新聞うずみ火 最新号

2026年10月号(NO.252)

  • 1面~4面 華僑虐殺 戦犯遺族が現地で追悼 叔父の刑死と向き合う(栗原佳子)

    市民グループ「アジア・フォーラム横浜」(吉池俊子代表)の呼びかけで8月半ば、マレーシアを訪ね、日本の加害の傷痕をたどった。参加者の中に、戦後、イギリス軍の戦争裁判でBC級戦犯として裁かれ、処刑された少尉の甥がいた。男性は叔父が指揮したとされる華僑虐殺事件の現場を訪れ犠牲者を追悼。あらためて事実を受け止め、「自らの責任」として事実と向き合い続けることを誓った。

    男性は広島県廿日市市の橋本和正さん(75)。8月16日、ネグリ・センビラン州センダヤンでの合同追悼式で「アジア・フォーラム横浜」の旅程を終えた後、スンガイルイを訪ねるという橋本さんら広島からの3人に同行させてもらった。
     
    車で約2時間。起伏のある道路の両側に油ヤシの林がせり出すように連なっている。助手席で橋本さんが「あれだ」と声を上げた。「雙渓鐳(スンガイルイ)殉難紀年碑」。右手の道路脇に由来を記した説明板があり、奥に屋根付きの休憩所も整備されていた。
     
    さらに奥に進むとプランテーションの油ヤシ林を背に中国式の集団墓があった。「華僑殉難参百六十八位紀年碑」と刻まれている。ここで368人が虐殺された。
     
    橋本さんがこの場所を訪れたのは3回目。「私が知っている範囲ですが、お話しさせてもらいます」と切り出した。ここで何が起きたのか。なぜ、叔父は戦犯として裁かれたのか。

    41年12月8日、日本軍は真珠湾攻撃に先駆けマレー半島(英領マラヤ)への上陸作戦を開始。第25軍(山下奉文司令官)は42年2月、シンガポールを陥落させると、「大検証」と称し、5万ともいわれる中国系住民を虐殺した。
     
    さらに第25軍はマラヤ全域の「治安粛清」を命じ、部隊を配置。3月に集中して「敵性華僑狩り」が実行された。ネグリセンビラン州を担当したのが陸軍第5師団歩兵第11連隊。広島の郷土部隊だった。
     
    橋本さんの父の弟、忠さんは歩兵第11連隊第2大隊第7中隊に所属。小隊を率いる少尉だった。橋本さんは、忠さんがイギリスの戦争裁判で戦犯になったことを子どもの頃から聞いていた。しかし、詳しいことは知らなかった。
     
    2004年のある日、思い立って「BC級戦犯」と検索。イギリスの戦争裁判を扱った林博史さん(関東学院大教授)の『裁かれた戦争犯罪』(1998年、岩波書店)に行き着いた。「スンガイルイ事件の虐殺」の項目の1行目に忠さんの名があり、「心臓が飛び出しそうになった」という。林さんに問い合わせると、分厚い英文の裁判記録のコピーを送ってくれた。
    ……

  • 5面~7面 「都構想」法定協で事務分担 まちづくりは府が主導(木下功)

    大阪市を廃止し特別区を設置する「大阪都構想」の制度案を議論する大阪府・市の法定協議会(法定協)で、基礎自治体である4特別区と広域を所管する府との事務分担案が固まるとともに、府と特別区、特別区間で財源配分を調整する財政調整制度の採用が決まった。拠点地域のまちづくりは府が権限を持ち、権限に応じて移譲した事業に伴う財源も府に移る。都構想が実現すれば、自分たちの住む基礎自治体で何ができなくなり、自分たちの収める税金の使い道を誰が決めるのかを理解した上で、大阪市民は住民投票に臨む必要がある。

    大阪市廃止後に設置される4特別区と府の事務分担案が固まったのは9月9日の第8回法定協で、論点となったのは拠点地域のまちづくり。法定協では都市計画権限の分担について意見が割れていたが、府が主導することで決着した。
     
    前回2020年の住民投票の際の事務分担で府が担うことになっていた新大阪駅前、大阪駅周辺(うめきた)などに加え、前回は特別区に振り分けられていた中之島、御堂筋、難波、京橋なども府が主体となることが決まり、特別区は地域に密着したまちづくりに専念する。
     
    対象となる拠点地域は「固定的なものではなく特別区との協議を踏まえて大阪府知事が定める」としたため、今後も府が権限を持つ拠点地域が拡大していくことが想定される。
     
    府と特別区が意見調整する協議体を設置することも決めたが、特別区の意見がどの程度尊重されるのかは不透明だ。
    8月26日に開催された第6回法定協で、特別区の視点から意見を述べた大阪市の計画調整局は、中之島や御堂筋、難波、京橋などについては「基礎自治体のまちづくりのベースとなる」用途地域や地区計画などの都市計画決定権限、開発許可は特別区が担うことが望ましいと訴えた。前回の協定書でも基礎に仕分けられており、「地域性、地域との対話、民間との対話が非常に重要」という理由だ。
     
    一方で、府市共同設置の大阪都市計画局は府の視点から、国が指定する「都市再生緊急整備地域」である中之島や御堂筋も「国際競争力を高めるためには一括してやっていくべきだ」と府が担当することを主張。吉村洋文知事も「中之島や御堂筋も全体の成長に資する。エリアビジョンと権限が一致していないとまちづくりはできない」と府が主導するべきだとの考えを示した。
     
    では、特別区のまちづくりの対象はどこなのか。
    ……

  • 8面~9面 「何回やんねん『大阪都構想』」 「気がかりは若年層」(矢野宏)

    大阪市を廃止して特別区に分割する「大阪都構想」。制度案を取りまとめる「法定協議会」で4区案が決まり、来年春にも3回目の住民投票が実施される公算が大きくなった。新聞うずみ火主催の「うずみ火講座」は8月29日、大阪市天王寺区のクレオ大阪中央で開講、ジャーナリストの幸田泉さんが「何回やんねん、『大阪都構想』」と題して講演した。先の国会で「副首都法」が成立したことで、「『副首都・大阪にふさわしい大都市制度』にするとの名目で、住民投票を実施しようとしているが、副首都と都構想は無関係」と警鐘を鳴らした。  

    「都構想」は大阪維新の会(代表、吉村洋文・大阪府知事)が2010年4月の結成時から掲げる「一丁目一番地」の公約。目的は大阪市の財源と権限を府に移し、市内の大規模開発を独占すること。その思惑を隠すため、こじつけた理由が「府市の二重行政の解消」と基礎自治体が小さくなれば市民にとって「ニア・イズ・ベター」の二つ。
     
    橋下徹氏が知事になって以降、維新は二重行政の解消は進めており、大阪市は「直ちに手を付けないといけない二重行政の課題はない」と認めており、首長が280万人に1人の大阪市長から都構想で平均70万人に1人の特別区長になったところで目の届く範囲は変わらない。
     
    幸田さんは「大阪市が四つに再編されるのではなく、特別区という基礎自治体に格下げになる」と指摘する。
     
    「特別区になると、大阪市が徴収していた固定資産税や法人市民税、都市計画税が府の収入へと移り、国からの交付金も府の管理となるため、自主財源と言われる自前で確保できる税金は3分の1に減少する。それでは行政運営できないので、東京23区の場合、都から財政調整交付金という『お小遣い』をもらって行政運営しているのです」
     
