教員の半沢紘(ひろし)さんは「夏井川以外の河川は早い段階から『今夜中に氾濫の恐れがある』などと避難勧告が出されていましたが、夏井川に関しては一言もなかった」と振り返る。

避難勧告を出すための水位に達したにもかかわらず、結果的に避難勧告は発令されなかった。それを飛ばす形で、一段階上の「避難指示」が出たのが上流部で午後8時半、下流部では午後9時40分だったという。

しかも、「雨も止み、夜空に月も出ていたので、安心して床に就いた人も少なくなかったのでしょう」と、半沢さんは指摘する。

「夏井川は支流の川と比べて川幅も大きく、増水するとは考えていなかったのではないか。上流で大量の雨が降ると、数時間後に水かさが急激に増えます」

半沢さんはさらにこうも言い添える。

「市は『避難指示を出した』と言いますが、聞いたとしても、住民はまさか数時間後に堤防が決壊するとは思わなかったでしょう」

 

同じ地区の小菅文枝さん(55)は夫と息子の3人暮らし。被災家屋の2階で生活しているが、向かいの公園が災害廃棄物の集積場。

「風向きが変わると悪臭が家の中にも漂って、精神的におかしくなりそうです」という。

公園には、冷蔵庫や洗濯機、テレビなどの家電のほか、水を含んだたんすや畳、泥だらけの布団、自動車のタイヤなども捨てられている。生活ごみも持ち込まれているようで、カラスが飛び交っている。すでに満杯のため、「ごみを捨てないように」という注意書きを設置しているが、ごみを捨てに来る人は跡を絶たないという。

「衛生面もですが、火災が発生しないか心配です」

市による撤去が追い付かず、地区内の公園はどこも満杯状態。災害ごみは自宅前にも積み上げられている。

環境省によると、西日本豪雨の約190万㌧を大幅に上回る災害ごみの発生を予測しており、広域処理を進めても処理には2年以上かかるという。

 

昔ながらの製法で味噌・醤油を製造している「山田屋醸造」。作業場には、30㌔入りの味噌樽を積み上げていたが、一番下に置いていた28個の味噌樽が浸水し、800㌔分の廃棄処分を余儀なくされた。

5代目の青木貴司さん(46)は「1・5㌧を廃棄した東日本大震災を体験していたので、気構えはできていました」と言いつつも、こう言い添えた。「水は厄介だなと思いました」

いわき市内では、ここ数年、農地の宅地化が進んでいる。青木さんは「怖いなあ」と、眺めていたという。

「電発事故で大熊町からのいわき市へ避難してきた人が家を求める。住宅メーカーに『高く売れますよ』と言われて、地権者が田んぼを売る。住宅メーカーによって宅地化された物件を、原発事故の避難者が購入している。でも、田んぼは『遊水地』。なくなれば豪雨被害を軽減できなくなるのです」

東京電力福島第一原発事故がいわき市の豪雨被害にも影響し、犠牲者を増やしていたというのは言い過ぎだろうか。

 

いわき市内で避難所での生活を余儀なくされているのは154世帯325人(1114日現在)で、その半数近い75世帯166人が避難生活を送っている市内最大の避難所「内郷コミュニティセンター」を訪ねた。

ここに避難していた73歳の女性がトイレで嘔吐し息苦しさを訴え、翌日亡くなっている。死因は肺炎。この女性は台風19号で自宅が浸水し、その直後から避難生活を続けていて、センターが3カ所目の避難所だったという。

ホールをのぞくと、段ボールベッドが支給されて雑魚寝は解消されていたが、支給される食事は相変わらず、パンやおにぎり、弁当で野菜不足になりがちだ。

被災地支援に入っている「ピースボート」の井上綾乃さんは心配そうにこう語る。

「これから冷え込みが厳しくなる中で、体調を崩す人が増えるのではないでしょうか。ここは誰もが使うことができる施設なので、誰がどんな菌を持ってくるかわかりません。インフルエンザやノロウイルスなどの感染も心配です」という井上さんはこう訴える。

「いわき市は被害が大きかったのにあまり報道されていないためか、『忘れられた被災地』で人手が足りません。忘れないでほしい。募金や情報発信など、ここに来れなくてもできることを探してほしい」

 

※いわき市の夏井川の決壊場所で半沢さん㊧から話を聞く