    一方で、特別区ごとに首長や議会、役所が必要となり、職員も増え、コストが大幅に増えることは避けられない。
     
    「都構想」が実施された初期費用として、15年は5区案で約600億円、20年は4区案で約241億円が見積もられた。
     
    政令市から特別区に格下げになると、住民サービスに悪影響が懸念されるため、12年に施行された「大都市地域における特別区の設置に関する法律」(大都市法)には「住民投票で最終決定する」規定が盛り込まれたのだ。
     
    さらに、大阪市の財産も狙われているという。
    ……

  • 10面~11面 「日本で一番危険」那覇空港㊤ 相次ぐ自衛隊機事故(下地毅)

    那覇空港――国内線と国際線あわせて年間2346万人が利用する沖縄の空の玄関だ。その那覇空港で、自衛隊の戦闘機が続けざまに事故を起こした。これは一時のことなのか。それとも永続の中の一例にすぎないのか。扉の向こうに世界が広がっている那覇空港は、県民の憧れであり誇りでもある。それを「日本で一番危険」と称せざるをえない現状を報告する。

    直近の「第1弾」は8月18日だった。F15戦闘機が着陸した際、左の主脚を損傷して動けなくなった。ミサイルを搭載した機体から白煙もあがった。滑走路が4時間以上も閉鎖され、多くの便が遅延や欠航を強いられた。
     
    小泉進次郎防衛相は「ご迷惑とご心配をかけた」と言い、航空幕僚監部に事故調査委員会を設けて調査中だと言った。
     
    このことばが(毎度のことながら)口先だけのものであることはすぐに判明する。
     
    那覇市議会が、高市早苗首相や小泉防衛相ら宛ての「那覇空港で発生した航空自衛隊機事故に対する抗議と、那覇空港の民間専用化の実現を求める意見書」を可決した9月1日、空自は事故原因が不明のままF15戦闘機の飛行訓練を再開した。
     
    しかも再開を公表したのは1週間後だ。そして翌々日の9月10日、「第2弾」が起きた。F15戦闘機が火花をあげながら緊急着陸して動けなくなった。やはりミサイルを搭載していた。油圧系統の故障という。滑走路は1時間以上も閉鎖された。
     
    小泉防衛相は「ご迷惑とご心配をかけた」とまた言った。防衛省は第2弾には事故調査委員会さえ設けていない。
     
    第1弾の事故を受けて「沖縄平和市民連絡会」や「第3次普天間米軍基地から爆音をなくす訴訟団」など県内の団体が会見し、高市首相・小泉防衛相・村井勝沖縄防衛局長ら宛ての「那覇空港のF15戦闘機事故に抗議し、民間専用化を要求する声明・請願」を連名で発表した。
     
    「私たちが懸念する事故がまた起きた」と書き出す「声明・請願」は、「那覇空港は県民の『空の玄関口』、交通・物流・観光・経済の最大拠点だ。県民の命と安全、県経済を脅かす那覇空港の軍事使用を拒否」すると宣言し、事故原因の究明も求めた。県内の複数の自治体が「那覇空港の民間専用化」を決議したり意見書を可決したりしてきたことも紹介して「自衛隊の那覇空港の使用を中止せよ」と突きつけた。
     
    那覇空港の近くで孫ら7人と暮らしている長堂登志子さん(76)は「こんな危険な状況の中で日常生活をしている。これからのことがますます心配だ」と話した。
     
    那覇市の坂尾美知子さん(75)も「那覇空港を利用するたびに自衛隊機を見て不安になる。安心して使える空港にしてほしい」と語った。
     
    「ノーモア沖縄戦 命どぅ宝の会」事務局長の新垣邦雄さんは、「要するに、こうした事故は日常茶飯事ということです」と言った。新垣さんは、「県平和委員会」「沖縄平和市民連絡会」とともに8月16日、すなわち第1弾発生の2日前、「那覇空港が危ない!」シンポジウムを開いていた。参加を呼びかけるチラシにこう刷った。
    ……

  • 12面~13面 プーチン大統領 択捉訪問 北方領土の根源的失策(粟野仁雄)

    8月29日の朝、朝日放送の『教えて!ニュースライブ 正義のミカタ』を何気なく見て驚いた。司会はタレントの東野幸治氏。プーチン大統領が13日に初めて択捉島を電撃訪問したことで北方領土問題を特集した。解説は河野克俊氏。安倍政権時代の自衛隊トップでメディアでもおなじみだ。
     
    番組は訪問後にプーチン大統領が「第2次大戦の結果として国際的文書に明記されている」と発言したことを重視。「北方領土は日本固有の領土。断じて受け入れられません」とした高市早苗首相の怒りを紹介し、北方領土史をたどる。
     
    河野氏は1855年の日露和親条約、75年の樺太・千島交換条約などを取り上げ、4島(択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島)が日本領土であることについて「微動だにしない」と繰り返した。続いて第2次大戦中の「ヤルタ協定は密約で日本は関与していないので拘束できない」とした。
     
    次に日本がソ連を除く48カ国と締結した51年9月のサンフランシスコ講和条約を解説。河野氏は「4島を除く千島列島を放棄したことを明確にしたが、どこに帰属するかは言っていない」と発言した。「4島を除く」は大嘘である。
     
    サンフランシスコ条約は第2条(C)では「日本国は、千島列島並びに(中略)樺太の一部およびこれに近接する諸島に対するすべての権利、権限及び請求権を放棄する」としている。放棄した地域の領有先は示されていない。問題は千島列島がどこを指すのかである。
     
    日本政府は当時、歯舞諸島と色丹島は北海道としたが、国後、択捉については「放棄した千島列島に含まれる」としていたのだ。外務省の西村熊雄条約局長は国会で「放棄した千島列島に国後と択捉は含むのか?」と問われて「条約にある千島列島の範囲については、北千島と南千島の両者を含むと考えている」と答弁した。南千島とは択捉島以南、つまり択捉、国後両島も放棄したと公式に認めたのだ。
     
    政府が択捉島と国後島を「放棄した千島列島には含まれない」と国際的に修正したのは5年後のことだ。
    ……

  • 14面~15面 ヤマケンのどないなっとんねん 沖縄も総務省OBネットに(山本健治)

    高市首相はメディアがたくさん取り上げそうな場合はいろいろパフォーマンスするが、そうでないと知らんぷりだ。例えば、中部電力浜岡原発の不正は原発の安全性はもとより存在の根本に関わる問題であり、中部電に一言二言あっても何の不思議もないが、国民には何のメッセージも伝わってこない。まったく知らんぷりにしか映らず、今後の原子力行政に不安を感じないわけにはいかない。
     
    高市氏が総務大臣の頃、ほんのちょっとしたことで放送免許を取り上げるぞというような脅しを放送関係者にかけたことがあるが、今回の中部電はまったく許されない不正を行ったものであり、申請取り下げ、ツートップ辞任くらいではすまされない重大問題である。
     
    しかし、高市首相の動きは何も伝わってこない。首相が直接に言うのが問題なら、担当大臣を通じて電力事業認可を取り上げるぞと怒ってもいいはずであるが何もない。結局は高市首相も原発推進派だからこんなことですますのかと国民は思ってしまう。しっかり対応しなければいけないし、こんな不正をやる連中に原発などつくらせてはいけないし、稼働させてはいけない。即刻全部廃炉、原発から撤退だ。
     
    どの放送局も電力会社は大きな広告主であり、ニュース番組のスポンサーになっていることが多いから、いろいろ言っても適当な報道でお茶をにごしているように思えてしまう。関西電力経営幹部たちが若狭地方の原発立地自治体の助役から「小判」を受け取っていた問題もうやむやである。結局は高市首相も原発推進派で、最終的には核武装推進派でもあるから積極的には動こうとしないのだと思ってしまう。
    ……

  • 16面~17面 世界で平和を考える 中東はなぜ揺れ続けるのか(西谷文和)

    アメリカとイランの戦争が終わらない。今月は少し歴史的な観点から見ていきたい。 私が初めて中東に足を踏み入れたのは、まだ吹田市役所に勤務していた2003年のことである。あれから23年、中東で入国していないのはサウジアラビアとイエメン、そしてイランだけになった。
     
    なぜ、イランを取材してこなかったかというと、実はこの20数年イランはずっと安定していて紛争のない状態が続いていたからだ。しかし私はイラク、それも限りなくイランに近い地点でずっと取材を続けてきた。それはどこか?クルドである。
     
    クルド人は「国を持たない世界最大の民族」と呼ばれている。第1次世界大戦後、英仏がオスマントルコを分割する。この時、英国はイラク、ヨルダン、パレスチナを、仏国はシリア、レバノンを奪い取った。その結果、トルコ、シリア、イラク、イランにまたがって居住するクルドは地図上から消えてしまった。
     
    中東が激動するのが1979年。まず、旧ソ連がアフガニスタンに侵攻した。これが後のソ連崩壊につながる。そして、イランでホメイニ革命が起きる。パーレビ国王の圧政に苦しむ民衆が蜂起して、パリに亡命していたホメイニを呼び戻し、革命が成就する。最後にイラクのサダム・フセインがこの年、大統領に就任する。つまりイランのホメイニ、イラクのフセイン、2人の独裁者がほぼ同時にトップに上りつめたのである。80年9月、大統領に就任したばかりのフセインは隣国イランに侵攻、8年間にわたるイラン・イラク戦争が勃発した。
     
    なぜ、フセインは隣国イランを侵略したのか?
     
    直接的にはシャットルアラブ川をめぐる国境紛争だった。チグリス・ユーフラテス川が合流してペルシャ湾にそそぐ川の中央が国境なのか、右岸なのか。しかしこれは口実で、フセインの本音は「シーア派革命の阻止」だった。
     
    当時、イランのホメイニが狙っていたのが「革命の輸出」。イラクの多数派はシーア派住民だが、少数のスンニ派バース党、フセインが実権を握っている。同じく多数のシーア派が住むバーレーン、サウジアラビア、UAEなどの湾岸諸国はスンニ派の王様が独裁体制を築いていて、シーア派を冷遇している。ホメイニはこれらシーア派住民に蜂起を呼びかけていた。
     
    この時、サダム・フセインは何を考えたのか?
     
    「先制攻撃を仕掛けてイランを制圧すれば、俺がアラブの盟主になれる」。フセインには勝算があった、アメリカである。ホメイニ革命と、その後に起きたアメリカ大使館人質事件で、イランはアメリカの敵国になった。そのイランを叩くイラクは「アメリカの敵の敵」=味方だ。さらにイラン軍は革命で弱体化している。「叩くなら今だ」
     
    アメリカは最新兵器とともに、イランの部隊がどこにいるのか、今後どう展開するのか、などの情報をフセインに与えていたので、当初はイラク軍が優勢だった。しかし、自力に勝るイランが次第に勢力を盛り返して、イラン・イラク戦争は泥沼化していく。この時、双方が利用したのが、相手側に住むクルド人だった。ホメイニはイラクのクルドを、フセインはイランのクルドに武器を渡し「立ち上がって政権を倒せ」とけしかけたのだ。
     
    88年3月、フセインは独立を求めて立ち上がった自国のクルド人に対して、毒ガスを使用する。この時、父ブッシュはフセインを非難しなかった。毒ガスという大量破壊兵器を使ったにも関わらず「フセインはアメリカ側」なので許されたのである。
    ……

  • 18面~19面 フクシマ後の原子力 安全の根本揺るがす不正(高橋宏)

    中部電力(中部電)は9月14日、浜岡原発の地震動データを不正操作していた問題について、外部弁護士で構成された調査委員会の報告書を公表した。そして、林欣吾社長、勝野哲会長、水野明久相談役が9月末に辞任し、原子力規制委員会(規制委)への浜岡原発3、4号機の再稼働の申請を取り下げると発表した。しかし同時に「再発防止策の方向性」を示し、林社長が「決して諦めることなく、再申請に向けた取り組みを進める」と述べるなど、中電はあくまで再稼働する姿勢を示している。
     
    中部電は福島第一原発事故の翌年頃から、地震動データにおける「不適切な行為」を始めていた。2025年、外部から情報提供で規制委がデータ不正の調査を開始し、今年1月には中部電が地震動のデータ不正を発表した。7月には、規制委の調査開始後も不正を続けていたことが明らかになっている。さらに8月、廃炉を進めている浜岡原発1、2号機で、「使用済燃料再処理・廃炉推進機構」に対し、計画通りに作業が進んでいるように改ざんした報告書を提出して、約8億円の費用を受け取っていたことが発覚した。
     
    1、2号機の廃炉作業は09年に始まり、40年代前半の完了を目指していた。商業用軽水炉の国内初の廃炉ということで、作業内容をはじめ、工期や費用が計画通りに進捗していくかが注目された。中部電によれば、廃炉作業は解体工事準備期間の第1段階、原子炉領域周辺設備解体撤去期間の第2段階を経て、24年から原子炉領域解体撤去期間である第3段階に入っているという。だが、廃炉作業は予定通りには進んでおらず、「つじつまを合わせようとの意図があった」と説明している。
     
    公表された外部調査委員会の報告書(開示版)は253ページに及ぶ。調査対象とした225ケースのうち208ケースで不正が確認されたという。注目すべきは、不正についての「原因分析」だ。まず「本事案に通底する原因」として「極めて特異な考え方が一部に存在していたこと」が挙げられている。
     
    その内容として、中部電の一部の役職員による「安全性には影響がない」「技術的には正しい」「再稼働の支障となり得る行為は認めるべきではない」など、「自分たちの行為を正当化する発言などが随所に見受けられた」と指摘している。
    ……

  • 20面 関東大震災虐殺103年 韓国特別法 真相究明ともに(栗原佳子) ※全文紹介

    多数の朝鮮人、中国人が官憲や自警団に虐殺された関東大震災から103年となる9月、虐殺事件が起きた関東各地で追悼式が行われた。昨年12月、韓国で真相・責任究明、犠牲者の名誉回復を目的とする特別法が成立。長年、それぞれの地域で真相究明と追悼を続けてきた市民たちも歓迎し、日韓の連携を誓った。 

    韓国の国会で昨年成立した特別法は12月末に施行される。首相直属の真相究明委員会を設置、資料収集や犠牲者・遺族の認定、報告書作成などに取り組む。活動期間は3年で、2年延長が可能。市民らの20年の運動が特別法に結実した。
     
    横浜市の久保山墓地で9月5日に開かれた朝鮮人虐殺神奈川追悼会では立法化の運動をけん引してきた金鐘洙(キム・ジョンス)さん、歴史学者の成周鉉(ソン・ジュヒョン)さんも参加した。韓国・天安市に「記憶と平和のための1923歴史館」を開設した金さんは「日本の市民運動と研究成果がどう反映されるのか。民族や国籍を乗り越え、真実を追求しようという人々の良心がこの特別法を生かしていくだろう」と話した。
     
    追悼会を主催した関東大震災時朝鮮人虐殺の事実を知り追悼する神奈川実行委員会は23年、県内の虐殺事件57件、死者145人と記載された「新史料」を公表した。震災2カ月後に県知事が内務省に宛てた報告書で、研究者の故・姜徳相(カン・ドクサン)さんが発見した。山本すみ子代表は「横浜市は新史料の事実を受け止めようとしない。日本政府も『資料が見当たらない』と逃げている。特別法は本来、日本政府がやらねばならなかった」と強調した。
     
    朝鮮人17人が虐殺された藤岡事件の市民慰霊祭(藤岡事件を学び伝える会主催)は12日、初めて市内の斎場で行われ、「歴史を正しく記憶し、後世に語り継いでいかねばならない。違いを認め合い、偏見や差別のない社会を築くことが大切」という新井雅博市長の追悼文が代読された。
     
    法要後、「日韓和解と平和プラットフォーム」の金性済(キム・ソンジェ)牧師が特別法について講演した。金牧師は「1923年12月、帝国議会で2人の国会議員が証拠書類を振りかざし、山本権兵衛内閣を追及した。『追って議場で報告する』。そのまま103年が過ぎた」と振り返り、「真相究明の原点は目の前で同胞を斬殺された人たちによる調査。厳しい言論統制下、各地の寺を駆け回り、生き残った者の使命を果たした。今こそ日韓で国会議員、歴史研究者、市民運動のネットワークを強めていこう」と訴えた。

  • 21面 原発賠償関西訴訟判決 国の責任また認めず(矢野宏) ※全文紹介

    東京電力福島第一原発事故後、福島県などから関西に避難した79世帯221人が国と東電に計約29億円の損害賠償を求めた「原発賠償関西訴訟」。大阪地裁は9月2日、東電に対し53世帯103人に計9049万円の支払いを命じたが、「事故を防ぐ義務を怠ったとは言えない」として国の責任は認めなかった。原告側は16日控訴した。

     2日午前10時過ぎ、地裁正門前。強い日差しが照りつけるなか、「国の責任を認めず」の垂れ幕が掲げられると、支援者からは落胆の声が漏れた。「またしてもか……」
     これまで全国では約30件、1万人以上による集団訴訟が起こされ、高裁段階では国の責任を認める判決が相次いだ。しかし、四つの集団訴訟に関する2022年6月の最高裁判決が国の賠償責任を否定して以降、国への請求を退ける判決が続いている。
     1月22日には、京都や東京、神奈川など九つの訴訟が上告を棄却された。紙切れ一枚での「一括門前払い」だった。
     関西訴訟は13年9月から4次にわたり、順次提訴した。原発事故で拡散した放射線に被ばくするか、避難するかを強制的に選ばされたとし、人権侵害を主張。避難に伴う経済的な負担や家族が別れて苦痛への賠償を求めた。
     避難の権利とともに、原告団が強く主張してきたのが「被ばくからの自由」。福島県郡山市から幼子2人と避難した原告代表の森松明希子さん(52)は「原発事故以降、私が奪われたのは、被ばくからの自由と基本的人権。被ばくするかしないかは私が決める。その権利が奪われているのです」と訴えてきた。
     今回の判決は、避難者が当時暮らしていた居住地の放射線量などに照らし、健康に影響を受けるとの恐怖心や不安から転居し「平穏な生活」が害されたと客観的・合理的に評価できる原告に対しては、東電が賠償責任を負うとした。
     そのうえで、53世帯への賠償を認め、うち1世帯は宮城県からの避難者だった。だが、避難した子どもたちの精神的苦痛はほぼ認められなかった。
     この裁判の最大の争点は、国が東電に津波対策を命じていれば事故を防ぐことができたかどうかだった。国の賠償責任については、津波の高さは想定を超え、防潮堤をつくっても事故は避けられなかったとして否定。「原発は国策として推進された公の営造物。国には設置や管理責任があった」との原告側の主張に対しても、「原発は東電が設置し運営する施設。国と共同管理していたとは認められない」と退けた。
     判決後の報告集会で、森松さんは「被害を訴え、権利の救済を求め、公正・公平な判決を求めてきましたが、何もしなかった国の責任を否定した最高裁判決を踏襲しただけで、司法の独立はどこにもありませんでした。まさに司法の自殺です」と批判した。
     報告集会に参加した堺市の脇田武利(77)さんは「国はいつも責任を取らない。先の大戦で空襲被害を受けた民間人に対しても謝罪も補償もしていない。国策の原発政策で、誰も責任を取らなくていいということになれば、次の犠牲者が出る事故につながりますよ」と憤っていた。

  • 22面 読者近況(矢野宏、栗原佳子) ※全文紹介

    ヒロさん「ひとり立ち」

    【東京】松元ヒロさんのライブ「ひとり立ち」が10月29日~11月1日の4日間、新宿区の紀伊国屋ホールで開かれる。
     
    ヒロさんはコント集団「ザ・ニュースペーパー」結成時のメンバー。1998年に独立後、政治や社会問題をネタに一言物申すライブが人気。「テレビで見られない芸人」だが、「鬼平犯科帳」にしゃも鍋屋の三次郎役で出演中。毎月3日、国会前でのスタンディングにも参加している。
     
    開演時間は、10月29日(木)午後7時~▽30日(金)、31日(土)、11月1日(日)午後3時~
     
    チケット代3800円。問い合わせは「サンライズプロモーション」(0570・00・3337)まで。  (矢野)

    高野長英と吉田松陰

    【岩手】岩手大非常勤講師の佐藤竜一さん(67)が「高野長英と吉田松陰」(1980円)を日本地域社会研究所から出版した。幕末、日本の夜明けを夢みた2人の知識人の足跡を多くの資料と現地取材で紹介している。
     
    岩手出身の佐藤さんは宮沢賢治をはじめ、原敬や新渡戸稲造ら県内の偉人らを研究、数多くの著書がある。今回は現在の岩手県奥州市に生まれた蘭学者の高野長英(1804~50年)と松下村塾で明治維新のリーダーを育てた吉田松陰(1830~59年)を取り上げた。
     
    2人に接点はないが、共通点は全国を歩き回り、多くの人々と交流したこと。佐藤さんは「どこか間が悪いところがあった」とも指摘する。「長英は脱獄せずに獄中にいれば、幕府の方針転換で恩赦になった可能性があり、松陰は幕府が知らなかった老中暗殺計画を自ら暴露する失態が死を招きました」
     
    長州出身の松陰が「脱藩」までして東北へ向かい、岩手ゆかりの人物との交流を重なていたことも書かれており、興味深い。     (矢野)

     李さん原作芝居再演

    【大阪】 劇団タルオルムの芝居「おとうとが消えた日」が来年1月9、10日、大阪・ドーンセンターで上演される。1970年代、軍事独裁政権下の韓国で起きたスパイ捏造事件に巻き込まれた在日コリアン家族の激動の物語だ。
     
    原作は李香代(イ・ヒャンデ)さん。10年前、生い立ちや家族の歴史を韓国語の手記にし、これを読んだタルオルム代表の金民樹さんが旗揚げ20周年の昨年、舞台化した。
     
    李さんは泉南市議によるヘイトスピーチ訴訟の原告。来年の再演では、李さんと、従兄でスパイ捏造事件の当事者である李哲(イ・チョル)さんのアフタートークがある。
     
    「半世紀近く前の出来事が私たちに何を問いかけるのか。人権について改めて考え、語り合うきっかけになれば」と李さん。前売S席5000円/A席4500円/学生・障がい者3500円。申込みは「イープラス」で劇団タルオルムを検索。10月末まで早割1割引(折込チラシでは9月末だが1カ月延長)。(栗原)

  • 23面 経済ニュースの裏側 必要な技術・素材(羽世田鉱四郎) ※全文紹介

    小水力発電 小川や用水路など、小さな落差を利用。発電の安定性に優れています。おおむね1万㌔・㍗以下。自治体、土地改良区、NPO法人、民間、個人が主体。難点は、河川法など法的手続きや規制が多いこと。配慮が必要です。
     
    太陽光発電 太陽の光エネルギーを吸収して、直接電気に変える仕組みです。シリコンや化合物などの半導体で形成。シリコン系の太陽電池が中心です。
     
    ペロブスカイト太陽光発電 折り曲げができ、軽量で柔軟性に富み、弱い太陽光でも発電可能で、変換効率性に優れています。窓や外壁への取り付けも可能。2009年に桐蔭横浜大学の宮坂力・特任教授らが開発しましたが、実用化の特許出願は、中国が圧倒しています。
     
    蓄電池 素材から、鉛、リチウム、ニッケル水素、ニッケルカドミウムに分かれます。産業用と家庭用があり、家庭では、太陽光パネルとセットになっている事例が大半です。電力を貯めて制御できますが、難点は高価格。技術開発を進め、低価格での普及が望まれます
     
    全固体電池 電気自動車の普及が進まないのは「高価で不便」なこと。中国では補助金で販売を拡大しましたが、打ち切りで鈍化しました。航続距離の頭打ちと長い充電時間が大きなネック。また、リチウムバッテリーは画期的な電池ですが、発火しやすいリスクがあります。その課題を補うのが全固体電池。実用化が待たれますが、まだ基礎研究の段階です。充電ができる2次電池は、プラス部分、マイナス部分、電解質に分かれますが、全固体電池は、電解質の部分が固体です。電流を生みだすイオンの動きを、どう制御できるかがポイントになります。
     
    必要な背景 人工知能(AI)開発競争で、膨大な電力を消費するデータセンターが脚光を浴びています。原発の再稼働を目論む動きも活発に。チェルノブイリ原発事故(1986年)から40年が経過し、現在でも30㌔範囲の立ち入り制限が存在。日本でも、放射性廃棄物の処理に困るなど、原発の再稼働は事実上、困難です。
     
    植物繊維 例えば葛。繁殖力は強く、国内に広く分布しています。江戸時代は、「はかま」や合羽の素材になりました。引っ張りに強いのが特色。植物繊維で注目はセルロースナノファイバー(CNF)です。
     
    CNF 紙の主原料であるパルプの部分をナノサイズまで解きほぐしたもの。鋼鉄と比べると、5分の1の重さで、5倍の強度を持ちます。研究も進んでおり、加工のしやすさもあって、軽量な構造材料として注目を集めています。原料が木材であり、石油製品でないことも大きな長所です。
     
    雑木や雑草の活用 「もったいない」の一言に尽きます。自然に返る素材を、もっと有効活用すべきと判断しています。簡単な圧縮や引き延ばしで、包装資材などに活用できるかと。ゴミ袋にも最適です。スーパーやコンビニのレジ袋も現実的で、幅広い用途が期待できます。
     
    必要な背景 マイクロプラスチックの人体に与える影響は深刻です。食品、飲料水、空気などから人体に侵入し、特に消化器や肺への影響が懸念されます。
     
    その他 光触媒、磁気抵抗メモリ(MRAM)の研究も期待できます。

  • 24面 会えてよかった 吉田勝廣さん② 生まれたのは1945年3月(上田康平) ※全文紹介 

    吉田さんのお話の前に金武町のこと、米軍キャンプ・ハンセンのことにふれておきたい。
     
    金武町ホームページによると――
     
    金武町の2026年4月末の人口は1万1613人、世帯数は5913世帯。沖縄県本島のほぼ中央部に位置し、北東に宜野座村、南西に石川、北西に恩納岳連山をはさんで恩納村と境し、南東は太平洋に面している、ゆるやかな台地をなした風光明媚な町とのことである。
     
    米軍キャンプ・ハンセンは金武町面積の約54・5%を占める
     
    沖縄県基地対策課の25年統計資料によると――
     
    キャンプ・ハンセンは金武町、恩納村、宜野座村、名護市にまたがり、面積は4874万8千㎡におよぶ広大な基地である。そのうち金武町には2071万6千㎡の施設があり、町面積3802万㎡の約54・5%を占めている。金武町には他に金武レッド・ビーチ訓練場、金武ブルー・ビーチ訓練場があり、町面積に占め る米軍基地の割合は55 ・5%となっている。

    県内最大の演習場、実弾射撃訓練も

    県がまとめた「沖縄の米軍基地」(24年)によると――

    駐留しているのは、第3海兵遠征軍。国道329号沿いの金武町の市街地に面した「兵舎地区」と山岳部の「訓練地区」からなる県内最大の演習場で、訓練地区には実弾射撃訓練を行うレンジやその着弾区域、一般演習を行う訓練場などがある。
     
    同訓練場には県道104号や県企業局の導水管などがあるが、それらの土地も米側に提供されている。
     
    復帰後の事件・事故
     
    実弾射撃訓練に伴う原野火災や施設外への被弾事故がたびたび発生。周辺の民間地
    域で海兵隊員による犯罪がたびたび発生している。
          ※※※
     
    カウンターではなく、フロアのテーブルで取材させていただいた。
     
    米軍が上陸してくる直前に生まれる
     
    81歳ということは――
     
    戸籍上は1945年2月10日となっているが、でも実際は3月29日、金武で生まれた。
     
    両親は金武の人。当時、米軍の艦砲射撃が激しかった昼間は壕(自然壕)に避難して、収まったら近くの納屋に戻っていた。母はちょうど納屋に戻っているとき、おばあちゃんの手助けで私を産んだ。産んで、私を抱えて壕に戻った。
     
    壕に戻ると赤ちゃんは泣く。近所の人たちが(米兵に見つかるから)出て行けという声が聞こえてくる。母は仕方なく私を抱いて、近くの寺(金武観音寺)に行き、フクギの木の下であやしていた。
     
    戦後、母は「戦は人を悪魔にする。戦はやったらいかん」と言っていた。

  • 25面 日本映画興亡史 「だまされることは悪」(三谷俊之)

    伊丹万作という映画監督がいた。「お葬式」や「マルサの女」などで知られる映画監督やエッセスイトとして活躍した伊丹十三の父親である。その伊丹万作の遺作となった映画に「巨人伝」(1938年公開)がある。ヴィクトル・ユーゴーの「レ・ミゼラブル」を下敷きに、設定を日本の幕末から明治維新、そして西南戦争に置き換えた時代劇だ。伊丹自身が脚色・監督し、大河内伝次郎が主演。当時17歳の原節子らが出演した。
     
    物語は、幾度も脱獄に失敗して、長い刑に処された男が、ついに脱獄に成功。明治維新という時代の大きな変動と混乱のなかでもがきながら西南戦争にも関わる。そんな時代を生きる姿を描いている。
     
    制作後、伊丹は肺結核を患い、長い闘病生活を送る。そして敗戦直後の46年、病状が悪化。同年9月21日に京都で死去した。まだ46歳であった。「巨人伝」が監督としての遺作となったが、脚本家としては、稲垣浩監督の名作「無法松の一生」(43年)がある。亡くなる同年、病床の伊丹は、「戦争責任者の問題」と題してこう書いている。「伊丹万作エッセイ集」(ちくま学芸文庫)から、少し長いが引用する。
    ……

  • 26面 坂崎優子がつぶやく ネット情報 偏る仕組み

    高市首相は主張したいことをⅩ(旧ツイッター)に投稿します。7月には「手付かずだった大量の洗濯後のハンカチやインナーのアイロンかけとお裁縫などを一気に処理した」などと家事をこなす内容が投稿されました。これに対し「家事は外注して首相の仕事を」などの声も多く寄せられていて、私も同感でした。
     
    ところが、デイリー新潮の記事で石破前首相がこの件について語っていて、そういう面もあるのかと思いました。首相公邸では「お手伝いさんなどを雇うことはできないのか」という記者の質問に対し、石破さんが「雇うのが禁じられているわけではないのだろうが、実際には難しい。私の場合は家内が家のことをやってくれたから良かったが、高市さんの場合はそうはいかないのでしょう。身内の者以外を入れるのはセキュリティーの観点からかなり難しいんだろうと思う」と答えていたからです。
     
    これまで首相は男性が当たり前の日本で、初めて女性首相が誕生したわけですから、不都合なことが出てきていることでしょう。家事の件では、手伝ってくれる身内がいる、いないに関わらず、国の責任で首相の生活をバックアップするシステムは必要でしょう。先駆者はあとに続く人のことも考え、古い体質を変えることも大事な役目ですが、高市さんにはそうした思いはなさそうです。
     
    「日本も女性が首相になる時代になった」と好意的に見ている友人がいますが、私には、古い男性社会にどっぷりつかった、自己アピールだけ熱心な人にしか見えません。
     
    熊本地震のあと現地視察に行き、その様子が動画になってⅩで流れました。向かうヘリの中で犠牲者に向けて手を合わせるシーンを撮影したり、決められた被災者をクーラーの効いた部屋に集め、政府に好意的なコメント言わせたり。さらにその一連の動画にBGMまでつけて、それはまるで高市さんのプロモーションビデオのようでした。当然「被災者も宣伝に使うのか」と炎上しました。
    ……

  • 27面 絵本の扉「ハルばあちゃんの手」(遠田博美) ※全文紹介

    表紙には、しわだらけの右手と赤ちゃんのふっくらとした右手が鉛筆画で描かれています。しわだらけの手は、きっとハルばあちゃんの手なのだろうな。では、赤ちゃんの手は? 手のひらからオレンジの丸い光が……。
     
    ハルは海辺の小さな村に生まれました。左手の中指の付け根にほくろが二つあり、「きっとこの子は器用だし幸せになるよ」と村の人たちは言ってくれました。大きな瞳でこちらをしっかりと見すえ、口を真一文字に結んだハル。実際、ハルは折り紙を器用に折り、お手玉やあやとりをやっても誰にも負けません。見開きいっぱいにあやとりをする彼女の手が描かれ、誇らしげに見えます。
     
    ハルがかずらのつるで籠を編んでいると、一人の男の子がその籠を妹のみやげに欲しいと言ってきます。彼女は籠いっぱいに春の花を入れて渡します。男の子は「器用な手じゃな、ほくろの目印もあるから、わすれないぞ」と言い、ハルも忘れないと返します。
     
    ところが、ハルが15歳の時に父親が戦死、後を追うように母親も病気で亡くなります。残された祖母と幼い弟や妹のために、ハルは村の男たちに交じって魚を取り、海に出られない時はわら仕事や針仕事もします。「幸せになる」と言われたのに……。
     
    毎日せっせと働くハルのたった一つの楽しみは、年に一度の盆踊り。村の踊り場で踊るハルの手と笠の合間に見える顔は、美しく成長したハルになっています。そんなハルを見つめていた若者、ユウキチがハルの手を取り、求婚します。彼は、籠をほめてくれた初恋の少年でした。神戸でケーキ作りの修業が終わり、店を出す時に嫁にするから待っていてほしいと告げ、彼は戻って行きます。
     
    「必ず待っててくれろ……」と告げられたときのハルの美しい笑顔が画面いっぱい広がります。木下晋さんの鉛筆画は、モノトーンであるにもかかわらず、読み手に花の色の美しさや、登場人物の息づかいや頬や手の色や温もりを伝えます。
     
    月日は流れますが、ユウキチはなかなかハルを迎えに来ません。祖母も亡くなり、弟や妹も就職や結婚で家を去り、ハルは一人ぼっちになりました。しかし、長い間待たせたユウキチが突然現れ、ハルはめでたく彼と結婚します。
     
    その後、神戸で2人は店を持ち、男の子にも恵まれます。周りの状況が変わり、子どもたちが自立して出て行っても、ハルはユウキチとケーキを作っている時が一番幸せでした。

    年老いて店を閉めようと決心した時、ユウキチは重い病に見舞われます。2人が見つめ合い、彼がもう一度ハルと踊りたい……と話す場面は、初めて見つめ合った場面より美しく幸せに満ちて見えます。
     
    ユウキチが亡くなり、故郷へ帰ったハルは、踊り場で月の灯りに照らされて美しい手振りで踊ります。彼女は踊りながら自分の人生を振り返り素敵なことをつぶやきます。ラストまでの描写も心震えるものです。一人の女性の人生を、美しい手を中心に描いた作品です。
     
    簡潔で力強い文章を書いたのは、自らを「児童読物作家」と称した山中恒さん。絵本の文章を書くのは極めて少ないのですが、圧倒的な筆力で子どもたちを魅了し続け、木下さんの鉛筆画と相まって素晴らしい作品に仕上がっています。

  • 28面~29面 読者からのお手紙&メール(文責 矢野宏) ※全文紹介

    お粗末過ぎないか
    メディアの表現力

       高知県安芸市 浦一貴
     
    スマホ時代で、うずみ火読者も書くことが減ったのか、近ごろお手紙が少なくなりましたね。
     
    新聞社に勤めて30年あまりたちます。経歴は取材部門と見出し・レイアウトの整理部門が半分ずつ。勤めるほど意識するのは言葉選び。気になる語句は、例文が定評の「新明解」を引きます。語句が見つからなければ「大辞泉」。もっとも約30年前発行のものですが。
     
    SNSの投稿はなんであんなに誤字脱字だらけなんでしょうか。あるいは「わかるようで意味不明」な表現。識字率の高さと表現力は一致しないのだと気付きました。でも、マスメディアもお粗末です。
     
    スポーツ紙のネット記事。ある負け投手は「初回こそ順調に立ち上がった」。立ち上がりは初回に決まっている。また、「立ち上がり」と名詞形の表現はあるが、「立ち上がった」はおかしい。投手がマウンドで寝ることはない。ピリッとしない書きぶりに、イラッとします。
     
    高知の民放。デパートの物産展で「京都のお上品な味はいかがでしょうか」。一生、いけずされますえ。
     
    NHKニュースで乱発される「状況」「状態」「みられる」。熊本地震で「熱中症になりやすい状況が生まれやすい」「車が渋滞している状態が続いていて」。千葉の豪雨であふれる「茶色い水」。
     
    「トランプ大統領が乗ったとみられる専用機が北京に到着しました」。自信がないなら「専用機が到着した」で十分。「あほかいな」と思っていたら7月、トランプ米大統領は別の機に乗り、トルコから帰国しました。NHKはこんな事態を予見していたのか(ありえない)。こんなへっぴり腰語法のニュースを、私は信頼しません。
     
    (浦さんには新聞うずみ火の見出しや原稿の校正をお願いしており、見出しに「命」を吹き込んでくれています。よく投稿してくださった小泉雄一さん、谷野勉さんが鬼籍に入り、寂しくなりましたが、現場主義と読者の声を大事にしていきたいと思っています)

    教師の言葉の暴力
    級友たちのしかと

      埼玉県狭山市 根橋敬子
     
    女子高校3年生の時のこと。
    担任が皆から嫌われている国語の男性教諭だった。ノートにその日の様子を書いて提出する当番があり、今となっては何を書いたのか忘れてしまったが、書いた内容が教師の逆鱗に触れてしまった。クラス全員の前で怒鳴り散らした。その時からだ、誰も私に近づかなくなったのは。
     
    全員に知らされている内容が私には届かない。最悪だったのは、授業が終わると全員が教室から出て廊下を右と左に分かれて行ったこと。私は呆然と見ていた。後でわかったのは就職組と進学組に分かれて説明会があったらしい。私は一人教室に残っていた。
     
    それ以来、朝、起き上がれなくなった。お腹が痛い。頭痛がする。母の「学校に行きなさい」の連呼にいっそう体が萎縮した。登校すれば、国語の時間に次々に名指しされる。答えられないと「何を聞いていた」と叱責される。
     
    遅刻しながらも何とかしばらく通っていたある日、担任が突然、私の前の生徒の胸ぐらをつかみ、「この服は校則違反だ」と怒鳴った。とっさに私は「違反じゃありません」と言っていた。教師は驚いた顔をして私を見てから、その生徒から手を離し、教壇に戻って行った。
     
    授業が終わると、級友たちがわっと私の周りに集まってきた。「リップ、使う?」「これ、あげる。かわいいでしょ」。何が起きているのかわからない。これが余計にいけなかったのかもしれない。とうとう学校を休むようになった。母は相変わらず「行け」「さぼるな」としか言わなかった。
     
    月曜日や夏休み明けの9月1日は地獄だった。嘔吐するようになり、それでも事情は親には言わなかった。自分でも自分の気持ちを整理できていなかった。学校を休むこと数カ月、何も言わなかった父が「辞めるか?」と聞いてきた。「辞めたい」と答え、その手続きが行われ、ほぼ同時に通信教育の高校への入学手続きが行われた。働きながら学ぶ年齢の違う生徒たち。心が癒されていくのがわかった。
     
    教師と呼ばれる人たちの中にはこんな人もいる。信じてはいけない。そんな思いが残った高校時代だった。
     
    (一歩間違えば命にかかわる瀬戸際にまで追い詰められていたのですね。お父さんの言葉がなければどうなっていたか……。よくぞ生き抜いてくれました。よくぞ書いてくれました)

  • 29面 車いすから思う事 季節の移ろい(佐藤京子) ※全文紹介

    夕方、介助犬「イムア君」と一緒に散歩に出ると、風がスッと流れているのを感じるようになった。まとわりつくような熱風もなく、アスファルトの照り返しも和らいだことで、「リーンリーン」と虫の音を感じるゆとりを持てるようになった。
     
    イムア君との外出でも、スーパーでの買い物の場合は、必要な物を考えておき、ピンポイントで売り場を回ることにしている。棚に並ぶ商品を見ながら買い物するのが苦手だから、特売品があっても気がつかない。それに、イムア君のトイレが間に合わなかったら一大事だ。店に入る前にトイレは済ませているとはいえ、やはり犬だから何があるかわからない。このプレッシャーは相当なものだ。
     
    イムア君との散歩では、小さな公園や遊歩道を避ける。ノミやダニをもらう可能性があるからだ。ひたすら、幹線道路の歩道を歩く。買い物と違って時間に余裕があるから、行きつけの店に入ることもある。アイスコーヒーを頼み、テラス席の椅子をずらして車イスを駐車させる。店の人も慣れているので、いい意味で放っておいてくれる。こんな時間が心地よい。イムア君用の氷をもらい、テラス席の隅っこで一つずつ食べさせる。たわいのない一コマだが、その日のエピソードとなり、自身の記憶に残る。
     
    この日は3人の外国人に声をかけられた。イムア君に「触ってもいいか?」と。もちろん、イムア君はお仕事中なので、丁重にお断りする。片言の日本語と下手くそな英語でも通じるところが面白い。
     
    夕陽が落ちて少しずつ暗くなり始めた。椅子を戻し、イムア君に「さぁ行こう」と声をかけて外に出ると、「ガチャガチャ、リーン」と虫の音がいっそう大きく鳴いているように感じた。虫の音が聞かれなくなる頃には、冬の支度をしなくてはいけなくなる。いろいろと面倒なことが多い車イスドライバーだが、季節の移ろいを感じられて豊かな気分になれるのもいいことだ。

  • 30面 矢野編集長の10月講演(矢野宏) ※全文紹介

    ■隆祥館書店「城が燃えた」発刊記念トークイベント
    ・日時 3日(土)午後3時~5時半
    ・会場 大阪市中央区安堂寺町の隆祥館書店多目的ホール(地下鉄谷町線「谷町六丁目駅」⑦出口向かい)
    ・演題 「大阪大空襲、その時、何が起こったか?」
    ・参加費 (「城が燃えた」購入)3800円、(本なし)2500円、(リモート・「城が燃えた」購入)3980円、(リモート・本なし)1750円
    ・申し込み、問い合わせ 隆祥館書店(06・6768・1023)

    ■日本貨物鉄道労働組合「大阪城周辺・戦跡フィールドワーク」
    ・日時 6日(火)午後1~4時
    ・集合場所 JR環状線「京橋駅」南口近くの爆撃被災者慰霊碑前
    ・主なコース JR京橋駅爆撃被災者慰霊碑→大阪砲兵工廠・水門→旧化学分析場→中国の狛犬→山里丸石垣の機銃掃射痕→1トン爆弾による石垣のずれ→ピースおおさか

    ■第5回豊郷町人権学習講座
    ・日時 15日(木)午後6時半~8時
    ・演題 「差別用語を考える〜マイクロアグレッションってなに?」
    ・参加費 無料(町外の方も参加できます)
    ・会場、問い合わせ 滋賀県豊郷町隣保館・地域総合センター(0749・35・0611)

    ■「吹三・東9条の会」学習会
    ・日時 25日(日)午前10時~11時半
    ・会場 大阪府吹田市の吹田勤労者会館2階(JR吹田駅南口から徒歩3分)
    ・演題 「9条の力を深く学ぼう」
    ・資料代 500円
    ・問い合わせ 藤嶋さん(090・7353・1699)

  • 30面 編集後記(矢野宏、栗原佳子) ※全文紹介

    在日3世の女性が近く東京地裁に靖国合祀取り消しを求め提訴する。靖国神社は追悼施設ではなく、A級戦犯を含む戦没者を「万代に顕彰する」宗教施設。日本軍人・軍属として動員した朝鮮人戦没者を遺族に無断で、しかも創氏名で合祀した。女性の祖母の兄2人はグアム島、千島列島の占守島(しゅむとう)で戦死。女性は合祀の事実を知り衝撃を受けた。在日遺族が靖国訴訟の原告となるのは初めて。「支える会」は10月17日からクラウドファンディングを始めるが、その前に「クラファンサポーター」の登録も呼びかけている。賛同者を募り、支援を広げていこうというもので入金は必要ない。ヘイトがまん延するこの社会で裁判を闘うこと。靖国を問うこと。その肉体的、精神的重圧たるや。私も登録した。今月号に同封のチラシをご参照下さい。(栗)
     
    9月13日に投開票された沖縄県知事選は、SNS上で玉城デニー氏対する誹謗中傷やデマが大量に拡散し、荒れた選挙戦となった。NHKの分析では、玉城氏批判の動画の再生回数が2347万回、古謝玄太氏批判は27万回だったという。「沖縄を中国が奪おうとしている」「デニー政権が続けば、沖縄は中国になってしまう」などのデマが多く、琉球新報によると、Xの投稿で9割が県外からの発信だったという。SNSの偽情報や中傷を巡っては先の兵庫県知事選、宮城県知事選でも問題になったが、再生数ははるかに上回る。カネさえ注ぎ込めばSNSで世論を誘導できる時代を迎えた。今月号で坂崎優子さんも指摘しているが、内閣広報室が2027年度予算の概算要求で今年度の10倍となる72億円を要求、内閣府も政府広報の経費として79億円から280億円もの増額を求めている。高市政権は税金を使って自らを飾るだけでなく、改憲に向けて世論を誘導する狙いがあるのではないか。  (矢)

  • 31面 うもれ火日誌(文責 矢野宏) ※全文紹介

    8月15日(土)
     午後、大阪市此花区のクレオ大阪西で開講した「うずみ火講座」で、次世代に戦争の悲劇を伝える「伝戦落語」を手がける桂花団治さんが5作目となる「みがきにしん~樺太真岡の記憶」を披露。4年前に83歳で亡くなった育ての母親が樺太出身だったことに着想を得たという。
    8月17日(月)
     矢野 夜、大阪・住まい情報センターで「大阪市廃止をとめよう 市民ネット」集会。未明の便でマレーシアから帰国した栗原も参加。
    8月19日(水)
     午後、竹腰英樹さんと石田冨美枝さんが、21日には金順玉(キム・スノク)さんがチラシのセット作業に。
    8月22日(土)
     午後、奈良市内で西日本出版社と近鉄不動産とのコラボイベント「住まいと暮らしのぷらっとHOME西大寺」セミナーが開かれ、矢野が「城が燃えた」と題して講演。
    8月23日(日)
     矢野は午後、「市民が主役! 吹田の会」主催の「平和の集い」。本庄会館(大阪市北区)での講演は3度目なのに迷子になる。フォーク歌手中川五郎さん=㊨=の「平和の希望ライブ」のあと、「どこまで進む?戦争への道~私たちに何ができるか」と題して講演。
    8月24日(月)
     夕方、多田一夫さんが「明日の発送に間に合わないので」と、チラシのセット作業に。
    8月25日(火)
     新聞うずみ火9月号の発送日。長谷川伸司さん、金川正明さん、樋口元義さんがチラシをセットし袋詰め。新聞の到着を待つだけだったが……。
    8月26日(水)
     朝、新聞うずみ火9月号が届き、矢野、栗原、吉水がチラシの入った封筒に新聞を入れていく。午後からの「茶話会」までに作業を終え、ふうー。
    8月28日(金)
     矢野 枚方市立楠葉中学校の平和教育講演会。6月の予定だったが、大雨警報で仕切り直し。午前、1年生に「大阪大空襲」。午後から2年生に「沖縄戦」、3年生に「現在の世界情勢」について講演。 夜、事務所で「憲法BAR」。定岡由紀子弁護士からの課題は「法の支配」。
    8月29日(土)
     午後、大阪市天王寺区のクレオ大阪中央で「うずみ火講座」。ジャーナリストの幸田泉さんが「何回やんねん『大阪都構想』」と題して講演。
    9月1日(火)
     矢野 午後、大阪市教職員地域研修が港区民センターであり、小中学校の教職員250人に「大阪大空襲を語り継ぐ」と題して講演。終了後、打ち上げに参加すると、2人。「若い先生はお酒の場にはなかなか来ません」
    9月2日(水)
     午前、東京電力福島第一原発事故で関西に避難した221人が国と東電に損害賠償を求めた訴訟の判決公判。矢野、栗原は抽選に外れ、大阪地裁前での「旗出し」を撮影。午後、矢野は大阪弁護士会館で開かれた判決報告集会を取材。上田康平さんと大矢和枝さんが来社。
    9月4日(金)
     栗原 午後、神戸地裁へ。「ホテル宿泊民族差別訴訟」を傍聴・取材。
    9月5日(土)
     午後、「戦争はいやや! 核なんかいらへん! フェスティバル2026」の学習会が大阪市立東住吉会館であり、矢野が「大阪大空襲、平和をかちとり続けるには」と題して講演。夜、高知の読者、近森隆一さんが事務所に。
     栗原 午前、横浜・久保山公園で開かれた関東大震災虐殺103年神奈川追悼式、午後は東京・荒川河川敷の「ほうせんか」追悼式へ。
    9月6日(日)
     栗原 午前、船橋市の馬込霊園で開かれた関東大震災虐殺追悼式に参列し、帰阪。
    9月7日(月)
     栗原 午後、マレーシア「研修の旅」でご一緒した橋本和正さんを広島市内の職場に訪ね、話を聞く。
     矢野 隆祥館書店(大阪市中央区)の10月3日のトークイベントで講演することに。タイトルは「大阪大空襲、その時、何が起こったのか?」

  • 32面 うずみ火講座案内(矢野宏) ※全文紹介

    9月26日(土)冨田さん「止めよう維新政治」

    次回のうずみ火講座は9月26日(土)午後2時半~維新研究の第一人者で、関西学院大の冨田宏治教授(政治学)を講師に招き、大阪市北区のPLP会館(JR環状線「天満駅」から南へ徒歩5分)で開講します。演題は「大阪都構想―3度目の挑戦を阻止し、維新政治を終わらせよう」。
     
    資料代1000円、オンライン500円。

    10月17日(土)桜田さん「どうなる夢洲カジノ」

    10月のうずみ火講座は2回。17日(土)午後2時半~大阪市天王寺区のクレオ大阪中央(地下鉄谷町線「夕陽丘四天王寺駅から徒歩3分)で、阪南大名誉教授の桜田照雄さんが「どうなる夢洲カジノ―MGMは建設するのか?」と題して夢洲カジノの実態を語ります。
     
    夢洲IRの運営会社の親会社であるMGMリゾーツが米証券取引委員会へ提出した書類を、桜田さんが分析したところ、「資金が底をついた苦境が判明したそうです。果たして建設できるのか。桜田さんにわかりやすく解説してもらいます。


    10月31日(土)名田さん「維新政治の教育介入」

    10月31日(土)のうずみ火講座は元大阪市立学校長で、平野南教育研究所代表の名田正廣さんを講師に招き、クレオ大阪西(JR環状線、阪神なんば線「西九条駅」から西へ徒歩5分)で開講。演題は「維新・教育施策への葛藤―校長として感じたこと」。
     
    いずれも資料代は1000円です。

  • 32面 年間購読料改定のお願い(矢野宏) ※全文紹介

    年間購読料改定のお願い

    いつも新聞うずみ火をご購読くださり、ありがとうございます。おかげさまで、昨年秋には創刊から20年目を迎え、今月も252号を発行することができました。
     
    さて、「うずみ火よ、お前もか」とのお怒りの声が聞こえてきそうですが、購読料の値上げのお願いです。
     
    これまで格安で印刷・製本をお願いしていた印刷会社が廃業に追い込まれ、原材料や封筒代、郵送料などの高騰、事務所の家賃まで値上がりしたことで、月330円での新聞発行が難しくなってきました。
     
    ページ数を減らすことなく、今後も現場主義に徹し、「おかしいことはおかしい」と訴える紙面作りを進めていくため、月の購読料を20円値上げさせていただけませんでしょうか。1年間ご購読いただく場合には、これまで3960円でしたが、2027年1月1日以降は4200円となります。
     
    それまでに継続していただいた場合には、これまで通りとさせていただきます。
     
    物価高が進行する中、誠に心苦しいのですが、なにとぞ、ご理解いただきますよう、お願い申し上げます。

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